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星の降る町  作者: 笹霜
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2.紹介

「宮原君は、部活なんかには入らないの?」



お昼休み。


一人席で弁当を平らげている俺に、そう声をかけてくれたのは、クラスメイトの女子だった。


後ろの席の女子である。


茶色がかった黒髪をサイドテールにしている。キラキラしている瞳。闊達そうなイメージの、明るい美人さん。メイさんとタイプは異なるが、明るい美人という意味では共通している。


名前を丹羽(にわ)ほのかという。


チアリーディング部の人気者だということはすぐに知れた。


彼女が、その人柄と―――抜群のプロポーションで、男子からの視線をしょっちゅう集めているのも知っている。


そして俺へ向けられる嫉妬の視線も、否応なしに知っている。


「部活は、今のところは予定はない」


「宮原君、何でも出来そうな気がするけど」


「まあ、運動神経は悪くないけれども」


彼女からの質問に対しては、俺―――宮原銀河は、ひたすら無難な受け答えに終始する。


というのも、何となく―――嫌なものを感じないでもないからだった。


何せ、俺、宮原銀河は、彼女―――丹羽ほのかに何かをした記憶がない。実際「何かしたか」と尋ねたことこそないが、何もした記憶がない。


しかし、それなのに、話しかけてきてくれる。


前の席というだけで、ここまで話すのか―――?という、疑心が正直なところ銀河にはあった。


ほのかは確かに、人当たりが良く、友達が多いタイプだと確かに見ている。実際友達も多そうだ。今も後ろの席には、チア部の何人かの女子がいて、こちらにニヤニヤと意味深な視線を向けてくる。それが何とも居心地が悪い。


男子連中からは、「何かしたのか?」なんて聞かれる。だが正直銀河は首を振ることしか出来なかった。


となると、何か別の狙いがあるのか―――?


しかしその意図が全く読めない。


同じようでも、咲月さんの好意は、実は理由が何となしに分かる。咲月さんはそれを『縁』なのだと言った。要は出逢い方である。出逢い方、たったそれだけで、俺は咲月さんに気に入って貰うことが出来たし、俺も実は何となく、咲月さんの言う『縁』という言葉が好きだった。



「…♪」



咲月さんは、俺と出逢ったあの湖畔で、美しい声で小さく歌っていた。桜色のマフラーが、春雪の空に翻った、その日のことは忘れられない。その囀るような美しい声が、耳の奥底にこびりついて離れない。あの儚げな横顔も、美しい顔も、俺の心を捕まえて離さない。それが―――今、俺の仕えるお嬢様だった。


しかし丹羽ほのかにはそれが無い。


だから俺の心にあるのは、うっすらとした不気味な疑心だけである。


つっけんどんと言われても差し障りのない受け答えをしているのに、ほのかの方から何度も話しかけてくるから、尚更その疑心が消えないのである。


「宮原君は、中学の時は何をしていたの?」


「特に何かをやっていた訳ではないけど、武道なんかをちょいちょい」


実は護身術―――徒手空拳での戦闘術なんかはある程度心得ていたりする。


もっとも自衛用ではなく、護衛用としてだが―――。


だが、それも、もしかしたら、―――今後、役に立つこともあるのかも知れないと、うっすらと考えないではない。俺の物騒な身の上を考えたら。


時間が許すならば、メイさんか悟さんに教わってみようかとも思う。


訊いたことすらないが、二人とも、出来なさそうな雰囲気ではないのだ。


それに関してはメイさんや悟さんばかりではなく咲月さんも例外ではない。


咲月さんは、出逢った時から、背筋が真っ直ぐ通って、油断も隙もない凛然とした雰囲気の女性だった。


俺は間違いなく教わる側だと思う。


だがそんなことは、ほのかの前では口には出さない。


ただほのかはちょっとした意外そうな表情の後で、


「なら柔道部とかは?」


「興味ない。俺は実戦空手とか古武道とかそっちだし」


「確かに空手部はないね…」


どこからか、「宮原空手出来るんだ」とか「まあ弱くはなさそうだよね」なんて噂話が聞こえてくる。


「何か入ったらいいのに」


「じゃあ、オススメは?」


まさかチア部じゃあるまいな、とばかりの切り返しをしてみたところ、ほのかは少し目を泳がせた。ほんの若干、気まずい間があった。その間の意味するところを、銀河は測りかねた。


