115.見えざる敵を追いかけて
【115】
思う存分にシオリンをよすよすしたところで、ザラメは冷静に状況分析する。
なお、よすよすの手は止めずに。
こうでもしないと“見えざる敵”に狙われている恐怖には耐え難いのだ。
シオリンは精神安定剤であり、この瞬間における最強の防御であることは間違いない。
ザラメはまだ危機が去っていないと直感している。
このXシフター【Lv.X ス■ルステ▲▽グレ■△∴】の原種は、エイの見た目通りに海を活動領域とする野生のエネミーだ。魔物知識データを参照するに、その基本的性質はシンプルに『自己生存のために捕食活動を行う』『獲物に気づかれないよう静音、透明化して近づいて毒針で仕留める』というものであった。ここは第二帝都錬金術師協会の上級錬金工房、野生体がいきなり建物内に出没してピンポイントにザラメを狙ってくることは考えづらい。
つまり、この暗殺魚は“だれかがコントロールしていた”と考える他ない。
秘密裏の逢瀬、セキュリティの厳しい密室に、暗殺魚を送りつける――。
真犯人の第一候補を、まず確かめねばならない。
それは必然――烏賊墨蓮太だ。
「蓮太くんは“まだ”眠ったまま……。今のうちに確認しないといけないことは……」
ザラメは意識が途絶える寸前、シオリンに『起こす条件づけ』を命じていた。
まず最優先にザラメを起こし、『ザラメの許可か、蓮太の危機的状況』にのみ蓮太を起こすようにする。どこまで反映されるかは不明瞭だったが、やはり、シオリンの行動は『ザラメを守る』『ザラメの命令に従う』を原則として、それ以外は優先しないようになっている。
――烏賊墨蓮太を、100%信頼することはできない。
蓮太に限らず、Xシフターという要因がある以上、疑心暗鬼になりすぎないように、それでいて適度に疑問を抱くことはやむをえないことだ。
仮に蓮太や他の仲間が100%信頼できる相手だとしても、例えばそれになりすまして擬態する、ということは常にありうる可能性だ。
――というのは、もはや小学校でも「AI合成によるなりすましには気をつけましょう」と呼びかけるご時世だ。立体ホログラムを利用した不審者による声かけ案件に注意指導があったりする。
「……本当に睡眠状態のようですね」
蓮太のステータスは状態異常『睡眠(重)』を示し、自力での目覚めが困難だとわかる。
『睡眠(軽)』はうとうと居眠りしたり眠気でにぶる程度、強い痛感や時間経過ですぐに目覚める。『睡眠(重)』は殴っても起きず、なんらかの回復手段を必要とする。
もし“蓮太は密室で自分ごと眠らせてアリバイを作りつつ、ザラメを殺害しようとした”という推理ものみたいな計略があったとする。
その場合、この『睡眠(重)』は一切身動きができなくなる恐怖に耐えつつ、寝て起きたらどうなっているか予想がつかない状況下に陥る。――その覚悟と演技力があったとして、彼には“この暗殺は失敗する”という予測がきっとできたはずだ。
蓮太は密会中、数時間に渡ってシオリンと同席しており、そのカタログスペックを十分に観察できたはずだ。“眠らない、毒も通じない不死の護衛”がすぐそこにいるとわかっているのに暗殺計画を実行に移すことは考えづらい。
それに蓮太は“戦闘能力を有していなかった”ことはザラメ自ら技能構成練りを手伝ったことで明白だ。このXシフターは“召喚・使役された個体”である可能性が高い。それは『召喚術師』の技能由来である可能性が高いものの、蓮太は『商人lv.7 召喚術師Lv.6 軽戦士lv.5』という構成の都合で、おそらく『Lv9の召喚』はレベル差を考慮してもむずかしい。
ここは密室だ。
ザラメ、蓮太、シオリン。ザラメ視点では三名のうち、蓮太のみは消去法で疑う必要性があったものの、いざ疑ってみても蓮太の仕業だと考えるのはむずかしい。
