三話
「クソッ」
聞こえない様にネストは小声で文句を口にしてベッドを軽く蹴る。
当然だが、全く不満は消えていない。
軽くだが何度も何度も繰り返しベッドを蹴っている。
「相変わらず見下してくる……!」
昨日、家の外に追い出したのは家族の皆なのに心配したと恩がましく言われてネストは腹が立ってしょうがない。
本当は反省していないのだろう。
自分達が悪いと思っているのなら謝罪をするはずだし、ネストは追い出したことについて謝罪されていない。
復讐相談事務所の事務員に笑顔で接するようにと言われなければキレて文句を言っていたのかもしれない。
「復讐のために我慢しないと」
どうせ文句を言っても向こうは理解なんてしないとネストは予想する。
見下している相手が正しくてもプライドから認められない姿が目に見える。
それにサリカも友達の前で自分達がおかしいのかもしれないと思ったのに結局忘れてしまっていた。
この家族は自分達より下の者が目の前にいないと生活できないのかもしれない。
「そういえば事務員から渡されたのどうなっているんだろう?」
ネストは事務員から渡された収納アクセサリの中身を確かめる。
丸いモノの中から生まれると聞いていたから今はどんなふうになっているのか確認したくなる。
「うん?」
中に入っていた丸いモノを手に取って見るとわずかにひび割れているのが確認できる。
もしかして憎悪を抱けば抱くほどひびが割れていくかと考える。
そして今日の一日だけでこれだけだったら思ったよりも時間が掛かりそうだとネストは少しだけ残念に思う。
「それにしても……」
今日一日のことを思い出してネストは愉快気に笑う。
いつもと違うからか家族も含めて皆がネストを見て戸惑っていた。
家族やクラスメイト達にも抱きしめたり頭を撫でてやっただけで事務員の言う通り戸惑いながらも好感が伝わってきてネストは内心笑ってしまう。
「これからも毎日の様に皆を抱きしめたりしないと」
まさか抱きしめてくる相手が憎悪を抱いているなんて誰も思わないだろう。
そして第三者から見ても、そんなことは思わないだろう。
好意を抱いていると勘違いしているから近くにいても何とも思わないはずだ。
「にしても気持ち悪かったなぁ……」
ネストはベッドに倒れ込んで自分の身体を気持ち悪そうに抱きしめ、その表情は今にも吐きそうなぐらいに気持ち悪そうにしている。
抱きしめただけで自分が好感を持たれることに内心で笑いながらも気持ち悪くなる。
だけど同時に抱きしめている相手と頭を撫でている相手が誰かを認識する度にネストの中で憎悪が沸き上がってくる。
黒く丸いモノが憎悪を与えるほど生まれてくるのなら都合が良いからネストとしても止められない。
ただ早く生まれて欲しいとは思ってはいるが。
「ネスト、ご飯が出来たから降りてきなさい!」
その言葉にネストは従って一階に降りる。
そこには既にビールを開けている父親と夕食を食べる準備をしているサリカと母親がいた。
取り敢えずネストはサリカの頭を撫で父親から母親へと抱きしめた。
その際にご飯を作ってくれてありがとうと言うと喜色満面の笑みを浮かべて抱きしめてくる。
それに対してネストは笑みを浮かべながら内心で気持ち悪いと思っていた。
ネストからすれば今までご飯を作ってくれたのは虐待していると思われたくないから作っていただけだと思っている。
これからは毎日抱きしめないといけないと考えると吐き気がしてきてしまう。
だから学校の無い日は出来るだけ外で済ませようと考える。
それでも毎日抱きしめるのは変わらないが一日に何度も抱きしめる頻度だけでも減らしたい。
「貴方達の母親なんだから当然でしょう!腕によりをかけて作ったんだから食べてみなさい!」
「ありがとう」
母親の言葉に笑顔でお礼を告げながらネストは内心嫌悪を抱く。
母親だから当然という言葉があまりにも軽々しく感じる。
そう言って何度も笑って家の外に追い出していたのは誰だと問いかけたくなる。