「えっと、美術部とか」


「俺に絵の才能は無いぞ」


「分からないよ?描いてみなきゃ」


「絵心はない」


バッサリ言った。まあもっとも、確かに絵を描いてみたことなんて、小学校のポスター制作以来ついぞないのだが。


そこでくすくす笑ったのは、ほのかの隣の席を借りてお弁当を広げていた女子であった。


「ほのか、璃絵(りえ)と仲いいものね」


「ちょっ、エリスちゃん!」


「ほのか、璃絵に気を回してたんでしょ?宮原君、ずっとここ数日怪訝な顔しっぱなしよ」


見ていられないわ、と肩をすくめたのは、エリスと呼ばれたセーラー服の女子学生。


一言で言うと、金髪美女である。


ほのかほどのバストはないが、それに匹敵するプロポーションの良さを誇る―――やはり男子の耳目を引く、一種の人気者である。


日欧ハーフらしい。


名前を鞘堂(さやどう)エリスと言った。


ほのかとは別の意味で人当たりは良いが、同時に有能な切れ者としても有名であるらしい。


人をまとめて、切り回すのがうまいのである。


ほのか達数人の女子グループのリーダーであり、同時に生徒会書記である―――というのはここ数日で知った話だった。


エリスは銀河に目を向けると、


「ごめんね宮原君、数日間。戸惑ってたよね」


「…ご理解ありがたい」


どうやら俺の疑心は、傍目から理解されていたらしい。そして助かるという気持ちと同時に、何やら面倒なことになるのではないかという予感も孕んでいた。


エリスは銀河にその瑠璃色の眼を向けて、


「美術部の、跡部璃絵(あとべりえ)って子、知ってる?知らないか」


「すまないが分からない」


「2年から編入の宮原君は当然か。でも割と有名な子でね」


画家の卵と言われてるの、とエリスは言った。ほのかは頷いたのだが、「私とは一年の頃から仲が良いんだけど…」とどこか歯切れが悪い。


エリスはしかしバッサリ、


「でも割と慢性不登校児でね」


「尖った才能には良くある奴か」


「まあそうねえ。美術特待で手に入れた学生だから先生も手を焼いてるみたい」


エリスはそう言った。ほのかは「悪い子じゃないんだよ?」と必死の弁解だが、会ったこともない銀河からは何とも言い難い。エリスは「ハイハイ」とほのかを宥めながら、


「で、その璃絵って子、元々ここに来るような子じゃないらしいの」


「どういう意味だ?」


「こんな田舎の私立に閉じ込めておくような才能じゃないってことらしいわ」


そうエリスが言うや、ほのかも頷いて、


「全国の有名な画家さんが出るような賞とかにも入賞してるのに、その、美術学校とかそういう高校にも行かずに…」


「そう、こんな星嶺なんかの美術室の片隅よ。幾ら星嶺が特待だからといっても、都会の専門学校には比べるべくもないわ」


「外国留学の話もあったんだって」


ほのかの補足。そんな噂話。


エリスは、


「でも、その璃絵って子がそれでも星嶺に来たのは、まあ、当然ながら理由がある」


「璃絵ちゃんが本当に尊敬する画家さんが、この星嶺に住んでるんだって」


その跡部璃絵は、その画家に教えを乞いたくて、どうしても近くに居たくて―――星嶺にやってきたのだという。


ほのかは、


「心の師匠なんだって」


「それほどまでか」


「でも、その画家さんには、一度しか会えてないんだって」


星嶺に住んでいることは知っている。


だが―――、一度会ったきり。


「その画家さん、星嶺の小さな展覧会に時々作品を出すだけで、ほとんど無名なんだって。でも璃絵ちゃんはその画家さんがどうしても好きで…」


「そして、その画家さんがね、どうやら星嶺の、お山の馬鹿でかいお屋敷に住んでるってことは把握しているらしいのよ」


エリスの言葉に、―――宮原銀河は、ようやっと、どうして自分が、ほのかに積極的に話しかけられていたかを悟った。



そうか。



目当ては俺ではなく、咲月さんだったか。



しかし、その璃絵という人物に対しても、銀河は興味がないと言えば嘘になる。


―――確かに、あの早花咲月という人物は、強烈に人を惹きつける何かを秘めているのだ。


あの日、あの横顔と、歌声で俺を瞬時にファンにしてしまったように。


恐らく、あのお嬢様の絵も、同様なのだろう。


「…で、俺が何故あのお屋敷から通っていると?」


「先輩から聞いたのよ」


そこでエリスはあっさりそう言った。


「うちの会長がね、星嶺のお社の巫女さんなの。御存じない?」


だがその言葉に、銀河は少しの間を持って―――そして思い返していた。


いつもの登校のバスである。車内には決まって一人の先客。あの屋敷より上にあるのはお社くらい―――そう考えれば。


なるほど、バスの先客が会長先輩なのだとすれば、今年始まってから、お屋敷前のバス停から乗り込んでくる俺の存在に気づいていてもおかしくないし、山の管理という意味では悟さんあたりや、咲月さんとも関わりがあってもおかしくはない。


