第49話:テストランと予兆
夜明けの地下施設。ひんやりとした空気が漂う巨大な空間のパノラマに、私たちが組み上げた前段加速器、インジェクターが静かに鎮座していた。
テラワット級のメイン電源となるはずのヴォイド・コアはまだ手に入っていない。だが、私は第4廃校舎にあった魔力炉やありったけの蓄電池をかき集め、微弱な代替電源としてインジェクターに接続していた。
「出力は本来の数万分の一にも満たない。だが、ミスリルの超伝導状態と、粒子の初期加速のテストには十分だ。アリス、パイプ内の空気は完全に抜けているな?」
「はいっ!流体制御で空気は全部外に出しました。真空状態、バッチリ維持してます!」
アリスが杖を構え、インジェクター内部の空間から一切の気体分子を排除し続けている。
「よし。インジェクター、テストラン開始」
私がコンソールのスイッチを押し込むと、けたたましい起動音と共に、巨大な円環フレームに微弱な電流が流れ込んだ。
その瞬間、組み込まれたミスリルコイルが青白い光を帯び、フレームの中でフワリと浮き上がった。マイスナー効果による完全な磁気浮上だ。
「地球の物理学者たちが見たら、ショックで泡を吹いて倒れる光景だな」
私は思わず感嘆の息を漏らした。
冷却装置など一切不要。常温のままで電気抵抗が完全にゼロになる、地球では理論上の存在でしかなかった夢の常温超電導素材。奈落の底で数億気圧の重力プレスを受けて金属化した高圧力化合物が、今、私の目の前で完璧に機能しているのだ。
強烈な磁場が発生し、インジェクター内部の真空パイプの中で、粒子が光の軌跡を描きながら加速を始めた。
コンソールの計器が弾き出す数値は、すべて私の計算通りに推移していく。
「成功だ!粒子の初期加速、完璧に機能しているぞ!」
「よっしゃあああっ!大成功じゃねぇか!」
リックが歓声を上げ、アリスとハイタッチを交わす。
私も口元に満足げな笑みを浮かべ、稼働の停止プロセスに入ろうとした。
しかし、その直後だった。
「レイ君!加速器の周囲の空間が異常な歪み方をしている!それに、莫大な量のエントロピーが外部へ漏れ出しているよ!」
ボブが自身の魔導書を開いたまま、顔面を蒼白にさせて叫んだ。
私はすぐに計器の数値を叩き直すが、加速器自体に欠陥があるわけではない。
「これは異世界の自然界では本来あり得ない、極大のエネルギーを人工的に操作し、濃縮したことによる避けられない物理的な代償……莫大な排熱、つまりエントロピーの奔流だ」
熱力学第二法則。局所的に秩序だった状態を作り出せば出すほど、その周囲には必ず無秩序が排出される。
「エントロピーの奔流……まさか!」
ボブが多世界解釈による並列演算をフル稼働させ、ある絶望的な未来の変動を捉えた。
私たちが以前、ミスリルを求めてダンジョンの最下層に潜った際、そこにいるはずのダンジョン・ボスは既に不在だった。あのエントロピーの掃除屋たる巨大なバケモノは、当初の計算では、王都到達までまだ数週間の猶予があるはずだった。
だが、加速器から漏れ出した極上のエントロピーの匂いを、その巨大なバケモノが嗅ぎつけてしまった。
「まずい、ボスの移動速度が跳ね上がった!極上の餌を前にして完全に狂乱している!このままだと数週間どころか……数日中に王都へ到達するぞ!」
ボブの絶望的な叫びが、地下施設にこだました。
私たちの歴史的な実験の成功が、図らずも王都崩壊のタイムリミットを一気に縮めてしまったのだ。
地殻を割りながら異常な速度で急接近してくる、圧倒的な質量のバケモノ。その重く冷たい足音が、今にも私たちのすぐ足元まで迫ってきているような錯覚を覚えた。
(続く)