見下す相手としか思っていないくせに家族の情を持ってきてもネストは信じられない。
「どうかしら?」
夕食の感想を求められてネストは笑顔でおいしいと言う。
だが内心、母親が作ったということにどれだけ美味しかったとしても味など感じずに吐き出したくなってしまう。
「そうだ。明日から弁当を作ってあげる?」
「大丈夫。適当に購買で買って食うから気にしないで」
少しだけ申し訳なさそうな表情を浮かべてネストは拒絶する。
本当は弁当何て食べたくなかった。
そんなものを作られたらゴミ箱に捨てるしかない。
「そう?」
母親は残念そうにするがネストは意見を変えるつもりは無い。
弁当を作ってもらうのも大変だろうしと建前を口にして納得してもらう。
「あら大丈夫よ。もともとサリカの分を毎日作っていたし。今更一人分や二人分は変わらないわ」
自分の分は作っていない癖に娘の分は作っていて何が母親だとネストは思うが諦めて頷く。
ここで否定したら抱きしめるのも何か裏があるのではないかと疑われかねない。
弁当の中身は何が入っているか確認して捨てようとネストは決意した。
「ネスト、今大丈夫か?」
夕食を食べ終わり明日の学校の準備をしている途中、父親がネストの部屋を開ける。
ネストはたしかに学校の準備もあるが、それは直ぐに終わるからと父親の問いに頷いて部屋の中から出る。
そして一緒にリビングの中に入り椅子に座る。
「すまなかった」
「………!!」
そして頭を下げられた。
まさか謝罪されるとは思ってもみなかったせいでネストは目の前にいるのは誰だと知らない者を見る目で父親を見てしまう。
「ネスト……?」
父親もネストがまるで初めて自分を知らない誰かを見る目で見ていることに気付いて声を掛ける。
ネストも目の前の父親の瞳を鏡として自分の顔の表情を認識して優しそうな笑顔を一瞬で張り付ける。
「えっと何の話?」
父親は息子が自分を知らない誰かを見る目で見ていたのは見間違いだったのかと考えてしまう。
何せ今はちゃんと父親として認識して見ているからだ。
「あぁ。昨日、家の外に追い出しただろう。家に入れてもらえないと思って身体を休ませる所に避難したんじゃないのか?」
昨日のことを謝罪しているのだとネストはようやく理解する。
だけど、そもそも謝罪されること自体が初めてで何で謝罪を急にしたのか不思議だ。
「別に良いよ。いつものことだし」
父親に謝罪されたことで混乱しているのかネストは余計なことまで口にしてしまう。
気にしてないだけで良いのに謝罪しても今更だと取れるような言葉を言ってしまったのは失敗だった。
笑顔を浮かべているのは、ただの仮面だと見抜かれてしまう。
「そうだった。何でお前は家の近くにいなかったんだ?いつものことなら家の中に入れていただろう!?」
いつものことだと聞いて普段のことを思い出したのか父親はネストに詰問する。
何処かに行かなければ心配することは無かったのだ。
心配させたことを謝れと文句を言い始める。
「ごめんね。夜風かどうも冷たく感じたから開けてくれるまで待つのも我慢できなかったんだ」
「それなら、そう言えばよいのに何でなにも言わなかったんだ!?」
そこまで責めるなら先程の謝罪は何だったんだとネストは笑顔を浮かべながら文句を口にしないように内心で抑える。
ネストからすれば自分を理不尽に追い出す家族に何でそんなことまで言わなきゃいけないんだと考える。
正直、話す必要が一切ない。
「何をしても入れてくれないじゃん。それに夜中に大声を出したら近所に迷惑だと思ったから許して」
ネストの建前上の言い訳に父親は納得する。
たしかに夜中に大声を出すのは近所迷惑だ。
それでも教えて欲しかったとネストを睨む。
「それに何処に泊まらせてくれたか教えてくれないか?お礼を言いたい」
「気にしなくて大丈夫。向こうも気遣いはいらないって言っていたし」
「それでも父親として迷惑を掛けたと謝罪に行きたいんだが……?」
