116.走る食パン
【116】
ザラメ・トリスマギストスは天才錬金術師である。
そのようにプレイヤーが初期設定を行い、これまでも育成を行ってきた。
【Lv.7】に到達したザラメは中級水準のレベルがある以上、もはや駆け出しの初級の段階とは同じ天才でも大違いなのは当然のこと。
そして何より[SP:7]『物品作成S』を直前に取得している。
この上級錬金術工房ならば、設備も素材も全てが申し分なく、それらザラメの“下準備”はほんの三分間足らずで容易に終わってしまった。
天才錬金術師の面目躍如たる、暗殺者を見つけるための起死回生のアイテム――。
【ワンダフルわんこスチューム+[--DM]】
【分類:軽装非金属 防御力:中 斬撃耐性:小 打撃耐性:小 魔法耐性:中 魔法強化:中 敏捷強化:小 スタミナ強化:中 移動強化:大】
【特殊効果『アニマルモーフ』:装備者は動物のように動き、また擬態することができる』
【特殊効果『アニマルセンス』:装備者はEPを消費することで『五感強化』状態になれる】
【特殊効果『わんこセラピー』:周囲の状態異常効果が成功しづらくなり、自然回復しやすい】
【品質:★★★★★】
これを五着、一気に作成したのだ。
かわいい犬の着ぐるみパジャマを意図した愛嬌たっぷりのデザインと裏腹に、Bランク装備としては至れり尽くせり、そして今この状況に最適化した防具をザラメは“創作”した。
カスタムメイドの武器や防具を創作することは元々ドラコマギアオンラインでは生産職のPCならば可能なことであり、今回のアイテムはゲーム仕様の想定の範囲内といえば、そうである。
重要なのは、その“構成”と“速度”と“品質”だ。
必要な効果をチョイスして、迅速に作成をやり遂げて、最高の品質に仕上げることができた。
Bランク装備は作成難易度も下がるし、上級の設備による補正もあるが、序盤お世話になった刀狩りのウォーターローブを大きく上回る代物を、ごく短時間で作成することができたのだ。
ザラメは感動に浸る暇こそなかったが、ようやく望んでいた最高水準のアイテム作成能力を得られた手応えを噛み締めつつ――。
「さぁ、これに着替えて暗殺者を追跡するんだワン!」
ウェルシュ・コーギーになりきった。
そこに羞恥心など一切ない。ザラメは、手ずから作ったこの傑作をとても気に入っていた。
「ワン!」
そして元々忠実なザラメの死体人形であるシオリンもまた一切の抵抗なく、コーギーになった。
焼き立てのトースト色をした、あの愛くるしい犬に。
「いやぁーははは……。こいつは、なんというか……」
烏賊墨蓮太は暗殺者に命を狙われた直後だというのに、もふもふのわんこに着替えたザラメとシオリンにさすがに戸惑ってしますが、しかし悲しいかな、彼の優れた鑑定眼はアイテムの有用性を認めざるをえない。
蓮太は、コーギーになることに抗議できなかった。
繰り返す。
蓮太は、コーギーになることに抗議できなかった。
三匹が走る。
食パンが走る。
広大な第二帝都錬金術協会の敷地内を、ザラメ達は追跡、疾走する。
見かけはコーギー、走り方もコーギー、しかし移動速度は猛烈に早かった。
コーギーはああみえて牧羊犬で俊敏かつ体力がある。最高時速は30km前後だ。もっとも、コーギーの能力を再現したわけではなくて、単に見た目を可愛くしたかっただけなので早さには関係ない。
『アニマルモーフ』と『移動強化:大』の相乗効果で本来は鈍足のホムンクルスやドワーフでも、あたかも俊敏なライカン種族のように移動できていた。
もっとも、四足歩行のままではとても戦えない。同じ『移動強化:大』の装備を俊敏な種族が着れば、やはり大差がつくだろう。
それでも、ザラメにとっては平時の体感三倍速で追跡できるのだからとても快適だった。
「わんわんわおーん!! なんて開放感……、わたし、このままコーギーになりたい!」
「ワオーン」
「えぇ……」
常々鈍足に悩まされがちなザラメは妙にハイになるが、しかし本題を見失ったわけではない。
嗅覚情報を頼りに、暗殺者を追い詰める。
あちらが“臭い”という見落としがちな痕跡に気づき、完璧に対処している可能性は否定できない。それでも、暗殺者に少しでも近づくことができれば、別の手がかりを見つける可能性はある。
もちろん、こちらが暗殺者に返り討ちにされることも考慮して、いくつか対抗策は用意した。
確実なことは何もないが、それは今にはじまったことではない。
ザラメの直感が、慎重論を否定する。
ここは攻めるべきだ。
やがて、臭いを辿って夜の協会の敷地内を駆け回るうちに、それはある建物に行き着いた。
――宿舎。
第二帝都錬金術協会の、宿舎。
ザラメはここ数日この宿舎の最上層にある、重要来賓用の寝室を一応の住まいにしている。
天蓋つきのダブルベッドの部屋があったように、言わば協会専用のホテルみたいなものだ。
「協会宿舎……。こんなところに暗殺者が……」
「確か、ここは一般の冒険者も利用できる設備でやんすよね? 協会のNPCか、利用客か。誰の仕業にせよ、入ってみるしかなさそうでやんす」
「……そうですね、入ります」
ザラメは深呼吸をひとつして、四足歩行コーギースタイルをやめ、すくっと立ち上がって。
そして堂々と、ザラメは何食わぬ顔して着ぐるみコーギーのまま宿舎のロビーへ移動した。
シオリンに至っては、四足歩行のまま犬っぽく。
その大胆不敵な行動に、さしもの蓮太も「わぁお……」とドン引きしているようだった。
十秒後、羞恥心に負けたのか、蓮太は“見た目装備”設定でいつものパーカーをワンダフルわんコスチュームに外見だけ上書きして何事もなかったかのように入室してきた。
そこではNPCの宿舎の従業員が、三者を丁寧に出迎えてくれた。
「おかえりなさいませ、ザラメお嬢様」
「ただいま」
従業員はコーギールックに一切の言及をしない。平常運転だ。
蓮太はほっと胸をなでおろしているようだが、ザラメにとっては想定通りの反応でしかない。
第一に、NPCはプレイヤーの外見に特別な反応をしないことが基本仕様である。プレイヤーは好きな見た目装備をあれこれ試したいわけで、行く先々のNPCがいちいち不審がったり陰口を述べたりするようでは快適なゲームプレイ体験とは言えない。
第二に、協会の職員は自然な反応としても冒険者をみだりに刺激しないよう教育されている。来客を意味もなく不愉快にさせるようでは従業員失格だし、ましてやザラメは協会長の妹という認識がある。仮になにか思ったとしても、それを口や態度には出さないだろう。
その機械的な反応が、かえってザラメを安心させてくれる。
システマチックなNPCまで人間的な反応をされると、暗殺者候補が増えてしまいかねない。
「先を急ぎましょう、蓮太くん」
「は、はいでやんすよ、ザラメ嬢」
「ワンワン!」
犬になりきって先を歩くシオリンを追って、ザラメと蓮太は痕跡をさらに追いかけた。
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