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星の降る町  作者: 笹霜
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30/42

30.鍛錬

烈風が頬を掠めた。



「…!!」



危ういトコロで回避できたのは、瞼の裏に焼けつく景色があるから。


担任教師の拳を、ほんの紙一重で咄嗟に避けて、体育館に転がりながら、銀河は受け身を取った。


ジャージ姿の担任教師は、「ちッ」と舌打ちを一つ。


「…やるじゃあねえか、宮原」


「先生、途中から本気(マジ)になってますよね」


「お嬢様にゃあああ言われたが、てめえは別にそれほど手加減するような相手でもなさそうなんでな」


吐き捨てるように言うが、別に雰囲気は不機嫌そうではなさそうである。唇には仄かに笑みが浮かんでいる。愉快そうな笑みだった。


「手加減したら、きっとてめえにゃ分かるだろ。それもそれで、失敬な話だと思ってよ」


「ありがとうございます」


「いい返事だ」


きゅ、とスニーカーで体育館を踏みしめる音。


ちなみに、今は、体育館である。


体育館の中に、人避けの結界を張っているのだ。


人の気配は二つだけ。


己と担任だけである。


人気のない放課後の体育館で、鍛錬―――というには少々荒っぽい、実戦訓練だった。


今まで、銀河が習って来た、どんな武道とも、全く異なる世界が広がっていた。


もろに殴り合い。拳の交わし合い。―――殺し合いに使う、いわば殺人道。そのための拳の使い方の訓練だった。


一時間程、しこたま銀河は、担任の攻撃を受けたり、躱したり。


また、打ち込んだりもしたが。


ふいに「休憩」と声をかけた担任の顔は、別に驚いたものではなかった。


「…んにゃ、予想通りってトコだな」


「予想通り?」


「てめえは別に奇を衒った能力者じゃあねえよ」


異能が使えるというだけで十分奇を衒っていると思うのだが、という銀河の表情。担任は華麗にスルーした。


「お嬢様や跡部みたいな術士タイプじゃねえ。思いっきり殴り合い向きの直接戦闘派だな。喩えるならドラゴン●ールみたいな」


担任の喩えは直接的過ぎたのだが、それだけに分かりやすくもある。銀河は苦笑いだった。


「じゃあ、気弾なんかも打てるんですか先生」


「俺は似たことが出来る。気砲ってんだがな」


そう言って、お茶目な先生は、したり顔でかめ●め波のポーズを作った。好きらしい。もっとも、銀河も好きなので問題なかった。


「まあ憧れて編み出したんだがな」


「またぶっちゃけますね」


「いいじゃあねえか、そんなもんだ」


そう言って笑う先生を、銀河は嫌いになれなかった。水筒の水を口に含みながら、銀河は担任を横目で見て、


「先生も、そういう能力なんですか」


「今更だな。見てりゃあ分かるだろうがよ」


先生は苦笑した。無精髭を撫でながら、


「ま、強化と、風系だな。透明だから派手じゃあねえが、透明な風のかめ●め波みたいなのを打てたりする」


「よっぽど好きなんですね」


「その割に●空術が未だに出来ねえ」


「そうなんですか」


「空飛べる術者ってそんなにいねえんだ。風というより重力系だしな」


たまに重力の術者じゃなくても、いるんだが、と先生は笑う。


「ま、だが、宮原。お前がいわゆる属性として何系かは少し分からんが、とりあえず強化系なのは確かだ。あとはその妙な予知能力だな。それらを活かせるような体術と、強化術を仕込む。…と言っても俺とやり合ってくうちに自然と身に着くだろうが。俺はあと呼吸法なんかを少し教えるだけだ」


拳を開閉させながら先生はそう言った。


「強化通り越して出来れば鋼化…あと見切りの技術をどこまで極められるかだな。見切りに関しちゃてめえはその能力があるから格段に有利だろうが…」


「…」


「とりあえず数日は殴り合いだ」


先生はそう言い、「休憩終わり」と一言。その一言が終わらぬうちに拳が飛んでくる。


銀河は反応出来ていた。


既にその言葉の後の一撃が、瞳の裏側に見えていたからである。


風舞うようにその身体が滑り動いて、烈風のように吹っ飛んでくる弾丸の拳を躱して、カウンターの拳を先生の顔面に繰り出す。


だがその拳もまた見切られ、突き上げられるかのような蹴りが飛んでくる。


そちらは読めなかった。


腹にもろに直撃を喰らう。胃袋がひっくり返るような痛み、ギリギリで呼吸を止めながら―――吹っ飛ばされながらも受け身を取り、追撃の一撃を読んで、ギリギリで体育館の床を転がりながら立ち上がった。