「僕も迷惑を掛けたから謝罪に来るかもしれないって言ったけど、むしろ来るなって言われて………」
そう言ってため息を吐いたネストの雰囲気に嘘は言っていないと父親は判断する。
もしかしたら人嫌いなのかもしれないと思って何かお礼の品を贈るだけにするかと考える。
「そうか……。今度お礼に何か買ってくるから、それを贈ってくれないか」
「それなら大丈夫だと思う」
父親の提案にネストは笑顔で頷きながら冷や汗を流す。
今にも殺したいほど父親たちを憎んでいる。
憎いならまた来れようなことを事務員も言っていたし大丈夫なはずだ。
その時に渡せば良いと考えている。
もし行けなかったら捨てれば良い。
「要件はそれだけ?それなら、もう部屋に戻って良いかな?」
ネストは話はそれだけならと部屋に戻ろうとし、父親も頷く。
謝罪したいことも言いたいことも全部言い終わったから引き留める必要も無かった。
「やっぱり父さんはクソだわ」
ネストからすればどう考えても悪いのは父親なのに最終的に謝るように責めてきた。
心配したと言うのなら最初から家から追い出さなければ良いのにと思う。
「何で僕を外に追い出すんだろ?それに追い出して外に出て寒そうにしている僕を見て笑っているし」
昔からそうだ。
何も悪くないのに外に追い出して笑っている。
寒そうにしている姿を見て笑われたくないからネストは家の前から移動した。
そのお陰で復讐相談事務所にたどり着いたのだから何が幸いするのかは本当に分からない。
そして父親に自分を怒る資格は無いとネストは思っている。
それは他の家族たちも同じだ。
「にしても失敗したなぁ」
父親の前で笑顔以外の表情を作ってしまったり、余計なことをネストは言ってしまった。
あれで本当は憎悪を向けていると気づかれたらネストは嫌だった。
信頼している相手から裏切られたという現実を与えたいから疑われるのは避けたいと思っている。
殺すにしてもただ殺すのではなく絶望して殺したいと考えていた。
「はぁ。気のせいだと思ってくれれば良いけど」
父親はネストの知らない誰かを見る目をしっかりと見てしまった。
もしかしたら急にネストが変わったこともあって怪しむかもしれない。
家族たちには、できれば今までのように見下し何をしても問題ないと油断して欲しいとネストは祈っていた。
「ネスト、おはよう」
「おはよう!」
挨拶をしてくれた相手にネストは内心を押し隠し笑顔で抱きしめる。
抱きしめられた相手は悪い気はしないと少しだけ顔を緩めてしまう。
ネストが敵意を抱いているなんて考えていないようだ。
「おはよう!」
「おはよう!」
ネストが挨拶と同時にハグをするのに受け入れている者も入れば恥ずかしいと否定する者もいる。
その相手が本当に嫌そうにしていたらハグはしないが、それ以外に対しては照れ隠しだとネストは強引に抱きしめる。
照れ隠している相手も少しだけ嬉しそうにしているから、強引にしても嫌われないだろうと考えていた。
「なんだ、ネスト?あいつらには抱き着かないのか?」
「抱き着かれるのが本当に嫌そうだからしないよ。友好を示すために抱きしめているのに無理矢理にして嫌われたら意味が無いし」
「あいつらは良いのか?」
「照れ隠しているだけでしょ。本当に嫌なら抱きしめないって」
クラスメイトの一人が抱きしめられたことに嫌そうな顔をした者を指差すがネストは否定した。
本当に嫌なら抱きしめられる前に本気で拒絶をするはずだ。
それをしないと言うことは照れ隠しだとネストは判断していた。
「まぁ、たしかに?」
「そもそも本当に嫌なら抱き着く前に全力で否定するはずだし」
そう言って、本気で嫌そうな顔をしている者に抱き着こうと腕を広げると警戒するように身体を強張らせ入る様子を見せる。
「こんな風に」
「「「「「なるほど」」」」」
本気で拒絶しているならこうすると実例を見せられて納得させれてしまう。
