第65話:狂信の監査官
瓦礫の煙が立ち込めるコントロールルーム。
天井の大穴から降ってきたジオットの姿に、その場にいた全員が戦慄した。
床に倒れ伏しているラプラス枢機卿が、血を吐きながらジオットに向けて弱々しく手を伸ばす。
「もうよい、ジオット……退け」
ラプラスにとって、すでに勝負は決していた。
レイの理論によって魔法が消滅しないことが証明された以上、無理に加速器を破壊する論理的な理由はなく、これ以上の犠牲は無意味だったからだ。
しかし、ジオットは教団トップの言葉にすら耳を貸さなかった。
彼の爛れた脳内にあるのは、教団の教えに背く異端はすべて消し炭にするという純粋な狂信だけだった。
「枢機卿猊下、貴方様は甘すぎる……神の奇跡を数式などで騙る悪魔どもは、ここで根絶やしにせねばならないのだ……!」
論理も計算も通じない。
ジオットの爛れた顔が歪み、致死量の魔力がそのボロボロの身体から立ち上り始めた。
ジオットは残された自らの命そのものを燃料とし、禁忌の自爆魔法を起動した。
彼の全身の血管が異様に浮かび上がり、目や口から溢れた血が空中に触れた途端に発火していく。
狙いはただ一つ、メインコンソールの前に立つ私と、その背後にある巨大加速器を丸ごと吹き飛ばすことだ。
理屈を無視した規格外の魔力膨張に、アリスが慌てて防壁を張ろうとする。
「させません……!」
だが、アリスの不確定性魔法が形を成すよりも早く、超高熱の破壊の球体が絶叫と共に私に向かって放たれた。
コンソールの前から離れられない私を守るため、真っ先に動いたのはリックだった。
彼の手にあるのは、かつて奈落で使っていたような熱を完全に遮断するセラミック剣ではない。
王都で急拵えした、ありふれた鋼の剣だ。
こんなもので超高熱の質量を防げるはずがないと、リック自身が一番よく理解していたはずだ。
それでもリックは一切の躊躇なく私の前に飛び出し、迫り来る破壊の球体に向かって渾身の力で鋼の剣を振り下ろした。
「レイに指一本、触れさせるかよォッ!」
だが、無情にも鋼の剣は超高熱に触れた一瞬で飴玉のように溶け落ちた。
防御の要を失ったリックの身体を、凄まじい熱線と衝撃波が容赦なく呑み込もうとする。
リックが消し炭になる直前、横から弾かれたように飛び込んできたボブが、リックの身体を力任せに突き飛ばした。
ボブは手にした魔導書を盾のように構え、多世界解釈の演算を極限まで回す。
攻撃が逸れた未来、威力が減衰した未来。
無数の可能性を強制的に引き寄せようとする。
だが、命を代償にしたジオットの狂気の質量は、ボブのシミュレーションの限界値を容易く突破した。
魔導書が燃え尽き、鼓膜を破るような激しい爆発がコントロールルームを包み込む。
ジオットの肉体は自爆の反動で完全に灰となって崩れ落ちた。
だが、その代償はあまりにも大きかった。
爆煙が晴れた後、私の目に飛び込んできたのは、血の海の中に倒れ伏した二人の親友の姿だった。
リックは肩から胸にかけて防具ごと深く抉られ、リックを庇ったボブも全身に致命的な熱線を浴びてピクリとも動かない。
無傷で残された私と、青白い光を放ちながら無傷で稼働し続ける加速器。
そして、床の上で今にも消えようとしている二人の命の灯火。
「レイ様……皆既日食の特異点……ウィンドウが開きました……!送信、可能です……!」
泣きそうな声でアリスが告げる。
コンソールのモニターには、地球へとデータを送信するための SEND の文字が緑色に点滅していた。
皆既日食の直列位相が保たれるタイムリミットまで、あと数十秒。
ボタンを押せば、長年の夢だった論文が地球へ届く。
だが、致命傷を負った二人をこのまま放置すれば、彼らもまた数十秒で確実に命を落とすだろう。
科学者としての夢の証明か、親友たちの命か。
私は血だまりに倒れる二人と、点滅する送信ボタンを交互に見つめ、究極の選択を突きつけられていた。
(続く)











