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星の降る町  作者: 笹霜
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23/42

23.戦闘

眼を覚ました俺が感じたのは、のっしのっしと踏み歩いてくる足音―――。


ヤバイと頭を起こしかけたその瞬間の激痛。


そしてその瞬間、



「何ッッ!!??」



そんな声と共に、大男が飛び退いたらしい。河原の石を蹴散らす音、そして執事達の動揺する声。


同時に首筋に痛みが走った。


声がする。


「お銀君、少し待ってなさい」


厳しい声だった。だがその声に聞き覚えがある。首筋に走った痛みはだがごく小さなもので―――だが、声は聞き覚えのある、安心出来るものだった。


「…こりゃ酷い。強化しないままであの男の斧喰らったわね…」


「緋鞠。お銀のことは任せていいわね?」


「お任せだよお姉先輩。朱鞠内家直伝の治療の腕前の見せ所だし」


笑う声。


やはりすぐには起き上がれないが、銀河は全身の痛みが急速に引いてゆくのを感じていた。


「…せ、先生…?」


「ハイまだ喋らないお銀君。すぐに回復するとはいえ結構荒療治だからね」


「…先生、一体…それに咲月さん…」


だが、早花咲月はそれには答えなかった。


ただ、霧雨の河原に、もの凄まじい笑みで立っているだけである。


普段の儚い笑みはどこへやら。余裕と悪意の詰まった、魔王じみた笑みを浮かべていた。実際、傍に居たメイも、その笑みに、背筋をぞくりと震わせたレベルであった。


執事達と向かい合うのは、悟である。


件の真っ黒な忍者装束で、やたら長い腕にクナイを挟み、男に負けず劣らずのニヤニヤ笑いであった。


一方で、突然の乱入に面食らったのは男達である。


大男―――風馬は、大斧を改めて構え直し、忍者装束に身を包む悟を目の前に構えを取る。


「…お前は相当出来るようだな」


「ま、素直に撤退をお勧めするところですぞ」


ニヤニヤと悟は笑う。眼鏡を不敵に押し上げて、


「私は決してそこらへんの三下ではないですからな?」


「…」


「かと言って、ここで撤退すれば、お嬢様を連れて帰るという目的は見事に未達成!雇い主は御冠でお飯のくいっぱぐれ!というところでしょうかな?」


馬鹿にするような―――しかし思い切り図星―――の挑発だった。


風馬は声を張り上げる。


「俺はこの忍者を引き付ける!お前達でそっちを相手に出来るか!」


だがそれに被せるように、怜悧な口調の命令が下った。


「悟。命令するわ」


「はッ」


「貴方一人で全員退けなさい。それくらいは出来る筈だし、私がそのようにしているわ」


咲月だった。


咲月は、いつもの着物姿ではない。


痛みに耐えながら立ち上がった銀河は、初めてその姿を見た。


はじめて見る―――凄まじい迫力の、早花咲月だった。


橙色の狩衣姿である。


前垂にあしらわれた意匠は、金色の彼岸花に、揚羽蝶の舞っているいる意匠である。


袖口には、北斗星と南斗星の意匠。


首元には桜色のマフラーを巻いて、それが―――霊気の風に緩やかに靡いているのだった。


いつもの咲月さんとはまるで違う。


一言で言うと、覇気が漲っていた。凶悪で不敵な笑みが、口元には浮んでいる。


ふてぶてしいことこの上ない笑みであった。


咲月さんは、金襴の扇を広げて、口元を隠しながら、


「本来私が出るような幕でもないのだけれど、まあ、貴方の修行の成果を見るにはいい機会ね。採点するから、気張りなさい」


「はッ、仰せのままに」


「貴さm」


「遅いですぞ」


礼をした悟の背後で風馬が斧を振り上げた次の瞬間には、悟の後ろ回し蹴りがその顔面を捉えていた。


銀河のものとは比べものにならない攻撃力であった。


鋼鉄の硬さを誇ったガードはあっけなく破壊され、その鼻面に爪先が食い込んで歯を折り飛ばす。いともあっけない攻防。


