15.祀
その日、帰る途中、妙な女の子に出逢った。
「…?」
銀河は何となく不審に思う。
一人の女の子と、バスで乗り合わせた。
下校の時刻にも関わらず、不思議なことに、同じバスの便に乗っていたのは、その女の子一人だけだった。
バスの最後尾に座っている女の子は、妙な格好をしていた。
巫女服の上から、魔法使いみたいな真っ黒のローブを羽織っているのである。
その上にとんがり帽子。帽子の先端にはお星さまの飾りが一つ。
小学校くらいと見える、そんな幼さを強く残した女の子は、嬉々としてオカルト雑誌を読んでいた。
銀河でさえ名前を知っている、某有名なオカルト雑誌である。
かなりの吊り目だが、瞳は大きくてキラキラしていて、小さな唇のせいもあってか、刺々しい雰囲気は全く感じさせなかった。変な格好をしている割には、はしゃぐ子犬のような雰囲気を纏っている女の子であった。
だが当然、女の子の読書の邪魔をすることはなく。
会話もなくバスは市内を巡り、お山の方に向かってゆく。
巫女服ということは、氷川屋敷からさらに上の山の神社…星嶺大星天社の関係者だろうか。そう考えるのが妥当だろう。
銀河は思い返していた。
そういえば、この星嶺は、オカルトに関する噂話がやたらと多いという。
最早学校では慣れっこになりすぎていて誰一人として話題にも出さないのだが、UFOが目撃されるなんてのは割としょっちゅうあるそうである。
眉唾だがどこまでそんなものがあるのだろうかと、窓の外の空を眺める。
当然のことながら、UFOどころかドローンの影すら形もない、曇りと晴れの中間の空だった。
空の下にゆきすぎるのは、田舎らしい田園の景色。
これから青く伸びようとしている、早稲の植わった景色。その向こう側に、緑の山並みが連なっているのだった。
だがそんなバスも幾つかのバス停をゆきすぎて、いつものコース、お山の上にハンドルを切る。
「氷川屋敷前、氷川屋敷前…」
間延びした自動アナウンス、反射的に停車ボタンを押す。「次、止まります」。
門の前で停車するバス。
定期券を見せて、いつも通りにひらりと降りると、驚いたことに、後ろから例の女の子がついてきていた。
ひらりと真っ黒のローブを翻して、バスのタラップを降りる音。リズム良く、小気味の良い音。
こちらを見上げる、ニヤッとした視線と、銀河の驚きのソレが交わった。
バスの扉が閉まる。ごく薄い黒煙を吐き出しながら坂を登ってゆくバス。銀河はそれを見送りながら、ちらっと女の子の方に改めて視線を向けていた。
女の子は依然としてニヤニヤ笑いながら、そこに立っているだけだった。
気持ちいいものではないが―――不思議と憎めない、愛嬌のある表情だった。
そこがエリスとは何となく違う点だった。
「えっと、ここ、氷川屋敷ですけど」
「分かってるぞ」
おずおずと銀河が言うと、女の子はズケズケとそう答えた。尊大な口調が何故かサマになっている。頭二つは小さい女の子なのに、変な存在感があった。
小柄なのに存在感があるのは、ここの主―――咲月さんと似ていた。
「メイか悟はいるかな?まあ、もうソコにいるか」
「あれっ、これはお珍しい!」
大きな門が開いて、中から顔を覗かせたのはメイだった。驚きと喜びが半分ずつの表情。銀河は何が何だか分からない。サッパリな銀河の前で、メイは相変わらずの笑顔だった。
「お銀さんもお帰りなさいませ!ご一緒に来られたんですか?」
「バスでな。まあ話はしなかったから自己紹介もまだだがな」
少女は相変わらずの尊大な口調と何故かドヤ顔である。メイは両手を合わせながら、ニコニコと相変わらずの笑み。
「わあ、そういえば祀様とお銀さんは自己紹介もまだでしたね!」
「最近花月がこやつにかかりきりで、神社に顔を出してないからコッチに来てやったぞ」
そう言って、少女は今度はどこか拗ねたような表情である。花月、という名前を耳にして銀河はさらにクエスチョンマーク。
メイが苦笑していた。
「花月、の名前もお銀さんは御存じないですよ祀様…」
「ちと色々ムリがないか?まあ花月が買っているのは重々承知しているが」
