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星の降る町  作者: 笹霜
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14/42

14.相談

「お銀君、どうやったら成績って良くなるんだろう」


教室にやってきた彼女にそう言われて、宮原銀河は硬直した。


ある日の、お昼休みのことである。


ただでさえ、跡部璃絵が教室に顔を出すのは珍しいのに、その上、お昼休みの教室で、話しかけられるのはさらに珍しい。璃絵は別クラスだから、尚更レアだった。


イキナリ言われて銀河は硬直していたが、


「…何なんだ、イキナリ」


そう返すのが精一杯というか、そう答えるしかなかった。


璃絵はどこか気まずい、居づらそうな顔で、どこかそっぽを向いている。だが、それを咎める気には銀河には起きなかった。


ざわつく教室。


本日空はやや曇り空。


夕方からは雨だなんて予報。今日は早速買って来た折り畳み傘を鞄に忍ばせてきている銀河であった。


璃絵はそっぽを向いたまま、もにょもにょと口ごもるように、


「…勉強が、うまくいかない」


「何の勉強がだ?」


「…全部」


璃絵はしょんぼりした風だった。短いツインテールもしなびた植物のように下を向いている。


だがその言葉を聞きつけたのは早速後ろの席の、ちょっと騒がしいクラスメイトだった。


「璃絵ちゃん、どうしたの?」


丹羽ほのかであった。卵焼きを頬張りながら、どこかその眉が心配そうな形を作っている。璃絵が友の方を向いて、曇った顔だった。


「…追試が多かった」


「…あー…」


ほのかは、さもありなんとばかり、だが苦笑しようとして、それを引っ込めたような形容しがたい表情だった。笑うことも出来ないのだろう。対して銀河は真面目な顔だった。


「どうして俺に?」


「お銀君、成績良いから」


璃絵は答えた。


璃絵が知っている理由は銀河も普通に分かる―――というか、上位者は学内の掲示板に貼りだされて、目立つから当然とも言えた。


学年トップクラスと言って差し支えない銀河であるから、璃絵が頼るのもまあ当然の流れであった。


以前、銀河が璃絵に頼ったように―――璃絵も友をアテにしているのである。


「宮原君、確かに成績良いもんね」


頷くのはほのか。一方で、傍らでどこか邪悪な微笑みを洩らすような声も聞こえて来た。


「へえ、『お銀君』ねえ」


ニヤニヤと笑うのは、碧眼でハーフのクラスメイト…鞘堂エリスである。いつものようにほのかの席の近くで昼食をしているのだが、当然のように話を聞きつけて、ニヤニヤと笑いながら話に絡んでいる。


しかし、正直、こういう笑みは銀河が一番嫌いな笑みだった。あらぬ噂話と針のムシロは一番銀河が嫌っているものだった。


―――鞘堂エリスのことは、俺は嫌いなのかも知れないと、銀河は割と思い始めていた。


「私もお銀君呼びでいい?宮原クン」


「お前がその気持ち悪い笑い方を直すならな」


そして、銀河の視線は明確な敵意を帯びたモノだった。その口調の強さに、エリスが思わず笑みを引っ込める。


そしてエリスにはお構いなしに銀河は友に顔を向けた。


「別にコツはないぞ」


「割とナチュラルに出来る人ってそう言うよねえ」


秘訣なんてないのかな、とほのかは苦笑いだった。銀河は首を振っていた。


「ただ、俺の場合…」


「俺の場合?」


「一年くらい前には予習済だ」


とりあえず受験範囲までは全部予習してある、と銀河は軽く言った。その言葉にほのかの口と目が真ん丸になり、エリスが箸を取り落とす。璃絵に至っては何を言っているのかサッパリ理解出来ないといった調子だった。


だが銀河は表情を変えず、仏頂面で、


「それはもう力技でひたすら勉強しただけだ。その貯金で楽が出来ているだけで」


「…ちょっと真似出来そうにない…」


「物凄い荒行ねえ」


ほのかの感嘆とエリスの嘆息。エリスの言葉は半分呆れが混じっていた。璃絵は涙目でこそなかったが雰囲気は涙目だった。明らかに雰囲気がどんより曇っていた。


「…私は予習どころか到底間に合わない…」


「なら間に合わせるだけだ」


「…近道はないの…?」


「近道はないが」


しかし、と銀河は言った。


「無駄を省くことは出来る」


「無駄?」


「璃絵の場合、追試と赤点を回避出来ればいいんだろう?大学はこの際度外視で」


こくこくと璃絵は頷いている。エリスとほのかも興味深げに話を聞いていた。銀河は平然と弁当箱の蓋を開けながら、


「なら、得点源となるようなところだけをしっかり押さえておけばいい。応用問題とかまで細かく抑える必要はない。基礎だけしっかり抑えてカバーすれば大抵の赤点は回避出来る」