がらんどうの体育館に、苛烈な拳を叩きつけ合う音が響く。


いつの間にか、体育館の入り口に、二人の女性が立っていた。


二人の拳の交わし合いを見ながら、二人は視線を交わす。


一人は保健室の先生、朱鞠内緋鞠だった。


紅の瞳が丸くなる。


「…わお、小菅先生が割かしマジな表情になってる。お銀君やるねえ」


「宮原君…。俊才とは聞いていたけれど、こちらでも俊才かもね」


晴夏(はるか)センセーはどう思う?」


「どう思うて?」


そう緋鞠に問いかけられたのは、スーツの似合ってない、一人の小柄な先生である。


緋鞠も小柄だが、どっこいの小柄な先生である。


紺色のスーツが驚くほど似合っていない。まだ幼さを残す顔。


鮮やかすぎる口元のルージュ、そしてコントラストの強すぎるアイライン。そんな風に施された、ちょっと濃いめの化粧が、独特の雰囲気を醸し出していた。似合ってないというか、道化(クラウン)っぽいという印象を与えてくるのである。それはそれで、妙な印象を見る者に残す先生である。


お行儀悪く、風船ガムを口元で膨らませている。


それもまた妙な印象であった。


緋鞠は尋ねる。


「晴夏センセーは、化けると思う?」


「宮原君が?まあ…教育次第じゃない?まあお嬢様が間違えるとも思えないケド」


「お姉先輩もソコ買ってるんだろうしね」


風船ガムを引っ込めながら、生物教師―――月守(つきもり)晴夏(はるか)は、不敵な笑みを浮かべていた。


「ところで大丈夫なの朱鞠内先生?」


「ん?」


「こんな堂々と体育館に結界張っちゃって」


緋鞠を横目で見ながら、晴夏はしかし、悲観するような顔でもなく。


「いくら小菅先生が優秀だからといって、こんな堂々と結界張ってちゃ、丹羽にも気づかれるでしょ?丹羽、多分体育館でチア練習中だろうし」


それは、人避けのされていない体育館―――いわば今頃元の世界の体育館では、丹羽ほのかは練習中だろうということであった。


丹羽ほのかは、異能者である。


それを月守晴夏も、十分承知していた。


当然のことながら、晴夏も、ここの先生であり、すなわち、お嬢様―――早花咲月肝煎りの部下である。


「丹羽もこんな近くで大きく結界張ったら気づくでしょ?おびき寄せるの狙ってる?」


「いや?」


「?」


「お姉先輩が、祀様に手配してる。放課後体育館の結界を誰にも気づかせないようにって」


「ああ、土地神様の加護までかかってるのか。お嬢様やるねえ」


念入りだこと、と呟きながら、晴夏は風船ガムを再度膨らませた。


濃いめのアイラインの入ったその瞳―――化粧のせいでイマイチ大きさが良く分からない眼で、緋鞠を見やる。


「祀様の肝煎りまで入ったか」


「璃絵ちゃんもろとも」


「そうかい。ところでそろそろそんな結界の効力も切れそうだよ。小菅先生夢中っぽいし、妨害入れておきますか」


そう言うや、晴夏は、スーツのポケットに手を突っ込んだ。


取り出したのは、一羽の鳩であった。


手品に使うような、純白の鳩であるが、おかしいとすれば、その身体全体が、仄かに銀色に輝いていることであろうか。


それ以前に、スーツのポケットに入るような大きさの鳩ではない。


その鳩を、晴夏は手に乗せた。


手品師(マジシャン)のように。


「翔びませ、翔びませ」


そう言って、放った。


放たれた翼は、鳩の速度ではなかった。


広げられた翼はまるでジェット機のような角度になり、飛翔というよりも突撃という形容が相応しい真一文字の軌道で、体育館の中を真っ二つに切り裂いた。


その軌道が、風を纏った拳のラッシュを繰り出す、小菅陽太の前に飛び出す。


目の前を横切った真一文字の純白の閃光。


それに応じて、陽太はやっとその凄まじい拳の連撃を止めた。


攻撃を何とかブロックしていた銀河も、やっとの思いで頭を上げる。腕を持っていかれるかと思った―――そう思った連撃であった。


防げていたのが奇跡といったものだろう。


陽太は口角を吊り上げて、体育館の入り口を見据えた。


「何だよお、月守先生。折角いいところだったのによ」


愉快そうだったが、どこか拗ねているような口調でもある。月守晴夏はつかつかと体育館の中に歩みを進めながら、相変わらず不敵に風船ガムを膨らませていた。


目は平坦である。


「愉快かどうかはどうでもいいけど、小菅センセ、そろそろ結界持たない」


「ちッ。延長出来るかね」


「やろうと思えば出来るでしょうけど、お嬢様に聞いてみないと、危ないんじゃないの?」


晴夏はそう言った。


「祀様には、多分、最初に張った分の時間しか約束してないんじゃないのん?」


「ち、それもそうか。命拾いしたな宮原」


「殺すつもりだったんですか」


「半殺しくらいにはしてやろうかとマジで考え始めたトコだったぜ」


「宮原君、腕折れてないにせよ酷いアザじゃない」


言いながら、足早でやってきたのは緋鞠である。ジト目で陽太を見ていた。