「とりあえず、上がられますか?お嬢様にも伝えて参りますゆえ」
「うむ、そうしてくれ。いつも社にいるとアレはアレで窮屈でかなわん」
胸を張ってドヤ顔の少女。メイはぺこりと頭を下げた後、―――笑ってはいるが真面目な雰囲気で銀河にその顔を向けた。
「お銀さん。とりあえず率直に簡潔に」
「はい」
「偉い人です。お客様です。粗相ないようにお願い致します」
「…はッ」
色々訊きたいことはあった。
が、―――全ては後回しだと、長年人に仕えてきた経験が素直にそう告げていた。ただ尊敬する先輩へ完璧な礼をすると、メイも頷いて、「さすがです」と言わんばかりの笑みを少しだけ見せてくれた後で、屋敷の中に急いで戻っていった。
となれば、俺も粗相は出来ぬ。
目の前の客人をもてなす―――ことは準備不足にせよ、粗相はないように振る舞わねばならない。
鋭い顔になった銀河を見て、客人はニヤリと笑った。相変わらずの含み笑いだが、やはり愛嬌がある。悪意の全くない、得意げな顔―――可愛らしいドヤ顔、と形容するのが多分一番近しいだろう、そんな笑みだった。
「しかし、確かに花月が買った男だな。完璧な斜め四十五度だったぞ」
「恐縮です」
「メイは言ったが、そこまで他人行儀にすることもないぞ。確かに客だし目上なのも否定はしないが、他人行儀にされすぎるとそれもそれで余も寂しい」
とんでもない一人称が飛び出してきたが、銀河は狼狽える顔を全く見せなかった。
ただ、「ご案内します」という先導に合わせて、客人が門内に足を踏み入れる。
相変わらずの広大な庭園。玉砂利を踏みしめながら、客人は溜息だった。
「あー…。余の敷地にもこれほどの庭があれば、柱状列石を作るのにも不自由しないだろうに」
何とも反応に困る呟きだった。
しかしオカルト雑誌を読み耽っていたことからすると、まあ納得もいく呟き…でもあった。
「…オカルト、好きでいらっしゃいますか」
「趣味だな」
「かの雑誌も、さては」
「まあ、そういうことだ。ちと星嶺の特集も組まれてたんでな、街中まで買いに出て来た帰りだよ」
そう言って客人は、ローブの下に隠していたらしい例の雑誌をピラピラと振りながら、
「さて、自己紹介がまだだったな」
「当屋敷の使用人であります、宮原銀河と申します」
「星宮祀だ」
少女―――祀は事もなげにそう言った。ふわりと気取らない顔だった。どこか思い出深そうな、嬉しそうにも見える顔だった。
「お銀と呼ばせて貰うぞ。響きが好きだ。お前の本名含めてな」
「恐縮です」
「余は、祀様と呼ばれることが多いが、まあ、好きに呼べ」
だが、メイさんがああ言っている手前、「祀様」と呼ぶ気以外がしない銀河でもあるのが本音だった。
茜さす屋敷の入り口で、山吹柄の和装の女性が、二人を待ち構えていた。
相変わらず儚げで、夕焼けに溶けてしまいそうな、その微笑み。
碧色の憂いを帯びた瞳が、やってきた二人を優しく見つめていた。
「お銀、お帰りなさい。…そして祀様、お越し頂いて、ありがとうございます」
「ただいま帰りました」
「邪魔するぞ。急だが、まあ、お前のことだろうから外してもおるまいなと思ってな」
咲月に対しても、祀は態度を変える様子はなかった。咲月もそれを咎める様子はない。メイの言っていることは間違いないと、改めて確信する銀河である。
咲月は笑っていた。
「丁度良かったです。今日の夕餉は、祀様のお好きなウナギですよ」
「嫌味か花月?」
「冗談です、ナマズですよ」
「ほう、ナマズか」
途端に顔がパアッと明るくなる祀である。銀河の背後で囁くような声がした。
「…祀様はウナギがダメなんです」
メイだった。いつの間にか背後に回られている銀河である。そのままメイに引かれるようにして、銀河は勝手口の方へ。
メイは、
「とりあえず、当座はお嬢様にお任せして、お銀さんは御着替えを」
「そうですね」
それもそうだった。通学鞄を抱えて制服では―――客人を迎える格好ではない。メイは頷いていた。
「ひとまず、悟さんがお部屋に障りのない作務衣を置いておきましたので、それに着替えて、厨房まで」
「厨房」
