114.暗殺魚との“死"闘
【114】
●
Xシフターの強襲。散布される睡眠薬。暗転する意識。
天才錬金術師ザラメ・トリスマギストは本来、ここで絶体絶命のピンチに陥るはずだった。
ザラメ自身とて『……終わった』と思いかけた。
しかし、根性や奇跡ではない勝算がまだあることに気づき、ザラメはある可能性を信じた。
【Lv.X ス■ルステ▲▽グレ■△∴】
ザラメの魔物知識はXシフトする前段階の、素体となる魔物のデータを瞬時に表示した。
【Lv.9 ステルスティングレイヤー】
Xシフターは“プレイヤーを戦闘不能ではなく死亡状態にできる”ことが最大の脅威だ。
現状、死亡状態を回復する手段がない以上、これは最大級の危険である。
【Lv.7】に昇格した直後のザラメと蓮太が、意識を今まさに失いながら格上のエネミーに襲われて生存することは極めて困難といえる。
このような状況下に陥らないよう厳重なセキュリティの期待できる錬金術師工房を密会の場に選んだ上、ザラメは可能な範囲で、第三者に気づかれないようこの場に赴いた。
可能性として、蓮太のミスか、故意に情報を流してこのXシフターに襲撃ポイントを提供した可能性もありうるが、それは直感的に“無い”と切り捨てた。
情報源はわからない。
そして侵入経路もわからない。
いかにして上級錬金工房の密室に、前触れなく侵入できたのか。
ザラメに理解できたのは、このエネミーの原型が“ステルス”という名称を含むように、高い隠密性と奇襲性を有している、という性質だ。本来は“斥候”や“五感強化”など警戒要因をパーティに導入することで不意打ちを回避できるのだが、ザラメと蓮太には困難な要素だった。
構造上、錬金工房にも換気口など人間には通過困難だがそれ以外には侵入可能な経路はありうるので、ザラメや蓮太にとって対処しようもないものだろう。
よって、ここも考えるだけ無駄とすぐに切り捨てた。
次に、ホムンクルスのザラメにとって一縷の望みとなるのは“死んだふり”の種族特性だが、これもステルスティングレイヤーの強力な毒針によって継続ダメージが入るとしたら、直撃を一発食らった時点で何の意味もない。
ただし、裏返せば“隠密と奇襲”“容易に侵入できる”“毒針”といった長所は、それらを前提にした暗殺者めいたコンセプト設計のエネミーであり、短所も必ずある。テクニカルなタイプには当然単純な攻撃や防御といったパワー型の強みはない。
睡眠状態から致命の毒を食らう、という不意打ちさえ凌ぐことができたら、きっとどうにかなる。
ただし、もはや睡魔に抗えぬザラメには一切の行動を行うことはできない。
できるのは唯一、その可能性を信じることだけ。
信じて、あきらめず、いざふたたび意識が覚醒できた時に備えて。
“この情報”を“共有”する。
【反魂の赤い糸】
ザラメの意志を、情報を、紅い宝石の指輪を通してシオリン・タビノに伝達する――。
□
ねむっている。
マスターも、おともだちも、ねむっている。
ふよふよと、へんてこなおさかながおよいでいる。アレはなんだろう。
『おねがい、まもって』
しろいきつねのごしゅじんさま。
あかいいとのゆびわが、おしえてくれる。
アレは“てき”。
ひらべったいおさかな。
あかとくろの、なんだかおそろしいおさかな。
コレが“てき”。
きらりとひかる、どくばり。
しろいきつねのごしゅじんさまをきずつけようとしている。
わたしは、えいやっとつめをふるって、しっぽをはじいた。
なんども、なんども、はじきかえした。
たいせつなごしゅじんさまを、まもらなくっちゃ。
“てき”は、わたしのからだにどくばりをさした。
へっちゃらだ。
ぜんぜんいたくもかゆくもない。
ごしゅじんさまがおしえてくれた。わたしは、たぶん、どくばりにまけたりしない。
もうしんでるから。
もうしなない。
“てき”をやっつける。