「…一応お姉先輩には言っておきますから」


「うげ」


「私は正直者なのです」


「おい月守先生よ!?」


「私は知らぬ存ぜぬ」


そして悠々と風船ガムを膨らましながら口笛を吹く月守先生である。器用な真似であった。


そんな晴夏の頭の上に、鳩がいつの間にか戻ってきていて、クルッポーと呑気な鳴き声を上げた。


「それはそうと、撤収だね」


しかしそれに一同異存はない。


急いで体育館を後にする最中に、周囲の喧騒が戻って来る。手当があるからと保健室に向かう最中で、緋鞠が銀河の腕をみやり、そして気づいた。


「…あれ?お銀君、腕…」


「…そうなんですよね」


そう銀河は、我ながら不思議そうな目で腕を見る。


腕は、散々殴られたから、赤く腫れあがり―――アザになっていてもおかしくなさそうなモノなのに、それなのに、赤みは既に引き始めている。


保健室の扉を開け、中に誰もいないことを確認してから、陽太も怪訝な瞳をしていた。


「…俺も途中から、やたらタフだなとは思ってはいたんだが。朱鞠内先生よ。あんたの治癒の能力が昨夜からまだ続いてるのか?」


「その気配は無い」


緋鞠は断言だった。


最後に晴夏がドアを閉める。錠を下ろせば結界が作動した。―――余り聞かれていい類の話ではない。


「私の吸血が残ってるなら、こんな近くだもの、私が感知できない訳がない」


「…じゃあ、これは宮原の能力か」


「ありえなくもないよねえ」


呑気そうに言ったのは、月守先生だった。どこか不思議そうな目で―――だが驚いてはいない、静かな眼で銀河を見ていた。


銀河も月守先生のことは知っている。


だが、直接話すのは、初めてかも知れなかった。


『さんらいず』の宴会の時に居たのは知っていたが、その時に話をしていた訳でもない。


「きのう、朱鞠内先生から吸血されたんでしょ?」


「…はい」


「見る限り、異能に目覚めかけて…ちょうど目覚めた敏感な時期に、そんなトビキリのモノ受けちゃったんだものねえ。影響受けてもおかしくないよね」


「そういうこと、あったことあるのか?朱鞠内先生よ」


「例は、私自身ではないですが、姉から聞いたことはあります」


こくりと緋鞠は頷いた。


「…そういう多感な時期に吸血すると、…まあ、吸血鬼にならないにせよ、そういう場合に触発される場合もあるみたいだって。確証もないし論文もないですけど。まあ取れるような世界でもないですし。書くとしたらそれこそ姉くらいですけど興味なさげですし」


「宮原も、そういうことかね」


「可能性はあるでしょうねえ」


晴夏は噛んだガムをゴミ箱にポイしながら、相変わらず悠々とした声だった。


マイペースな先生なのだと銀河は思っている。


「…自己再生、修復能力か」


「しかし、あって損になる能力でもねえやな、宮原。タフガイ向きだ」


だがそう言って笑う担任に、銀河は頷いてしまう。思わず頷いてしまったが、本音ではあったから、撤回の必要もなかった。


「…色々とタフになれるなら、本望です」


「割と諸刃の剣でもあるのよその能力」


だが、不意に向けられた忠告に、銀河は意外そうな顔を向ける。緋鞠が腕組みをしていた。


「小菅先生も考えてないことはないでしょうけど。…自己修復、自己再生というのは、つまるところ、自分を『現状に復す』能力よ」


「それは分かります」


「馬鹿に怪我の治りが早くなったり、疲れが取れるのが早くなったりするでしょう。まあそれは歓迎すべきにしても…」


しかし、そこで、緋鞠は一区切りの間を持った。


「自分以外の味方から施される治癒の術とか、強化の術…いわば味方のサポートの術も弾いたり、効果を短くしたりするわ。自分をブーストするような能力にせよ、ね」


「…」


銀河もそれを理解出来ぬ程馬鹿ではなかった。


つまり、『現状に復する』機能というのは、正負両方に機能するのだ。


怪我のような、マイナスを0に持っていく能力は確かに強力ではあるが。


味方からのバフのような、プラス補正の能力も0に戻してしまう。


そういう、諸刃の剣。


「…そういうことを、念頭に入れなさい」


緋鞠先生は、そう忠告してくれる。銀河はただ頷いた。


だが、俺向きだとも思う。


俺は、一人で戦ってきたのだ。


そして、多分、これからも。


幾ら主が、友達が、先生がいるからといっても―――俺は俺の意志で戦っている。誰かに強いられた訳じゃない。確かに戦わざるを得ないから戦っているのかも知れないけれど、それでも、立ち向かうと決めたのは俺で、俺以外の誰でもなく。


そして、今は、己の意志で、己を鍛え上げると決めたのだ。


そして、あそこに仕えることも。



―――それでいいと俺は思う。



その気持ちを察してくれたのか、先生三人は笑ってくれた。


俺も笑う。


自然に笑うことが出来たのだろうか、そう思った。

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