ザラメは外部の犯行と結論づけ、警戒とよすよすをやめた。
「シオリン、蓮太くんを起こしてあげて」
「我回復遂行、起床王覇陽御財増」
「ん、ううん……。あれ、おいらいつの間に眠って……」
目覚めた蓮太は、ザラメとちがって敵襲に気づかず睡眠に陥っていたのか、周囲を見回すとようやく「うえ!?」と激しい戦闘跡に散らかった室内に気づき、大慌てする素振りをみせた。
ザラメは一通り「……ということがあって」と状況説明し、蓮太は「……なるほど」と不安そうな仕草であちこちに視線を送っている。
これはシロだ、と思いたい。
「じゃあ、こいつを操ってる真犯人がまだ無傷でどこかにいるわけでやんすね」
「観測状態を“公開”にして、観測者さん達を通じて情報共有することも考えたんですけど、それは暗殺者にとってこちらの情報が筒抜けになる非常にやりやすい環境です。こちらも集団で固まっていればすぐに襲われる可能性は減りますが、そうなると相手も仕切り直してまたチャンスを伺ってくるだけです。――今すぐ、暗殺者に逃亡される前に、捕まえるべきです」
不思議な心地だ。
今更であるが、ザラメ・トリスマギストスは天才錬金術師だ。修正補助のおかげで、それにふさわしいだけの補正が働き、すらすらと難しいことを考えることができる。
現実では小学生女子にすぎない自分の思考力をゆうに越えている――。
その不自然さに目を瞑って、今は使えるものを使って状況を解決せねばならない。
でも、ひとつ言えることがある。
“負けず嫌い”は確実に、ザラメ本人の意志だ。
「蓮太くん、わたしに協力してくれますか。ふたりで……いえ、三人で暗殺者を捕まえましょう」
ザラメの問いかけに、蓮太は五秒ほど黙って考える。
そして彼なりに心の整理がついたのか、蓮太は「おいらでよければ、及ばずながら」と答えた。
シオリンも「応!」とぴょんぴょんキョンシーっぽくはねて意気込んでいる。
「……で、どうやって敵を見つけたものやら」
「不可思議不思議」
三人寄れば文殊の知恵、というが死体のシオリンは知恵を出せる状態ではない。ザラメも、いかに賢いといっても疲労感をおぼえていた。
迷宮知らずの名探偵ザラメちゃん。
――というわけではないので、そう軽々と難題を解決できるわけではない。
「そうでやんすねぇ。まずは睡眠と毒の予防アイテム……この装飾品を着けておくんなせえ」
蓮太は商人の専用アイテム、魔商本を手にしてアイテムストレージから腕輪を渡してくれた。
【眠らずの腕時計:正確な時刻がわかり、寝ると起こしてくれる魔法の腕時計】
【毒よけの腕輪 :毒を和らげ、治りやすくする魔法の腕輪】
装飾品の装備スロットには限りがある。ザラメは左腕に着けていた火山の名残の耐熱リングを外して、毒よけの腕輪と眠らずの腕時計を装備することにした。
どちらもありきたりな市販品で完全耐性を得られるわけではないが、無いよりはマシだ。
蓮太は歩くアイテムショップに等しく、豊富な装備品をいつでもすぐに提供できる。そして代金はザラメ達が獲得した戦利品から差し引けばいいので、タダ同然で利用ができる。
「これは……助かります。錬金術で作るにも今からだと時間の都合がありますからね」
「“無いよりはマシ”程度の安物でやんすけどね。しかも次また同じ攻撃手段で襲ってくるかはあやしいところ。で、まずは“二度目”を警戒するなら……」
「どこから入ってきたのか、ですね」
ザラメと蓮太はすぐに調査をはじめ、侵入経路を発見した。
換気口だ。上級錬金工房には現代的な、換気システムが備わっている。人間が通り抜けるのは厳しいが、ステルスティングレイヤーは平たくて空中浮遊ができサイズも小さい。ギリギリ通ることができたのだろう。
換気口は屋外に通じている。各錬金工房ごとの換気口はそれぞれ繋がっておらず、単独ずつで外に空気を循環させる。