わたしはがんばった。がむしゃらに、“てき”をきずつけた。
きずつけて。
きずつけて。
きずつけて。
きずつけてきずつけてきずつけて。
どうやっつければいいかは、わかる。さっき、おしえてもらったから。
わたしのからだにつきささったどくばりをひっぱって、つかまえた。
つめをつきさして、めんたまをくりぬいて、しっぽをかみちぎって。
よくわからないけど、うごかなくなるまでやっつけた。
やっつけて、やっつけた。
もうしんでるけど。
わたしはしんでるせいだからかな。
いつ“てき”がしんだのか、よくわからなかった。
きっと、いいつけをまもることはできたきがする。
うれしい。
ごしゅじんさまも、おともだちも、きずついてない。
えーと、それから、どうするんだっけ。
『かいふくして』
そう、えーと、あぶないときにねちゃったときはおこしてあげるんだった。
わたしはてとてをあわせて、おいのりする。
どうか、わたしのたいせつなひとがげんきになりますように。
●
神官魔法の初歩的なものに、眠りを覚ます魔法がある。
シオリン・タビノにあらかじめ条件付した防衛プログラムが正しく機能していれば、必ず、ザラメを最優先に目覚めの魔法が行使される。
それがどのタイミングになるかはザラメにはコントロール不能で、だから覚醒した瞬間すぐさま戦闘に復帰できるよう睡眠状態で強く意識しようとしていた。
しかしだ。
ザラメがいざ目覚めた時、もう戦いは終わっていた。
Xシフターはズタズタに見るも無残なまでに無数の裂傷を刻まれ、平たい魚体は三分割されて床に四散した調合道具といっしょに打ち捨てられていた。
完全に絶命している。微動だにしない。
徹底的に、執拗に、破壊され尽くしていたのだ。
「勝利我喜々喜々」
わーいわーいとシオリンはのんきにうれしがっている。
しかし工房の壁や床にもシオリンの鉄爪の跡が刻まれ、壊れたフラスコのガラス片と液体が散らばる上に、シオリンに着せている防具や武器も激しく破損している。
なにより、シオリン本体も痛ましいほど傷つけられていた。
彼女は“もう死なない”だけだ。不死身だが、不滅の保証はない。あるいはXシフターとの戦闘において“死亡状態”よりさらに深刻な結果がありうるとしても不可思議ではない。
ザラメが命じた通りに、彼女は忠実にザラメを守り抜いたのだ。
ザラメは――何と声をかけていいかわからず、傷ついたシオリンをぎゅっと抱きしめた。
「……ごめんね。わたしが、詩織を助けるはずなのに……」
「丼米、丼米」
――ドン、マイ? ドントマインド? 相変わらずシオリンのキョンシー言語が理解に苦しむ。
しかし、なんだかそれで急に安堵してしまった。
本当に、もうダメかと思ったのだ。
ザラメはてっきり、防戦に徹したシオリンがかろうじて目覚めの魔法を使い、そこから全員で協力してXシフターを撃破する流れになってくれれば、と想定していた。
それにしたって、まさか単独でXシフターを完封するとは。
シオリンの戦力評価は『実質lv7-8相当』だから、元が1レベル差で不死身となればXシフター個体の[Lv.9]ステルスティングレイヤーを撃破できたことは理屈が通る。
ただし、もしシオリンの装備や育成強化を怠っていれば、当人が不死身でもザラメを守りきれなかったであろうことを考えると――。
今回の勝利は、ザラメの入念な事前準備が“いざという時”に役立ったおかげだといえる。
そしてなにより、シオリンが忠実に、それを発揮してくれたおかげだ。
「おーよすよすよすよす! よーすよすよすよすよすよすよすっ! がんばったねシオリン! よーすよよすよすよすよすよすよすよすよすよーーすっ!!」
「撫子撫子」
ザラメは喜びを爆発させ、シオリンを撫で可愛がる。
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