そこからエリスに情報が行き―――そしてほのか経由で俺へ、ということなのだろう。


エリスは興味津々な視線だった。


「で、実際宮原君は実際お山の氷川屋敷に住んでるの?」


「…まあ」


会長先輩に見られてしまっている以上もう既に言い訳は立つまい。素直に認めるしかなさそうだった。エリスはビックリの視線である。


「へえ、親戚?住み込み?だよね?」


「住み込みで働かせて貰ってる。詳しい理由は訊いてくれるな」


「ま、ソコはね」


エリスは突っ込まない。つっけんどんな銀河の牽制を素直に受けて退いた。ここで銀河の機嫌を損ねてもほのかの不利になるのも明白だし、ここで突っ込んでもいいことはない。


ほのかが口を開いた。


「…うん、ごめんなさい、宮原君。…直接聞いちゃえればいいと思ったんだけど、宮原君も事情があるだろうしと考えると、ちょっと」


すぐには切り出せなかったのだろう。


視線を外してどこか気まずげな丹羽ほのかの表情に、純粋な心遣いと優しさの欠片を見て、銀河の雰囲気は少しだけ和らいでいた。


―――まあ、確かに裏があったのは事実だが、気遣いの末と分かれば、そんなに警戒するものでもない。


銀河は口を開いた。


「で、俺に何をしろと?」


「璃絵ちゃんに会ってくれないかな?」


ほのかは率直だった。エリスが「画家さんを紹介してとは流石に言わないのね」と茶々を入れる。ほのかが肩をすくめて、


「…画家の先生を紹介してって頼むのは、でも、私じゃなくて璃絵ちゃんの仕事だから」


「まあ、当然だな」


それがスジだ。


銀河は肩を回した。


自分がモテているという確信がなかっただけに、―――疑心が解消されて、若干の安堵と、そして数ミリパーセントの失望。


「会ってもいいが、俺放課後時間はないぞ」


「そうなの?」


「帰ったらお屋敷の手入れがある」


生半可なコトじゃ終わらないからな、と銀河。さもありなんとエリスもほのかも頷いた。


「外から見ただけで広いものね、氷川屋敷」


「じゃあ、今度、私が昼休みでも璃絵ちゃん連れてくるね。連絡とかどうしようか」


しかしその実、銀河はスマホの類を全く持っていなかったりする。


―――何せ、咲月さんに拾って貰った時は、財布に英世が一枚すらもいない状態だったのだ。


保険証だけがあったような状態で、スマホもケータイもないし、あったらあったで―――足がつく。


ほのかの顔が、「え、まさか」とばかりに強張る。ポケットに手を突っ込んで、銀河は溜息だった。


「生憎だがスマホやケータイは持ってない」


「うっそ」


「ついでに氷川屋敷は電話もないぞ」


これは事実である。


電話もないのに―――と最初銀河は驚愕したが、実はメイさんと悟さんはそれぞれ持っていて、咲月さんも一応あるらしい。それで庭師さんを呼んだり、通販したりもある。


だが俺に連絡手段はない。


学校に本腰を入れる気がなかった俺としてはそれで良かったのだが―――しかし微妙に困ることもあるのだなあと溜息。


エリスが唸っていた。


「どうしましょうね」


「…まあ、仕方ないからどうにかして教室に連れてくるよ」


もしくは美術室に連れていく感じかも、とほのか。銀河は頷いた。それが落としどころだろう。


エリスは溜息だった。


「…何というか、スマホもガラケーもないとか、困るわね、宮原君も」


「かと言って、人と会うくらいを引き受けないというのも、何かな」


「私からも、御礼言っておくわ。ありがとね」


爽やかな笑顔だった。銀河はどこか仏頂面だったが、小さく頷いて、雰囲気が柔らかくなったのをエリスもほのかも感じていた。




予鈴が鳴ろうとしていた。

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