ネストは振りとはいえ抱き着こうとしてごめんと謝って会話に戻る。
「ところでネストは今日も代表たちを手伝うのか?」
「まぁね。代表の対象から明日からも来てくれって頼まれたし」
その言葉に本当かとクルドへと視線を向けて頷かれて感心の声を上げる。
思っていた以上にサポートとしてネストは優秀らしい。
「そっか。それじゃあ頑張れよ」
本当ならネストを誘って何処かに遊びに行こうと考えていたが、それなら仕方がないと諦める。
その代わりに大会で勝てるように頑張れとネストとクルドへとクラスメイト達は声を掛ける。
クラスメイト達の声援に二人は身体を少しだけ強張らせて頷いた。
二人のその様子に当然だと頷くと思っていたのにそれとは違ったことでクラスメイト達は疑問を持つ。
もしかして他は二年や三年だから自信が無いのかと思ってしまう。
確かに周りは自分より年上の先輩だが代表として選ばれた以上は実力を認められているはずだとクラスメイトたちは考えている。
「皆、来ているかー?点呼を始めるぞ」
そうしていると教師が来て生徒たちはそれぞれ自分達の席へと座る。
いつまでも立っていて叱られるのは嫌だった。
「それじゃあ始めるぞー」
教師の点呼でクラスメイトたちも全員が学校に来ていることを確認する。
「それと大会の初戦の相手は決まったけど文句を言うなよ?」
大会の初戦の相手を言うだけで文句が出ると教師は予測している。
そのことに察しの良い生徒たちは二人がネストとクルドの二人が身体を強張らせたこともあって、どことなのか予想がつく。
「相手はコンバット学校だ」
「「「「「はぁーーーー!!?」」」」」
相手の学校名を聞いてクラスメイト達は絶叫する。
「「「「「はぁーーーー!!?」」」」」
「「「「「はぁーーーー!!?」」」」」
そして遅れて他のクラスからの絶叫も聞こえてくる。
「その上で本気で勝とうと努力しているからお前たちも応援してやれ。昨日なんて俺たちが止めるまで訓練していたしな。完全下校時間には帰ってほしいのに……」
つまり教師たちに帰らせられるまでずっと訓練をしていたのだと理解できる。
完全下校時間が七時だから完全に暗くなるまで訓練をしていることに本気で勝つつもりらしい。
そのことに感嘆の声が上がる。
「本気で勝つもりなの?」
「まぁ、そうなるな。勝てなくても格上に挑めるんだからと全てを出し切れるように訓練している」
「おぉ……」
もし勝てても次の試合は負けても良い覚悟で挑むつもりだと聞いてクラスメイト達は自分達も何か協力したいと思う。
「何かネスト以外にも手伝えることは無いか?俺たちも協力したいんだが」
「どうだろ?取り敢えず忘れていなかったら今日確認してみるか?」
それを聞いてクルドは有難く思うが大将に相談することにする。
補佐をしてくれるのがネスト一人で大変そうだとは思うが、協力してくれる者が多すぎても邪魔になってしまう。
もしかしたら他にも協力させてくれと頼まれているかもしれないと考えると勝手に頷くことが出来なかった。
「頼む。俺たちも力になりたい」
同じ学校に通っている者が世界にも通じる相手と戦うのだ。
クラスメイト達はどんなことでも良いから協力したいと思っている。
「…………?」
そして最初に協力を申し出たネストにクラスメイト達は嫉妬して睨んでしまう。
そのサポート能力が認められたとはいえ直接、サポートできる立場にいるのだから。
何で睨まれているのかネストは分からずに笑顔で首を傾げているが、絶対に自分達も同じ立場で代表者たちのサポートについてみせると決意した。
「これをどうぞ!」
「ありがとう。悪いけどネスト、他の奴にもタオルとか飲み物を渡しているみたいけど一旦止めてくれ」
大将の言葉にネストはもしかしてサポートの話は無しになったのかとショックを受ける。
この立場にいることで信頼を得られるが、切り捨てられたら信頼するほどの実力が無いと見られてしまう。