「余り祀様を夕食までお待たせしてもいけませんから。メニューの追加と準備を行いましょう」
「了解しました」
となれば異存はない。すぐさまに部屋に舞い戻って着替えて、厨房に出向くや、厨房では悟さんが大忙しであった。
もくもくとした湯気。仄かに香るソレは…
「今日はお蕎麦ですか」
「そうですぞ。ナマズの天ぷらをメインに据えていたのですが、ちと人数が増えると天ぷらそれ自体が足りなくなる恐れもありましてな」
何にしましょうぞ、と悟さんが色々思案している。
俺も手伝います、と腕まくりをしようとした銀河に、ふと声がかかった。
「あ、お銀。悪いけれど、祀様のお相手をして頂戴?」
台所の入り口。目を向ければ、咲月さんの姿だった。俺に引き続いて厨房に入ってきたメイさんもちょっとした驚き顔。
銀河は、
「俺でいいんですか?」
「むしろ、そう御所望なのよ」
腕を軽く組んで、咲月さんは、「悪いわね」と言わんばかりの顔だった。だが銀河は首を振る。―――難しいが、今後顔を合わせるかも知れない客人と、話をしておくのは、きっと悪いことではないだろう。
「ナマズの追加の捌きは私がやっておくから。メイは軽いお菓子と飲み物の準備をお願い。余りお待たせさせるのも悪いわ」
「かしこまりました」
「祀様は、縁側の部屋にいらっしゃるわ」
指示が出れば最早一目散である。各自散開。
池の畔に面した縁側。それに沿った部屋の障子やガラス戸が開けられて、畳の上では一人の少女がゴロゴロと転がっていた。
誰何するまでもなく、客人、祀である。
銀河がやってくるのを認めるなり、その瞳が悪戯っぽく輝いていた。
「お、来たな?」
「お呼びでしょうか」
「まあ座れ、意味もなくお前とは話をしておきたいんだ」
―――本当に雑談がしたいんだろうか。
少し疑念を持ちつつも顔には出さず、「失礼致します」の言葉と共に、ちょうどその場にあった座布団に腰を下ろす。
まるで自宅警備員のようにゴロゴロ転がりながら、祀は「うあー」と声を上げていた。
「いつもここはいい匂いがするんだ。畳と木のなあ。うちの社は黴臭くてかなわない」
「社…と言いますと、お住まいは、」
「まあそうだな。普段は山の上にいるぞ」
山の上。
そこにある、お社。
星ヶ嶺大星天社。
―――それが、この星嶺で、最も大きな神社であり、この星嶺の象徴たる山、星ヶ嶺のお社である。
「社で口うるさい巫女と暮らしているぞ」
「祀様は巫女ではないのですか?」
その格好からして巫女だと思うのだが、口に出す銀河である。巫女服の上からオカルトチックな黒ローブ。
今更ながら、ローブも巫女服も、何故かコスプレという感じが全くしないと思う銀河である。
ローブの背中には北斗七星がデザインされていた。
祀は寝転がりながら、銀河を上目遣いでニヤリと見上げてくる。
「…巫女だと思うか?」
「巫女服を着ていらっしゃいますので」
「まあそう思うならそうでもいいが。花月が、あの花月が、巫女ごときに敬意を払うような人間だと思うか?」
…花月、とは誰のことなのだろうか、と銀河は聞こうか迷ったが。
しかしそこで祀はどこか思慮するかのような溜息を吐いた後、どこか優しい眼をして言った。
「花月、というのは咲月の名前の一つだよ」
「名前の一つ?」
「人には色々名前があるだろう」
少し雰囲気が変わっていた。気だるげのようではあるが、偉ぶらず、どこか教え諭すような、それでいて引き込まれる不思議な声音。幼いようなのに、聞いていて心地の良い声。
「ペンネームとか、芸名とか、あるだろう」
「…そうですね」
「花月というのはあの早花咲月の名前の一つだよ。余にとってはそちらの方が馴染み深いのでな。分かりづらいだろうが許せ。そのうち花月も名前については話してくれる時もあるだろう。お前が真に信頼される時があればな」
祀はそう言った。どこか俺を試すかのような眼。
深い口ぶりだった。
とても、嘘には思えなかった。
「ま、そういうことだよ。話は戻るが、花月はな、巫女ごときに、敬意を払うタマじゃないぞ」
「…咲月さんが、」
しかし、確かに、そんな気もする。
何せ、この屋敷に住む、お嬢様―――。