暗殺魚は換気口に潜んで室内に少しずつ睡眠成分を流入させ、意識が朦朧としてきたところで静音と透明化で近づき、より高濃度の睡眠を嗅がせて、そして毒針でトドメを刺そうとした。
こんなところだろう。
ここを侵入経路として利用した証拠となる痕跡は、換気ダクトにステルスティングレイヤーの表面粘液がわずかに付着していることを確認した。
エイに限らず、魚類は体表を粘液で覆っているものが多い。ぬるぬるの体表粘液は、水の抵抗を無くし、病気や傷から守り、海水や淡水の浸透圧調整に使われる、と動物図鑑で読んだことがある。動物の毛皮のように必要不可欠な機構である。
――なお、人魚のシチも下半身はぬるぬるしてるのか、と問われるとイエスだ。健康な証拠であり、過剰にぬるぬるしているわけではないが、常に下半身がぬちょぬちょなのはちょっと困る。しかし同じ人魚のミオちゃんは「すべすべとぬるぬるはオプションで選べる」と言っていた。
実際ミオのおさかな部分は触ったらすべすべだった。別にすべすべでもぬるぬるでもプレイヤー性能に差異はなく、シチが下半身ぬるぬる設定なのは無頓着なだけだろう。
そもそもバリア機構なら人魚は上半身ごとすべてぬるぬるしてないと無防備で問題なのに、全身ぬるぬる人魚は創作としてナンセンス極まりなく人魚姫の童話もぶち壊しなのでご都合主義でいいはずだ。
侵入経路は換気口――。
第二帝都錬金術師協会の広い敷地にある研究棟の、レンタル錬金工房。残念ながら、その建物の外側からこっそりと暗殺魚を侵入させるだけならば、それだけで真犯人を特定できるほど難しいことではないだろう。
「今のうちに防犯トラップだけでも置いておきますか」
「ほほう。罠でやんすか? 罠師の技能を取り損ねてるので大したものはできやせんけども」
「これは素人でも作れますよ」
ザラメは錬金糸と鈴鳴草を錬金窯で調合して、パパっとワイヤートラップを作成した。
見えづらい糸に触れると鈴の音が鳴る、というだけのシンプルな罠だ。スパイ映画にありがちな、赤外線センサーの原始的なものだと考えてもよい。
これを換気口や他の気になるところにちょちょいとセットして、当座の安全を確保する。
「子供騙しの罠ですから、もし罠解除ができる冒険者がやってきたら簡単に解除されてしまうでしょうけど、召喚された魔物には通用するはずです」
「さすがザラメ嬢。とはいえ、まだ防戦一方。真犯人を追い詰めるには程遠いでやんすね」
「うぐぐ……。そうですね……。密会をどうやって知ったのか。これも気になります。わたしとあなたがここで合流する約束は、だれもあの暗号はわからなかったはずですから」
「いやいや、ザラメ嬢の“居場所”を調べることは容易でやんすよ? なにせ、門限つきで夜間はこの協会の敷地内に戻ってくるようシロップ協会長に言いつけられてる以上、その命令を認識してるNPCにザラメ嬢はいつでも行動を見られておりやす。しかも“同じ部屋”を連日連夜借りっぱなしにして籠もってたら、そりゃ今夜もどうせここにいるってわかりやすよ」
「……あー」
バカだ。シンプルにバカだった。
ある意味、やっぱり自分は天才をなんとか演じているに過ぎないと安心するほどバカだった。
「“蓮太くんと密会してること”はヒミツでも、わたしがここで作業してることはそもそもヒミツでも何でもなかったわけですね……。完全に忘れてました」
「丼米、丼米」
シオリンがやさしくなぐさめてくれる。議論の役には立たないけど、とても助かる。
「逆に考えやしょう。暗殺犯は“おいらがここにいるか否か”を知らない可能性があるんでやんすよ。ところで、シオリン嬢は簡単な質問には答えられるんでやんすよね?」
「え、あ、はい。そう……だとおもいます」