「いやサポートに不満があるわけじゃないか意見を聞きたくてな。悪いがネストを借りるぞ!タオルとか飲み物は自分で各自で取って使ってくれ!」
大将はそれだけを言って自分の訓練にネストを連れて行く。
そこでしていたのは魔法の訓練だった。
「見ていてくれ」
大将がそう言った次の瞬間に魔法は放たれ訓練所にあった的に当たる。
魔法が発動する速度と的に当たる速度、どちらも凄まじく速くネストは感嘆の声を上げる。
そのことに気を良くしながらも大将はネストに協力して欲しいことがあると頼む。
「何をすれば良いんですか?」
ネストは頼まれたからには引き受けるつもりだが何をすれば良いのか見当がつかない。
だから何をすれば良いのか分からないでいると色のついた薄い紙を渡される。
「それを最初は一枚ずつ上から落としてくれないか?できれば……。そうだな二十秒ずつ落としてほしい」
この薄い紙をかと思って手に持って眺める。
ちょっとの風でも流されてどこかに吹き飛んでしまいそうだ。
「それじゃあ落としてくれ!」
壁の上に乗りネストは色のついた紙の最初の一枚を落とす。
すると予想通りに風に吹かれて紙が飛ばされていく。
それでも続けるかと思って大将を見ると、魔法を撃った体制をしていた。
いつの間に撃ったのか思いながら二十秒を数えて、もう一度紙を落とす。
今度は風に吹かれながらも真っすぐに落ちていった。
それを見届けていると今度は目の前で紙が消えた。
何となく大将の方を見ると先程と同じく魔法を撃った体制をしている。
それで落ちていく紙を打ち抜いたのだとネストは理解した。
「すごっ……」
もう一度見たいとネストは二十秒数えてから、もう一度紙を落としていく。
そして流されたと思った紙がまた一瞬で目の前で消えた。
「おぉ……!」
もう一度、もう一度と二十秒を数えてから紙を落としていく。
その度に一瞬で消えるのがネストは楽しくなっていた。
「ネスト!二枚に増やしてくれ!」
今度は一枚だけではなく二枚ずつになるらしい。
そして言われたとおりに落としてみるが、二枚とも撃ち抜いていく。
同時に魔法を使ったり、全く別方向に行くのもあって一枚を打ち抜くより余程難しいはずなのに成功させていく大将に尊敬の視線を向けてしまう。
そして一日中、大将が倒れるまで付き合わせた。
「あ………」
ネストが落としている紙が撃ち抜かれなかったことにネストは何かあったのかと大将を確認すると、本人が倒れてしまった。
何度も魔法を休みなしで使っていたせいだ。
「せんぱいーー!!?」
大声で慌ててネストは大将の元へと急ぐ。
急に倒れたこともあり、大声で誰かに助けを求めようとした意図があった。
意識を少しでもこちらに割いてくれれば大将が倒れたのも気づいてくれるはずだ。
「エストー!!?」
「大将ー!!?」
ネストの意図の通り大将であるエストの元へとネストを押しのけて代表者たちが集まる。
その姿に自分とは違って大将は愛されているなぁ、とネストは思う。
「何があったんだ!?」
何で倒れたのか詰問してくる先輩たちにネストは予想で良いのならと答えるが、それでも良いと早く応えるように促す。
周りを見ても全員が同意見のようだ。
「多分、休みなしで訓練していたからそのせいだと思います」
「………なるほど」
困った顔のネストの答えに微妙な顔をしてしまう代表者たち。
どうやら自分達も心当たりがあるらしい。
訓練に集中しすぎていて休憩を忘れてしまったり、まだ出来ると無茶を通して倒れてしまう経験があった。
「お前らいつまで訓練をしているんだ!?もう帰れ!」
大将の倒れた理由に苦笑いを浮かべていると教師がやってくる。
いまだに訓練をして帰らない生徒たちを説教するために来たらしい。
学校を閉めるから帰れと注意をしている。
「すいません!先輩が倒れてしまったので送ってもらって良いですか!?」
ネストはそれを丁度良いと狙いを定める。
担いで家に運ぶよりは教師の車に乗せた方が安全だし楽だと考えていた。