詳しい事情は何一つ知らない俺だけれど、それでも気品とか、そんなものは十分分かる。少なくとも俺がかつて仕えていた令嬢なんかとは比較するのもおごがましい、本物の何か。
―――そう、確かに、俺は何も知らないのだ、と今更ながら俺は自覚する。
この、目の前の不思議な少女の方が、何かを確実に深く知っているに違いないのだ。
それを改めて突き付けられる。
だが、そこで話題を変えるように足音。
メイがお茶菓子を持ってきた音だった。
盆の上には三人分のチーズケーキと、冷えた麦茶。「おう」と祀が声を上げて、転がった身を起こした。
「うまそうなチーズケーキじゃないかメイ!」
「あは、恐縮です。祀様のお口に合うかどうかは分からないですが…」
「お前もここ一年で腕を上げているから楽しみだぞ」
わくわくとばかりに盆の上からフォークを取り上げる祀。手際良く銀河がちゃぶ台を取り出して和室にセット、メイが持ってきた布巾でサッと一拭きしてから並べれば、手早いお茶菓子空間の完成である。
祀はニヤニヤ笑いながら、
「お世辞抜きにお前は上達したぞ」
「祀様に喜んで頂けるのであれば、努力した甲斐もございました」
「教師がいいんだな」
「お嬢様には頭が上がりません」
本当にお嬢様には感謝しています、とどこか感慨深げなメイであった。懐かしむような、感に堪えないといった風な、そんな雰囲気であった。
頂きますの挨拶の後で、早速祀がフォークを入れる。
もう最初からニコニコ大満足といった顔であった。
「うん、うまいうまい。余の社では全く以て手作りの菓子など食べる機会もないからな、やはり氷川屋敷の菓子と飯に限るぞ」
「恐縮です」
「氏子どもももう少しまともな献物をすれば良いものを」
そう言いながらもぐもぐとチーズケーキに大満足そうな祀様である。
そして銀河は、そんなことよりも気になることがあった。
チーズケーキにフォークを入れるよりも前に、
「あの、メイさん」
「はい?」
「メイさんって…あの…」
一年で上達したって?と尋ねると、メイは「ああ」と苦笑していた。対して祀は何故かドヤ顔である。
「こいつ、この屋敷に勤め始めた最初はまるで駄目だったからな」
「はい」
「まるで駄目…?」
まるで完璧にしか思えないのですが、と銀河の本音。あはは、とメイは笑っていた。苦笑に近い。だが祀は頷いていた。
「悟もメイもまるで駄目だったのを、花月やうちの巫女どもが仕込んだんだぞ。荒れた屋敷も直して整備してな。ここまで綺麗になったのは割と最近の話だ」
「そうなんですか…?」
「ほんのここ一、二年の話だ」
ここに来るたび不味い飯を食わされたぞ、と祀が言えば、「そのたびは大変失礼なことを…」と気まずそうな笑みのメイである。
だがそこで祀は銀河に目を向け、
「だから驚いたぞ。お前家事が完璧だというじゃないか。詳しくは見ていないにしろ、さっきのちゃぶ台といい、斜め四十五度の礼といい完璧だった。メイと悟が神社に来た時褒めていたのも聞いたのでな、興味があってやってきたんだ」
最近花月が神社にも来ないから、ついでに挨拶兼ねてな、と祀。
最初から俺目当てだったのか、と銀河納得である。
―――この客人は、どうやら偉い人であると同時に、古い馴染みの客でもあるらしい。
ならば尚更、失礼なことも出来ないだろう。
銀河は礼をした。
「たびたびお目にかかると思いますが…」
「うむ。後で余に飯を食わせてくれ。うまい飯ならいつでも歓迎だし、メイも悟も手放しで褒めていた味噌汁とやらは特に飲んでみたいからな」
うむうむ、と頷く祀である。
噂が伝わっていたか、と銀河。留守の間、一体どんな褒められ方をしていたのやら。
「だが逆に、ここでの飯に慣れ過ぎて、最近は社ならずや街の飯屋でも満足できなくなってしまったのだが」
「そこまでお褒め頂ければ、お嬢様もお喜びになると思いますよ」
「世辞抜きだぞメイ。『さんらいず』の飯は流石に上出来にせよ、チェーンの例の喫茶店とかはいかんな。花月のソレに比べると二段以上は落ちる」
それは、咲月さんの例のコーヒーの話だろう。
メイは苦笑していた。
