3.春夜
「ははあ、そのようなことがあったのですね」
帰ってきて、裏山の手入れを悟さんともどもやって。
そして夕食の席で、銀河から話を聞いたメイは頷いていた。
「お嬢様の画に惹かれた、そんな方が…」
「実際、咲月さんの画はどんなものなんですか?」
「日本画の達人ですぞ。私も惹かれるものがありますな」
そう言ったのは、相変わらず忍び装束みたいな黒い作務衣姿の悟である。長い箸でコロッケをつまみながら、
「今もお嬢様、制作されておられるのでしょう?」
「ええ、しばらく食事には顔を出せないかも知れないと」
メイが残念そうな表情。銀河も正直なところ少し残念な気持ちがあった。
―――咲月さんは決して口数は多くはないが、鈴の鳴るような声の持ち主で、居るだけで安心するのである。多分それは二人も同じ感想なのであろうと思う。
「しかし、お銀さん、未だにお嬢様の画を見られたことがないんでしたな」
コーンポタージュを美味そうに啜りながら、悟の言葉である。銀河は頷いていた。
「…それほどねだるものでもないのかなとか」
「確かに、お嬢様、余り画を人前には出したがらないのですよ」
そう言ったのはメイである。
「ですから、お銀さんの姿勢は間違ってないはずですぞ」
「なら、良いのですが…」
「私達も、たまに市内のアマチュアの展示会に出す、その搬出のお手伝いで見る程度で」
その作品も相当厳選されているようだ、とメイが語る。悟はエビフライをひょいと口に入れつつ、
「…ですが、その展示会か、地方紙の見出しなどで、恐らく件の少女の目に触れたのでしょうな」
「外国留学の話を蹴って、星嶺に来てまで、お嬢様に…」
制作中ですが、お嬢様の耳に入れた方が良いのでしょうか、とメイ。悟も銀河も箸の動きを止めた。何とも答えづらい問題であった。
少しばかりの沈黙。
銀河が口を開いた。
「とりあえず、会ってみます」
「会ってみて、恐らくよろしく取り計らって貰いたいという流れになることは、私にさえ予想が出来ますぞ」
どうする気ですかな?と悟。存外に手厳しい口調だった。銀河は口を引き締めることしか出来なかった。メイは頷き、
「お嬢様は余り人前に出ることを好みません。お銀さんも重々承知のこととは思いますが、そこを良く考えた上、行動してくださいね」
「肝に銘じます」
「頼っていいことと、甘えて良いことは違いますからな」
良く理解されよ、と悟は言い、銀河は素直に頷いていた。
―――だが、外国留学の話を蹴ってまで、咲月さんの画を好いてくれる、そういう少女がいるという事実だけは―――咲月さんの耳に、いつか届けられたら、それが良いのだろうと、そればかりを思った。
そんなことが、あっても良いと、そう思った、春の夜であった。




