26話 それから
ルーファウスと再会した学会の仕事が終わって、私は正式に産休に入った。
出産後は様子を見て仕事に復帰する予定だが、上司のサミュエルは無理しないでいいと言ってくれているし、子どもの面倒を見ながら仕事をしてもいいとまで言ってくれている。お陰で子育てをしながら働ける環境が既に整っている状況だ。
一方のルーファウスはあの後、私の生活環境や仕事環境を見て行ったあと、出産には絶対に立ち会うと言って、祖国へと戻っていった。仕事の関係で無理を言ってこの国にやって来たと言ってたから、どうしても一旦戻らなければならないとのことだった。
そして──
「フィオナっ!頑張って……!」
「ルー……ファウス……」
「うん、ここにいるから……大丈夫だよ」
「うん……」
一旦祖国へと戻ったルーファウスが、再びこの国にやって来て数日後、陣痛が始まった。
慌てて大学に併設されている医局へと連れていかれ、すぐに出産の為に準備が整えられた。暫くすればサミュエル教授をはじめ、大学の同僚たちも集まって部屋の外で心配そうに見守ってくれている。
次第に辛くなる痛みに悶えていると、まるでルーファウスの方が苦し気に顔を歪める。そんな彼の優しさに見守られながら、私は自分と彼を安心させるようにその手を繋いだ。
祖国を離れる決意をした日には、独りぼっちであんなにも心細かったのに、今はこうして見守ってくれる温かな眼差しがある。優しい温もりがある。
ただ側にいてくれるだけでこんなにも私の心に勇気をくれるルーファウスの存在は、私にとってもう無くてはならないものだ。
「ルーファウス……私……貴方と会えてよかった……」
「うん……俺も……フィオナと出会えてよかった……」
想いを通じ合わせて見つめ合えば、酷くなる痛みさえも喜びに変わっていく。その先にある未来を、ルーファウスも私も望んでいるのだと……。
そして────
────
──
「……ぉぎゃぁっ……ぉぎゃぁっ!」
「おめでとうございます。元気な男の子ですよ」
「……男の子……」
まだへその緒が付いたままの我が子を見つめて呟く。
私とルーファウスの子供だ。
まだ目は開いていないし、必死に泣いている顔はクシャクシャで。
それでも──
「……可愛い……」
心の奥に新たな灯がついたような……また一つ、自分の中に確かなものが築かれていく。目の前の小さなその存在が愛おしくて……涙で滲む視界のまま私は自然と笑っていた。
「フィオナ……ありがとう……」
「ルーファウス………」
震えるような感謝の言葉に見上げれば、ルーファウスが綺麗な涙を流していた。繋いだ手は温かく、優しくて幸せな気持ちがそこから溢れてくる。
二人で我が子が綺麗にされていくのを見守る。
息子は必死に泣いて、自分の存在を訴えてくる。
それが愛おしくて嬉しくて……私は笑いながら泣いた。
嬉しいのに涙が止まらないのだ。
家族を失ってどこか欠けたような気がしていた自分。
でもそんな孤独の中に生きてきた世界が、今はこんなにも色付いている。
それは生まれてきた息子と、隣にいるルーファウスのお陰だ。
彼等が私を孤独から救い出し、本当の幸せが何かということを教えてくれたのだから。
やがて綺麗にされておくるみにくるまれた我が子が腕の中に戻ってくる。
その柔らかくて愛おしい存在をそっと抱きしめれば、心の奥から愛がとどまることなく溢れ出してくる。
「ありがとう……生まれてきてくれて…………」
私はそう言ってまだ言葉もわからない息子へ感謝を告げた。
ここまでの道のりは確かに単純ではなかったかもしれない。
けれどあの夜があったからこそ、彼はこうして生まれてきてくれたのだ。
辛く、苦しいこともたくさんあったけど、それらのすべてが愛おしく思えるほどに、今の私は満たされている。
いえ──私達は、だ。
「ありがとう、生まれてきてくれて……ありがとうフィオナ……息子を生んでくれて」
そう言って私の隣で幸せそうに笑う彼は、今はもうこの国の人だ。
祖国を出て、彼は私の側にいることを選んでくれた。
それが申し訳なく思ったけど、元々、彼は血筋のことで揉めていたから、ちょうどよかったのだと私の不安を笑い飛ばした。
そして元より努力の人だったから、この国でもその実力を認められ、騎士団で働くことになっている。
こうして私達は家族になった。
まだまだ新米のパパとママだけど、3人でいられればどんなことも乗り越えていけると思ってる。
今この胸にある想いは、紛れもない愛だと知っているから。
共に歩む人生のその先に、幸せがあると知っているから────




