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コスパの悪い魔法の世界で、僕は地球に論文を送る。 ~異世界転生した天才物理学者は事象の地平線を越えて真理を証明する~  作者: あとりえむ
第2部:シュバルツシルトの深淵編

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第48話:物理学者の業と肯定

私が工具を置き、加速器の組み立て作業が完全にストップしてから、数時間が経過していた。


深夜の研究室を支配するのは、重苦しい沈黙だけだ。


自分の仮説を証明する論文を地球へ送りつけるという、物理学者としての最大の渇望。それが、アリスやボブが使う美しく予測不能な「魔法」という未知を殺してしまう。


その冷酷な物理的真実に直面し、私は身動き一つ取れずにいた。


スパイとしての任務と私たちへの友情の間で揺れていたボブもまた、沈黙する私の背中を見つめながら、自身の在り方を自問自答しているようだった。


そんな息の詰まるような空気をぶち壊したのは、ひどく暴力的な肉が焼ける匂いだった。


「おらおら!いつまでも湿っぽいツラしてんじゃねぇぞ!」


バンッ、と乱暴に扉が開け放たれ、リックが巨大なフライパンを抱えて意気揚々と入ってきた。


「密輸ルートで最高級のレッドボアの肉が手に入ったんだ!とりあえず美味いもん食って寝りゃ、大抵の悩みは吹き飛ぶんだよ!」


リックは相変わらず空気を読まず、ジュージューと音を立てる分厚い肉をドンッと机の真ん中に置いた。


私の物理学者としての業も、ボブの教団スパイとしての葛藤も、彼にとっては「美味い肉を食えば解決する問題」でしかないらしい。あまりにも的外れで無神経だが、その不器用で必死な励ましに、張り詰めていた糸がふっと緩むのを感じた。


「……ふふっ。君には敵わないな、リック君」


ボブが毒気を抜かれたように笑い、そして何かを振り切ったように眼鏡を押し上げた。


「壊れるなら直せばいい。父の言う決定された退屈な世界より、君が切り拓く予測不能な未来の方がずっと興味深い。僕は僕の多世界解釈の道を選ぶよ」


ボブは迷いのない瞳で私を真っ直ぐに見つめた。


「最後まで手伝うよ、レイ君。枢機卿の息子としてではなく、一人の仲間としてね」


「ボブ……」


「私もです!」


アリスが両手をギュッと握り締め、真剣な目で断言した。


「魔法がなくなっても、レイ様がいる世界なら私はどんな形でもいいです!それに、魔法が使えなくなったら、レイ様にもっと色んな機械の作り方を教えてもらいますから!」


「へっ、そういうこった」


リックが分厚い肉を豪快に頬張りながら笑う。


「俺は地球との貿易で、ファイン商会を世界一にするって決めてるんだ!魔法が消えようが知ったこっちゃねぇ。さっさとその加速器とやらを完成させて、お前の故郷にそのすげぇ論文とやらを叩きつけてやろうぜ!」


「お前たち……」


非論理的で、あまりにも身勝手な全肯定。

だが、その言葉が私の脳内でフリーズしていた思考回路に、爆発的なブレイクスルーをもたらした。


そうだ。どちらか一つを選ぶ必要などない。

科学の証明も、愛する未知も、両方とも私の手で救い出せばいいのだ。



私は勢いよく立ち上がり、黒板に向かって猛烈なスピードでチョークを走らせた。


「地球へ重力波を送るほどの極大エネルギーによる観測は、確かにこの世界の波動関数を収縮させる。だが、対象の系に致命的な擾乱を与えずに情報を引き出す『弱測定』の概念をマクロスケールに拡張できればどうだ?」


私はポテンシャルエネルギーのハミルトニアンを微調整する数式を書き殴っていく。


「シュレディンガー方程式の波束を完全に収縮させないギリギリのパラメーター……つまり、量子のあやふやな重なり合いを維持したまま、微小な相互作用だけを抽出して、重力波のシグナルとして外部へすり抜けさせるフィルターを加速器の出力システムに組み込む!」


「すごい……!その数式は僕には難しいけれど、それが出来るならデコヒーレンスを回避できるかも!魔法を消さずに、君の論文を地球へ届けられるんだね!」


ボブが黒板の数式を見て、興奮したように叫んだ。


「ああ。物理法則をさらにハッキングする、第三の解答だ」


私は黒板の前に立ち、仲間たちを振り返って不敵に笑った。


「すまない、待たせたな。作業を再開するぞ」


私が机の上に置いていたスパナを再び手に取ると、三人は最高の笑顔で頷いた。



迷いを完全に断ち切り、真の意味で一つになったチームの連携は完璧だった。


そこからの作業は驚異的なスピードで進んだ。

私たちは地下の巨大な施設へと降り、数キロメートルに及ぶミスリルコイルを、慎重かつ迅速に加速器のメインフレームへと組み込んでいく。


ボブの演算が誤差を修正し、アリスが風でチリを払い、リックが力仕事を引き受け、私が重力魔法でミクロン単位の位置調整を行う。



そして夜明け前。

ついに、超伝導ミスリルコイルの地下加速器へのインストールが完了した。


「よし……。前段加速器、インジェクターへの接続完了だ」


私がメインコンソールの計器を確認し、静かに宣言する。



いよいよだ。

私の理論が正しければ、これで粒子の初期加速が可能になる。


私たちは息を呑みながら、歴史的なテストランの開始ボタンへと手を伸ばした。




(続く)

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実験にお付き合い頂きありがとうございます!


あとりえむ 作品紹介

やっぱりせかいはまあるいほうがいい S級清掃員 監査の魔王 至高のミミちゃんを見守る会 君が遺した種子は、森には還らなかった。

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