血雪
王都が、端原壮真を“逆徒”と定めた日。
天下は完全に割れた。
◇
王宮警察長官・堂坂則興は、静かに逮捕状を読み上げていた。
「端原壮真、上大年諌、湾内八海、端原丈晴……」
名は次々と続く。
「国家反逆の嫌疑により、身柄引渡しを命ずる」
だが。
端原。
麻霧。
東方観察府。
その全てが通達を無視した。
返答は、ただ一つ。
「拒否する」
だった。
◇
堂坂則興は机を叩いた。
「……終わったな」
側近・蒼佐厚繁が低く言う。
「もはや法では止まりませぬ」
「ならば武だ」
だが則興の顔は暗かった。
彼は理解している。
王宮警察が敵に回した相手は、もはや地方豪族ではない。
一つの国家だ。
◇
2月25日。
新庄実伸が執政となる。
中央は完全に戦時体制へ移行した。
だが最初の遠征――小倉での戦いは惨敗だった。
培良時久。
培良昌航。
湾内久澄。
彼ら東方観察府の猛将たちは、中央軍を容赦なく叩き潰した。
恩防介辰は壮絶な討死。
長縄文政、笑井訂将は敗走。
霊殿瓜直は左腕を失った。
王都は震撼した。
「端原は……強すぎる」
そう囁かれ始める。
◇
3月2日。
人民惣奉公令。
新庄実伸は、民すら戦場へ投入した。
壮真は、その報を聞いて笑った。
「民を盾にするか」
豪政が顔をしかめる。
「そこまで追い詰められているのですね」
「違う」
壮真は冷たく言った。
「奴はもう、人を数としか見ていない」
だが。
その言葉は、そのまま壮真自身にも向けられていた。
◇
上麻生。
雪解け前の泥濘。
中央混成軍を率いる赤木戸暖政は、進軍を止めていた。
「静かすぎる」
副将・霊殿瓜康が周囲を見る。
その瞬間。
矢が降った。
「伏兵!!」
林原俊文。
霊殿幹宏。
家内亮茂。
常房茂博。
端原軍が丘陵から一斉に襲い掛かる。
中央軍は混乱した。
「前へ出ろ!!」
赤木戸暖政は馬を走らせた。
歴戦の猛将。
その槍は三人を貫く。
だが。
前方に、一人の武者が現れる。
上大年員倖。
若き猛将。
「貴様が総大将か」
暖政が笑う。
「小僧」
「……討つ」
激突。
槍と刀が火花を散らす。
暖政は強かった。
一撃ごとに地面が裂ける。
員倖の腕が痺れる。
それでも退かない。
「何故そこまで戦う!」
暖政が吼える。
員倖は血を吐きながら叫んだ。
「俺たちは……生きるために戦ってるんだ!!」
次の瞬間。
員倖の刀が、暖政の喉を裂いた。
赤木戸暖政、戦死。
中央軍は総崩れとなる。
◇
だが。
勝利の裏で、端原内部は腐り始めていた。
3月15日。
湾内久澄と安念幹宏が襲撃される。
しかも会合の情報は内部しか知り得ない。
密通者。
その言葉が全軍を凍らせた。
壮真は激怒した。
「全員洗え」
その命令以後。
端原では、疑われただけで拘束される者が現れ始める。
豪政は止めようとした。
「父上、やり過ぎです!」
「甘い」
壮真は即答した。
「裏切りは、一つ見逃せば国を滅ぼす」
諸澄は、その光景を見ていた。
かつて理想としていた英雄。
だが今、彼は恐怖で人を支配し始めている。
◇
そして。
麻霧の粛清。
東方観察府の旧勢力――武綱氏頼派が処断された。
培良時久が自ら武綱氏頼を暗殺。
さらに寺地篤彦、東府宗勝らが誅殺される。
壮真は祝宴の席で酒を飲みながら言った。
「禍根は断たねばならん」
誰も逆らえなかった。
豪政ですら。
◇
3月30日。
王賀。
霧深き山岳地帯。
下条達範は尾根を見上げ、静かに笑った。
「かかったな」
濃霧。
松明。
旗。
実際の三倍に見える軍勢。
中央・朝日連合軍は動揺した。
「敵主力だ!!」
「数が多すぎる!!」
そこへ。
木帋翔吾。
木帋恒興。
犬当倖。
端原猛将たちが突撃する。
混乱した連合軍は崩壊した。
さらに谷下では。
霊殿幹故。
下条範舜。
下条道理。
彼らが血路を切り開き、真峰愛吉と冴松友倖を討ち取る。
王賀合戦。
端原軍の圧勝だった。
◇
だが真の戦いは、その後だった。
新居。
朝日中央連合軍本隊。
総司令・深鉢準伸は怒号していた。
「第2軍を徴兵しろ!!」
「まだ終わっておらん!!」
だが。
背後で刀が抜かれる。
初村廣兼。
霊殿瓜時。
彼らが兵を率いていた。
「……何の真似だ」
準伸が振り返る。
初村廣兼は静かに言った。
「終わりです」
「貴方たちは負けた」
拘束。
裏切り。
新居の変。
それは朝日管理局の崩壊だった。
◇
鍋を囲んでいた久倉文実が、箸を持ったまま捕縛されたという話は、後に乱世の笑い話になった。
だが実際には笑えない。
朝日では人民虐殺が行われていた。
野寺瓜治。
政鶴厚景。
久倉文実。
逃亡民を狩り、殺し、従わせていた者たち。
壮真は彼らを見下ろし、静かに言った。
「処刑しろ」
野寺瓜治は、その日のうちに首を刎ねられた。
◇
夜。
新居城。
幸端頼月と揉岡導火は、壮真の前に膝をついていた。
「中央内部の情報、全て差し出します」
壮真は笑った。
「よくやった」
その顔には、もはや迷いがない。
豪政は気付いていた。
父はもう、“国を救う”つもりではない。
天下を呑み込むつもりだ。
◇
一方。
王都。
新庄実伸は、一人で文を読んでいた。
端原からの要求。
――素原親通、登束宗光以下の逆臣引渡しを求む。
実伸は目を閉じる。
疲れていた。
余りにも多くの血が流れた。
「……どこで間違えた」
そこへ廣頼が入る。
「閣下」
「何だ」
「端原は、もう止まりません」
実伸は静かに答えた。
「分かっている」
「だからこそ……」
彼は苦しげに呟く。
「今さら、引けぬのだ」