「お嬢様のコーヒーと比べたら、太刀打ちできるものは早々ないかと…」
「余もあそこまで美味い茶の類を飲んだの初めてだ。ま、ここの麦茶なども良く香るのではあるが…」
そう言って祀は当の麦茶を喉に流し込む。
「やはり花月のコーヒーがたまに飲みたいな。出来ればカフェラテでな」
「あはは、お嬢様に申し伝えておきましょう」
「『さんらいず』なんかでもあのコーヒーを出して貰えないものかな」
「それはないものねだりかと」
メイの苦笑。首を傾げる銀河に早速、祀が顔を向ける。例の、嬉しそうなドヤ顔であった。
「『さんらいず』とは何ぞやって顔をしているな?」
「仰られる通りです」
「街中の飯屋だ」
そう言って祀はメイに目配せ。メイも頷く。
「居酒屋と食事処の中間のような…。まあファミリー層も来られるような感じのご飯屋さんですね。宴会にも使えますし、レストランにも使えますし。皆さん割とお気軽に入られますよ」
「飯が美味いんだ。特に紅葉のピザがな」
「丼ものなんかも評判良いですが、イタリアンもなかなかなんです」
今度行かれてみてはいかがでしょうか、との言葉。銀河は頷いていた。
お給料はどうせ余っているのだ。
何かの折に行ってみても悪くはないだろう。
チェーン喫茶店なんかはもしかしたら咲月さんが不快な顔をするかも知れないと考えると怖いが、そこの店なら支障はあるまい。
祀が、そこで何故かいよいよ嬉しそうな笑みをさらに広げていた。
「そうそう。最近お前が氷川屋敷にやってきたのは把握したのだが、そうとなるとこの街にはまだ不慣れなのだろう?」
「あ、はい。仰られる通りで…」
「となれば、余が説明せねばなるまいな。この街の魅力を」
そう言って何故か掌を胸に当てて、何か物語る風に仰々しく、しかしドヤ顔のまま。
メイさんの苦笑に、銀河は何か胸のざわつくのを感じていた。
―――何となく、嫌な予感。
「…少し話したが、この街がオカルトの聖地と呼ばれているのを知っているか?」
「…」
それは、この祀が持っていた雑誌とも何か関係があるのだろうか…。
とりあえずこくりと頷くと、祀はますます得意げな顔で、
「そう。UFOの目撃件数もさながら、田んぼにはミステリーサークルが毎年のこと、柱状列石の遺跡なんかも星ヶ嶺の山の中にあるのだ!特に柱状列石の遺跡はな、昔古代人が宇宙と交信しようとして創られたというのが専らの定説だ」
…早速眉唾過ぎる話だった。
だが熱い話はまだこれからである。
「SFめいた話ばかりじゃない。怪談というか都市伝説みたいな話もいっぱいあるぞ。空飛ぶ人間や人体発火なんてのは序の口だ」
「…はあ…」
「発光人間とか、最近だと蛍が文字を描きながらどこかに飛んでいったとか、天狗を見たとかな」
「て、天狗…」
「そう。黒い翼の生えた、山伏姿のシルエットが星ヶ嶺の南を飛んでいったそうな」
さすがにそこまでになるとブッ飛んできているなあと思う銀河である。
さらに。
「最近だと龍を見たという話もある」
「ちょッ」
だが、その声を上げたのは銀河ではなく、メイである。どこか狼狽したようなメイを横目にしながら祀はニヤニヤ笑っていた。
その笑みの理由は銀河には当然分からないが、話はやはり眉唾で、
「二年前の星ヶ嶺、ちょうどこの氷川屋敷の真上ちょい上くらいでな。雷雨の中だったから色々見間違いもあるとか言われているが、オカルト好きにとってはたまらん話だよ」
だから、星嶺は、そういう噂話が集積し。
そのうち、オカルトの聖地と呼ばれるようになり。
たびたびそういうマニアが集まることもあるのだという。
会館や飲食店、居酒屋がそういうイベントで貸し切られることも多いのだとか。
だが祀は残念そうに肩をすくめ、
「だが、地元でイベント用にミステリーサークルを作ろうとかいう企画もあってな、何も分かっちゃいない」
「…やはり、本物志向ですか」
「観光協会やボランティア団体が作った、ちゃっちい真似事のミステリーサークルにロマンもクソもあるものか。なら田んぼアートの方が百倍マシだよ」
ある意味もっともらしいことを祀様は言った。銀河は何とも言えない表情で、結局肯定も否定も出来なかった。