「…その基礎が…」


「教えてやりたいのは山々だが…」


だが俺も家事があるからな、と銀河。暇なら別に放課後一時間くらい勉強を教えるのも苦は無いが、生憎と今はその時間さえも惜しい。即帰って働きたい銀河だし、それが一番の恩返しだと思っているし、そこの優先順位を間違えたくはなかった。


エリスはニヤニヤ笑っていた。銀河の話を聞いていたのか聞いていないのか。聞いていて、話を聞く気がないように見えた。


ますます銀河としては嫌いなタイプである。


「要点を抑えるとか、秀才さんは言うこと違いますねえ」


「似たようなことやってるだろ」


「ま、そうだけどネ」


このエリスも相当なタヌキで、実はかなりの俊才であることを銀河は知っている。


実際、掲示板でも俺よりちょっと下というくらい。ハーフらしく英語はほぼ満点で学年1位。それどころか教材の誤字を指摘する始末だという。


ほのか、溜息。


「無駄ってどこが無駄なのかサッパリ分からないよ…」


「日本史の年号を覚えても点数の足しには余りならない」


「そうなんだ」


「そりゃそうだ」


璃絵の驚いたような言葉に今更な感想の銀河である。日本史の年号がピンポイントで役に立つ問題や局面なんてものはそうそうない。


「日本史ならむしろ時代の流れとか人が何をしたかを大まかに覚えておくのが一番いい」


「…というと?」


「漫画読め」


日本史の漫画があるはずだ、図書館に。


いや―――図書館にはあったか?


むしろ、お屋敷の書庫にあったような気がする。


銀河は脳内の記憶を手繰り寄せながら、


「面白く覚えておけばだいぶ違う」


「…そうなの…」


「とりあえず点数底上げするのには役に立つ」


ピンポイントな短期記憶はむしろ半端に足を引っ張ることもある。流れとして大まかに覚えておけば日本史は大体出来るのだ。


ほのかが目を回していた。


「そんなに簡単にいくのかなあ…」


「近道はないが、最短を行くことは出来る」


「それでも地道なんだね」


「まあ、そりゃそうだ」


一日にして成らずとは良くいったものだ。エリスも気持ち悪い笑みを引っ込めていた。


「まあ、そうね。私も…勉強を一日もサボったことがないといえば嘘になるけど、こまめに問題集とかはやってるし」


「エリスちゃんも生徒会で忙しそうだけど、良く気力残ってるね」


「生徒会と言っても大したことはないわ」


ほのかの褒め言葉に、肩をすくめるエリスである。そのブロンドヘアから微かにシャンプーの香りが漂った。妙な色香のある少女だった。


「所詮先生の言われた通りにアンケートやったり雑務したりするだけだもの。書記と言ってもパソコンがちょっと出来れば済むし」


「私はムリ」


「璃絵は無理でしょうね」


小さな言葉にエリスは容赦ない。ほのかも「私も無理だけどね」という言葉に対しては「向き不向きね」とこれも両断。


「でも私も、ほのかみたいに毎日身体動かしてそんなことしてたら参っちゃうわ」


「そうなんだよ」


ほのかは笑っていた。充実していることは感じ取れるが、苦笑いに近い。


「家に帰ってご飯食べてお風呂入ったら、寝ちゃう」


「早くない?だからお肌ツヤツヤなのほのか」


「そうかな?」


「そうよ」


割と大真面目な顔で、ほのかの頬を指先でつつくエリスである。


確かに丹羽ほのかといえば、チアリーディングで鍛えているような割には細身で色白。しかも部活のイメージを全く損なわない活発な美人である。


「成績が下がったとしても羨ましいわ…」


「そんな執念深く言われても…。エリスちゃんに髪とかも、だって」


「うらやましいわ」


「そんな怨霊みたいに言われても~…」


羨ましいわ、とまるでほのかの背中に取り憑くように腕を回すエリス。茶番を見ながら銀河は水筒に口をつける。ほうじ茶の香り。悟さんの謹製である。


それを飲みながら、思いを巡らせていた。


しかし、と銀河は思う。


勉強を教えることは出来なくても、もしかしてこの璃絵に、歴史の漫画を貸すとかそう言ったことは出来ないだろうか。


見ず知らずの人に貸す家主とは思えないが、しかし相手は璃絵であり、家主は咲月さんである。もしかしたら、と銀河は思っていた。


頼む価値はあるのかも知れない―――。


沢庵をポリポリかじりながら、宮原銀河は一人そんなことを考えているのだった。

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