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星の降る町  作者: 笹霜
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19/42

19.宴

「咲月さん、学長なんてやってたんですか…」


「まあ、そうね。普段は先生方に任せきりだけれど」


信頼出来る皆さんだしね、と咲月は微笑んでいた。


「私は時々皆さんがしっかり働いているかとか、いじめがないかとか、そういうことを見てるだけよ」


「…じゃあ、先生。学長先生が私を評価してるって聞いたんですけど、それは…」


「そうよ。私が璃絵ちゃんを評価しただけよ」


咲月はこともなげにそう言った。さらりとした言葉でワイングラスを揺らしていた。璃絵は改めて呆然とした顔。銀河は、


「…身元不明の俺を、それじゃ、学校に無理矢理ねじ込めたのは…」


「私が最高権力者だからね」


「凄まじい強権だけど、普段お姉先輩に逆らえる人いないし、逆らおうなどと考える人まずいないから」


そう言って赤ワインを口にするのは朱鞠内緋鞠であった。


宴もなかなか盛り上がってきた中である。


緋鞠はくすくすと笑っていた。


「しかし今まで黙ったままとか、割とお姉先輩も、人を見る目は確かだけど色々詰めも甘いというか」


「分かっているわよ緋鞠」


そう言った咲月はどこか苦々しいような顔でもあり、渋い顔つきでもあった。悪戯好きで正直な妹を見つめる姉の瞳であった。


銀河はサラダを口に運びながら尋ねていた。


「しかし、先程聞いた話ですが」


「ん?」


「朱鞠内先生は、それじゃ、咲月さんのツテで?」


「ま、コネ採用は否定しないわよね」


「というか星嶺は皆コネよ」


だが咲月はバッサリそう言った。「言っちゃうんだ」と緋鞠。


「私が気に入った人物を採用する…まあ、いわばコネというか、スカウトというか」


「スカウトというと響きいいですね」


「物は言いようということですな」


正直な銀河の脇に、ひょっこりと悟が顔を出す。ピザの皿を手にしていた。


「ピザですぞ。三種のチーズですぞ、なかなかイケますゆえ。ここのピザは参考になされよ」


「ありがとうです」


素直に感謝の銀河である。悟は眼鏡を押し上げながら、


「ところで朱鞠内殿は、お嬢様の後輩という話でしたかな?」


「そうそう。古い古い後輩」


「割と古い知り合いよね。十年以上は付き合いあるかしら」


多分これからも長いでしょうね、と言って咲月は笑うが、どこかその笑顔は儚い。それを緋鞠は悟った。


「…私は、お姉先輩についていきますよ。実の姉以上に尊敬してますから」


「ありがと緋鞠」


「後輩といっても、職場というか、かつてのバイト先の後輩?」


―――咲月さん、バイトなんてしてたんだ、と銀河は思うが、しかし、それで以前聞いていた話を銀河はふと思い出していた。


「…そういえば、咲月さん、喫茶店で修業してたとか…」


「あれ、お姉先輩、そんな話宮原君にしてたんだ」


「まさかこんなところで繋がるとは思ってもみなかったけどね」


「でも否定はしないんですね先輩?」


「事実だしね」


ふっと咲月は笑う。悟が「おお」と声を上げ、


「それでは朱鞠内殿も、コーヒーを淹れられたり出来るのですかな?」


「実は一応ね。お姉先輩並とはいかないまでも、直伝?」


「朱鞠内先生のコーヒー…」


飲んでみたい、と顔に書いてある璃絵である。興味津々といった顔であった。「先輩程のもの求められても困るけどネ」と緋鞠は困り顔のようでもあった。


「でもたまには自分でもコーヒー淹れてるんでしょう緋鞠?」


「まあ。霧夜さんが編み出した直伝の技ですし。でも私もお姉先輩のものが飲みたいです、ついでにオムライス」


「また無茶な注文言われたものね…」


深く背もたれに背を預けながら、咲月は苦笑したような、朧なお月様のような表情だった。


「…良ければ後で氷川屋敷にいらっしゃい。お銀も落ち着いたし、たまの食事も悪くないでしょう」


「やた。ところで先輩、制作はどうしたんですか?」


星嶺の絵画展に出展しなくなったという噂を聞きました、と緋鞠は口にした。


