第47話:ボブの告白と観測者のジレンマ
深夜の研究室。完成したばかりの美しいミスリルコイルが、ランプの光を反射して鈍い銀色を放っていた。
いよいよ地下での組み立て作業へ移ろうとしたその時、ボブが重い口を開いた。
「レイ君、リック君。アリスちゃん」
ボブのただならぬ雰囲気に、研究室の空気がピンと張り詰めた。
「……君たちに、話さなければならないことがある」
「どうした?さっきの襲撃にビビって腰でも抜かしたか?」
リックが、茶化すようにおどけてみせる。
だが、ボブは意を決した面持ちで言葉を続けた。
「僕の本名はボブじゃない。……エミール・ラプラスだ」
「エミール……ラプラス?」
アリスが不思議そうに小首を傾げる。だが、王都の裏事情に通じているリックは、その名前に心当たりがあるようだった。
「おいおい、冗談だろ?ラプラスってのは、教団のトップに君臨してるあのラプラス枢機卿の……」
「ああ。僕はラプラス枢機卿の息子だ」
ボブは苦渋に満ちた表情で頷いた。
「今まで君たちの動向が教団に筒抜けだったのも、僕が原因なんだ。僕は危険分子であるレイ君を間近で監視し、父のネットワーク……ラプラスの悪魔に情報を送り続けていたスパイだった」
裏切りともとれる衝撃の告白。
だが、私は表情一つ変えることなく、手に持っていたスパナを弄りながら平然と返した。
「それが加速器の建造に何か物理的な問題を引き起こすのか?」
「えっ……?」
ボブが呆気にとられたように私を見る。
私にとって、ボブの血筋や彼が教団のスパイであったことなど、目の前の巨大な物理実験に比べれば些末なエラーでしかなかった。彼はこれまで、多世界解釈による演算で幾度も私の計算を助けてくれた。
それが事実のすべてだ。
気まずい沈黙が流れる中、リックが慌てて場を和ませようと私たち二人の間に割って入った。
「お、おいおい!枢機卿の息子ってことは超金持ちじゃねぇか!隠して水臭いぞ、もっと早く言えよ!教団の裏金で美味いもん食いに行こうぜ!」
リックなりに二人の確執をギャグで有耶無耶にしようと空回りしていたが、ボブの深刻な表情は全く崩れなかった。
「茶化さないでくれ、リック君。……レイ君、父が君の加速器建造を何よりも恐れ、執拗に妨害してくる本当の理由を知っているかい?」
ボブは眼鏡の奥の目を真っ直ぐに私へと向けた。
「君の強引で巨大すぎる『観測』は、この星のあやふやな波動関数を強制的に収縮、つまりデコヒーレンスさせるんだ。世界が物理的に壊れるわけじゃないけれど、ただ……魔法が消える」
「……何?」
私の手がピタリと止まった。
「この異世界の魔法は、量子の不確定な重なり合いによって成立している。君が地球と繋がるために巨大な加速器を起動し、次元を穿つほどの極大のエネルギーでこの世界を完全に『観測』した瞬間、すべての事象が単一の結果に確定してしまう。精霊も、アリスさんの不確定性も、僕の多世界解釈も、すべて消え去るんだ」
それは、このファンタジー世界における魔法の死を意味していた。
ボブは悲痛な面持ちで私に問いかける。
「君は自分の理論を証明するために、この美しく予測不能な世界から魔法を奪い、君の故郷と同じ、ただの退屈な物理法則だけの世界に書き換える気かい?それが、君のやりたかったことなのか?」
「…………」
私は答えることができなかった。
自分の知的好奇心と地球へ論文を送るという渇望が、愛すべきアリスやボブの魔法という、私が焦がれた未知を完全に殺してしまう。
初めて直面する科学者の業と倫理的なジレンマの前に、常に合理的だった私の思考がフリーズする。
私はゆっくりと、手に持っていたスパナを机の上に置いた。
カチン、と冷たい金属音が深夜の研究室に空しく響き、私たちの加速器建造は完全にストップしてしまった。
(続く)