「んじゃ、シオリン嬢、質問を。あの襲ってきた魚は、おいらを攻撃しようとしたでやんすか?」
シオリンは「いいえ」と言いたげに首を横に振った。
蓮太はその証言を元に、戦闘で破壊された部屋の、特に蓮太が眠っていた無傷のソファーを調べて。
「これは敵は“烏賊墨蓮太を認識してない”ってことでやんすね。ザラメ嬢が座ってたソファーは傷が目立ち、おいらの方は無傷でやんす。シオリン嬢と暗殺魚は両方ともザラメ嬢のみを巡って争い、おいらは居ないも同然の扱い。暗殺魚のプログラムの想定外だった、ということでやんしょう。こいつぁー“事前に命令された通りに動く”タイプで“自由に遠隔操作できない”と考えていいかと」
「……もしかして、それって召喚術師の知識ですか?」
「ご明察。さっき練習がてらに試した限りにゃ、召喚した戦力――“召喚獣”と総称するんでやんすけど、こいつへの命令は“召喚言語”が必要でやんす。それに術者と召喚獣は原則的には知覚が共有されておりやせん。ドローンみたいに映像や音声を送受信して遠隔操作できるわけじゃなくて、警察犬みたいに命令すれば自律的に考えて動くってイメージでひとつ。カメラやインカムを警察犬に外付けすれば、また違うかもでやんすけど――」
「――敵は、こっちが今どうなってるかよくわかってない。そして有効な射程距離に限界がある、ということですよね」
「といっても、時限爆弾みたいに暗殺魚を仕掛けておいて、十分に距離と時間を稼いでから行動開始するようにセッティングすりゃー良いんで、今頃は協会の敷地外でも不思議じゃありやせん。ヒット&アウェイ作戦の場合、今夜はもう追撃はない代わりに、こっちも追い詰めるのは困難でやんす」
「し、しちめんどくさい」
思わず黒騎士の口癖を言いたくなってしまうほどに、敵の攻撃は巧妙だ。
このようなヒット&アウェイの暗殺作戦をずっと繰り返されてはエリクサーさがしに支障をきたす。相手はローリスク、こっちはハイリスクなままだ。守るだけはいずれ負ける。
巧妙に逃げ隠れする敵を見つけることは、純粋な戦闘力だけではむずかしい……。
「暗殺魚を召喚して、命令を与えるのに要する時間はわずか。目撃者もいないはずでやんす」
「敵の正体を掴む方法……うーん、うーん」
ザラメは目を瞑って、文字通りに唸りながら考える。そこでふとあることに気づく。
匂いだ。
なにか、すこし臭いにおいがする。
複数の薬品がばらまかれていたのをまだ片付けていなかったので、その異臭かと思ったが、ザラメが調合用に準備した素材や薬品のものではない異臭がある。
それはシオリンと、そして床に散らばった暗殺魚の躯と、ついでにザラメからもした。
「くんくん、これは……」
ザラメの知識が、修正補助が匂いの正体をすぐに突き止める。
アンモニア臭だ。
つまり、分解された尿素。
「尿素!? アンモニア!? うわ、ばっちぃ……!」
エイやサメ特有の匂い。三分割された魔物の体液が飛び散っているわけだから、当然その交戦相手だったシオリンの衣服にも付着し、よすよすしたザラメにもついている。
というか、蓮太が微妙にザラメとシオリンから距離をとって立っていることに今気づいた。
目覚めてすぐに蓮太は「うわぁ……ばっちぃ」と思っていたが、口に出さずにいたのだろう。
不可抗力とはいえ、ちょっと傷つく。
「……はっ。匂い、警察犬……これ、いけるんじゃないですか!?」
「ははーん、なあるほど。こいつぁー尿素にまみれた甲斐がありやしたね」
「蓮太くんも尿素まみれにしてやりましょうか、こんちくせう!!」
反撃の目処は立った。
ザラメは諸々の“下準備”を工房で済ませて、そして追跡に転じることにした。
この尿素まみれの恨みを晴らすために。
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