その経緯は、何よりも銀河も璃絵も良く知るところである。


星嶺のアマチュア絵画展は、会館から、喫茶サンデーサイレンスに舞台を移すことになったという。


それが、―――喫茶サンデーサイレンスを嫌いな、早花咲月には受け入れがたかった。


だが、自分の熱烈なファンを見捨てるのは忍びない―――。


銀河の縁と、その偶然とが重なり、招かれたのが、璃絵と咲月が深く知り合うキッカケであったのだ。


緋鞠もある程度のことを知っているのか、


「…やはり先輩、あの喫茶店に会場を移したことが問題ですか」


それを口にした。


咲月は暫く沈黙していたが、やがて、深い溜息を吐き出して、疲れたような眼差しで妹分を見つめていた。


「貴女ならその事情、良く知っているでしょうに」


「…まあ、知っていますけど…」


「まあ、大きな制作は落ち着いて、新作もあるけど、当分出展は取りやめね。まあそのせいで璃絵ちゃんと深く知り合う機会も得たのは幸運だったけれど…」


そう言う咲月。だが、緋鞠はどこか複雑な眼をしていた。


「お姉先輩、でも私、お姉先輩に、お姉先輩の絵大好きな余りに星嶺に特待で入ってきた子がいるって何度も報告してたじゃないですか…」


「正直、見誤ってたわ」


「お姉先輩にしては珍しい」


「寮監さんや大師匠様には及ばないということよ、私もまだまだ」


修業不足ね、と呟くような言葉。白ワインを一つ飲み干して、咲月は声を上げた。


「紅葉。白もう一杯お願いするわ」


「んー、結構今夜飲むじゃない咲月?」


やってきたのは例の若女将。黒い髪を靡かせながら入って来る顔は、朗らかだが微かに心配の色も混じる。


「そんなに咲月、強くないのに、ペース早いゾ?」


「久々に楽しいからかしらね?」


「まあいいや。前後不覚になるようなタマでもないと思ってるし、いざとなればウチで寝りゃいいんだ。私が襲わない保証はどこにもないけど」


「その時は逆に紅葉を前後不覚になるまで足腰立たないようにしてあげるから大丈夫よ心配しなくて」


「あっはは、安心した」


パンパンと手を叩いて笑う若女将―――紅葉―――は腰に手を当ててニヤリと笑い、


「それじゃあ若人二人は何飲む?生?」


「スープレックスかけるわよ紅葉」


「かかってらっしゃい咲月なら大歓迎」


碌でもないことを話し出す二人である。何だかんだで普段大人しい咲月さんも、酒が入るとノリが良くなるのだろうか、それともこの若女将、紅葉さんのなせる業なのか、いや両方か。


咲月さんは新しい杯を受け取りながら、


「本当は乾杯を祀様にやって貰いたかったんだけどね」


「ああ、挨拶咲月で乾杯カミサマか、いいねえ」


「でもムリだったみたいね」


「まあここ連日ほっつき歩いてたみたいだし、シボられてるんじゃないの?」


「シボればシボるだけ逆効果なんだけどねえ」


咲月溜息。銀河は尋ねていた。


「来る予定だったんですか祀様」


「行きたいと言っていたじゃない?」


ほのかに主の顔に紅が差しているのは、恐らく酒のせいだろう。どことなく上機嫌そうにも見える。


「でもムリだって連絡があったわ。理由は訊かなかったけれど、たぶんどうでもいい理由よ」


「でもあのおチビさん、反逆がテーマのヒトだから、無理くり抑えようとすればするほどむしろ本気で反撃するからね」


本当に神職や巫女にとっても難物よね、と笑う紅葉さん―――銀河も、この人も多分知ってるんだなあと確信していた。今更尋ねることもない。


反逆の星神様―――それが星宮祀様である。


むしろそんな話を璃絵の前でしていいのかと銀河は思うが、璃絵は璃絵で朱鞠内先生と話しているので、会話が聞こえているのかは定かではなかった。


しかし、ともあれ、祀様も愛されているのだなあと分かる。


「あ、そいえば、紅葉」


「んにゃ?」


「思えば正確にお銀のこと紹介してなかったわね」


「ああ、そうそう。そうだったね。ウワサに聞いちゃいたけれど、会うのも初めてじゃないワタシ」


そう言って、俺の脇の空いている席に腰掛ける若女将さん。長い艶やかな髪。良く見ると瞳はオッド・アイだった。片方の瞳が、微かな紅の光を持っている。銀河も初めて見たが、それを嫌だと思うことはなく、むしろ惹きつけられる何かを感じた。