攻撃力も、速度も、まるで比べものにならない。


咲月は笑っていた。


「出力50%を許可するわ。眼鏡を外すことは許可しない…外すまでもないでしょう」


「仰せのままに」


クナイが宙を切って飛んだ。その全てが、残り三人の執事たちに命中していた。凄まじい速度だった。


防御出来た執事も居たが、防御した瞬間にクナイは爆裂して爆炎を吹き上げ、三人を火だるまにしたのでまるで意味が無かった。


「…!!!」


鼻骨を砕かれ、歯を折り飛ばされながらも風馬はそれでも諦める気配がなかった。


斧を振り上げる。


だが悟の動きの方が早かった。


凄まじい速さで間を詰め、風馬の首筋に手刀を浴びせていた。


勝負アリであった。


一瞬で膝を折り崩れ落ちる風馬。悲鳴を上げながら逃げ去ってゆくその他執事。


咲月は笑みを浮かべたままであった。


「…悟、出力10%でも良かったわね。跡部の執事も大したことはないものね」


「お姉先輩、さっすが」


「緋鞠、ちょい物騒なことになるかも知れないわ。覚悟はいいわね?」


「喜んで」


踊りだしそうなほど嬉々として応じる朱鞠内緋鞠の前で、宮原銀河はやっとのことで身を起こして立ち上がった。その時初めて、自分が血塗れなのも知ったし―――咲月さんが、想像以上に何かを知っているのも悟った。


呆然とした様子で、跡部璃絵が土手を降りてきていた。覚束ない足取り。しかしその瞳は、夢遊病患者のようでいて、しっかりと咲月を見据えていた。


咲月は相変わらず不敵千万の笑みであった。


その笑みを、璃絵も銀河も初めて見たし、悟やメイにとっても本当に珍しい表情だが―――緋鞠は知っている。


それが、『お姉先輩』の本来の表情なのだと。


緋鞠は嬉しくてたまらない。


―――今のお淑やかな先輩ではなくて―――あの頃、かつて職場を共にした先輩の顔が。


璃絵は呆然としていた。


「先生…」


「璃絵ちゃんもうちに来るかしら?」


「…うちにって…?」


「教えてあげてもいいわよ?」


ニヤリと咲月は笑う。


「分かるでしょう?…私が普通じゃないこと。そして、きっと、璃絵ちゃんよりも、格上だということ」


「…」


「今のままじゃ、きっと璃絵ちゃんは実家、跡部に連れ戻されるだけでしょうね」


咲月はそう言った。まるで今までのやりとり全部を見て来たかのような口ぶり。だがそれを突っ込んではいけないと、銀河はそう何故か確信していた。


「教えてあげてもいいわよ?…私の術を」


「…先生…」


「私の絵と、術を、教えてあげてもいいけれど、まあ、当然、少しは働いて貰うことになるかしらね」


タダというほど安くはないからね、と咲月は笑み。


「でも、このまま借家にはいられないでしょう?実家からの送金もなくなるでしょうし」


「…先生」


「どうかしら?」


まるで全てを見越しているかのような笑みだと銀河は思った。


だが、分かることが一つだけあった。


この人は、圧倒的なのだ。


とても、普通のお嬢様なんかではない。


思えばそうなのだ。


あのお屋敷に住んで、式神を二体も引き連れて。神様と知り合いで、学長なんかをやっていて、吸血鬼が部下なのだ。


普通のお嬢様である訳がない。


こちらの生半可な隠し事など―――多分きっとお見通しなのだと、銀河はどこかで思っていた。今日のあの、靄の中のやり取りで、それは確信に近い―――ほぼ確信となっていた。


ああ、だから―――惚れてしまったのかも知れないと銀河は思う。


ならば応えるだけである。


きっと、このお嬢様が見込んだ俺なのだから。


きっとやれるはずなのだ。



―――それが、主を信頼するということなのだろう。



早花咲月は微笑んでいた。



そして、跡部璃絵は、その差し出された手を取った。




川の音が響いていた。

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