―――河原の中に、宝石を見つけたかのような、何か。


それは人に嫌悪を催させるものではなく、かえって人を強烈に惹きつける魅力であるのだろう。

プラスに働く個性とは、そういうものである。


若女将さんは自己紹介してくれる。


「宮原君、改めまして初めましてね。暁烏(あけがらす)紅葉(もみじ)って言います。ここ切り盛りしてるから、遊びに来てね」


ランチとか放課後の時間もやってるから、と紅葉さんは朗らかな笑顔。


銀河も礼をした。立ち上がるスペースはなかったが、それでも深く頭を下げて。


「宮原銀河です。咲月さんのお屋敷で、一ヶ月前から働かせて頂いてます」


「料理も家事もデキるんだって?咲月が重宝してるっていうから、どんな子かとは思ってたんだけど、なかなかのイケメンさんじゃない」


スーツとか超似合いそう、という感想に「恐縮です」と銀河も微笑みを返す。そんなやりとりが不快ではない。


「良ければウチでもバイトする?ねえ咲月?そうすればウチのメニュー仕込んだげるよ」


「正直凄い魅力ね」


しかしそこで咲月さんがそう言ったのだから、銀河はちょっと驚いた顔。


だが―――咲月さんの命令とあらばそれもまた悪くもない。


新しい料理のレパートリーを増やして、多少なりとも稼ぎが入るのならば、それはそれで―――。


「でも、うちも手一杯な部分があるから、少し考えさせて頂戴、紅葉」


「割と否定はしないのね」


「紅葉だって乗り気でもない訳ないでしょ?」


「咲月が執事として重宝してるんでしょ?即戦力確定じゃん?何で雇わない理由があるのって話」


有能なコはいつだって大歓迎、と紅葉さんは笑う。


緋鞠が苦笑いしていた。


「お姉先輩、生徒からのココのバイト申請は皆蹴るのに…」


「アルコールの店だからしょうがないわ。責任が持てないもの」


咲月はそこは学長らしい言葉だった。涼やかな口調で言って、カルボナーラを口にする。


「でもお銀は保護者私だし、紅葉も面倒見てくれるという確信があるから」


「ま、そうねえ。他の生徒がバイトで入っても、ちょっと面倒見切れないかも。銀河君なら特別扱いも出来るけど」


何せ咲月のお気に入りだから、と紅葉は笑い、


「さてと。そろそろデザート持ってきますか。咲月の御所望の」


「結局何なのかしら?」


「ジェラート開発中なのよ。イタリアン自慢の割にジェラートがなかなか良いの出来なくて苦心してたんだけど、目処がついてね」


まだ試作品だけど食べてね、と言って、身を翻す紅葉。


緋鞠が相変わらず赤ワインを口にしながら、先輩を横目で見て、


「そいえばお姉先輩」


「何かしら?」


「紅葉さんと仲いいけど、キッカケて何かあるんですか?」


その言葉に、「ああ」と咲月は小さく頷いて、


「別に確たるキッカケがある訳でも…というか、緋鞠気づいてる?」


「何がです?」


「あの子天狗よ」


その言葉は、会話に紛れるようなごく小声のものだった。だが銀河と緋鞠の耳には確かに届く。緋鞠は驚いた顔をしていた。銀河も無論驚いたのは言うまでもない。


「マジですか!?」


「そうよ。元々星ヶ嶺で縄張り張ってたのよ。あそこそういう山だし」


「星ヶ嶺がそういうのがウヨウヨしてた山だってのは聞きましたけど、まさかそうだったとは…」


緋鞠が唸る。


「じゃあ、祀様経由ですか」


「そう。ここにお店出すって時に、出資もしたわ。でもあの屋敷を片付ける時に色々助けて貰ったし、ギブアンドテイクね」


「ああ、そうだったんですね」


頷く緋鞠。銀河も思い出していた。


祀様も言っていた。


元々氷川屋敷は荒れていたという。


それを整えたのがほんの最近、だがその時に色々取り引きというか、協力関係もあったのだろう。咲月さんと紅葉さんの間から読み取れるのは、その通り、親しい友人関係というに相応しいやりとりだった。


先生方の呼ぶ「先輩」「学長」「お嬢様」といった敬称とはまた違う。


かと言って祀様のように上からでもない。


対等な関係を銀河は見ていた。


そして、銀河は小さく耳打ちしていた。


「…朱鞠内先生」


「ん?」


「もしや、先生も、祀様のこととか…」


「知ってるよ」


ココの先生は皆知ってるコトだよ、と緋鞠はそう言った。銀河は納得していた。皆承知のことであるらしい。璃絵がきょとんとした顔をしていた。知らぬのは璃絵だけであるらしい。


「はーいお待たせデザートでーす」


しかしそんな会話を遮られるようにやってくるデザート。お盆を両手にした紅葉が笑顔でやってくる。


咲月さんは微笑みながら、


「あとに璃絵ちゃんにも説明ね」


「いいんですか、咲月さん」


「理由は、後でお銀にも話すわ」


―――何か、俺の懸念以上のものを、咲月さんはその碧の瞳の向こうに見ているらしい。最後に意味深な一言を主は残した。


ならば口出しは無用であろう。執事は黙ってジェラートを取り分けて、各自に並べ始める。




今はそれでいい。




そう思う、宮原銀河であった。


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