「はぁ!?倒れた!?何で!?」
「おそらくは訓練のし過ぎですね」
「はぁ!!?」
大将が倒れた理由を聞いて頭を抱える教師。
相手が相手だから訓練をしたいという気持ちは分かるがやり過ぎだと思っていた。
「はぁ。分かった。俺が家へと送っていくからお前らはもう帰れ。夜は遅いから気を付けろよ」
教師は倒れている大将を背負って残っている生徒たちにも教師は注意する。
その言葉に生徒たちも頷いて、それぞれが帰り支度をする。
それらを確認して教師は訓練所から出て行こうとする。
「一応言っておくけど他の先生たちにも確認してもらうからな。帰ってなかったら反省文は確実にしてもらうぞ」
「「「「えぇーー!?」」」」
訓練所から出る寸前に言った教師の言葉に生徒たちは先程よりも素早く帰る準備をし、教師を追い抜く。
その姿にそんなに反省文は嫌かと教師はため息を吐いた。
「つっかれた」
ネストはただひたすらに紙を地面に落とすだけだったが、それでも紙の入った袋を新しく準備をしたり、紙を持って落とすのに腕の上げ下げを休みなく繰り返していたから疲れてしまっていた。
「はぁ、本当に運が良いな」
学校の代表者たちが自分を好意的に受け入れてくれることにネストは幸運だと思う。
少なくとも暴行を加えてきた虐めの主犯と近くにいるのに何もしないだろうと信頼されていた。
まだ関わってから一日しか経っていないのに信頼されて悪い気はしない。
「…………いや。もしかしたら仕返しをされるのはクルドだけで自分は関係ないと思っているのかな?」
虐めの主犯の近くにいるのに気にしていない様子を想像してネストは嘲笑う。
何で助けようとしなかった癖に自分は関係ないと思っているのか理解不能だからだ。
助けてくれなかった以上、全員が敵だと言うことを理解していない。
「まぁ、俺としては本当に好都合だから何も言う気は無いけど」
事務員に渡された黒く丸いモノが入った収納アクセサリを見る。
昨日は少しだけひび割れていたが、今日はどのくらいヒビが入っているのか楽しみだ。
「あれ?ネスト君は?」
「本当だ。いつの間にかいなくなっているね。もしかして、もう帰ったのかな?」
そんな声が帰り支度を終わって訓練室から出ていくネストに聞こえてくる。
「一緒に帰ろうと思ったのに」
「また明日誘えば良いじゃん。今日は完全下校時間も過ぎそうになっているから急いで帰ったんだろうし、明日こそ時間を忘れなければチャンスはあるんじゃない」
聞こえてくる声を無視してネストは帰宅した。
「そういえば先輩」
「何?」
「クラスメイトでネスト以外にも力になりたいって者が多いんですけど、どうしますか?」
クルドは先輩たちにクラスメイトのことに関して相談をする。
本当は大将に訓練が終わった後に相談しようと思っていたが気絶して出来なくなってしまった。
それなら他の先輩、特に三年にすれば良いと思って相談する。
「それならエストに……。あぁ、気絶していたんだった」
クルドの質問にエストに投げようとしたら気絶したことを思い出す。
だけど確かに他に協力者は欲しいと相談された先輩も思っていた。
エストにほぼ丸一日使われていたせいで昨日よりは不便だった。
こちらにもネストを返して欲しいと何度も思ってしまっていた。
「まぁ、確かに人手が足りないからね。賛成だけど僕たちのクラスにも協力したいと言う者はいるからな。もう遅いし明日、先生たちに意見を求めるよ」
先輩の言葉にクルドは一息つく。
教師に相談するのなら安心して任せられる。
後はどうなるか教師が決めてくれるのを待つだけだ。
「それにしてもエストはズルいと思わないか……?」
話を変えて大将であるエストのことを聞かれてクルドは困惑した。
ズルいと言われても何に対して言っているのか分からない。
「ネスト君っていうサポート能力が優れている子を独占するなんて。しかも、やらせた仕事もあの子にさせるには簡単すぎる者だし。独占させるぐらいなら他の者にさせた方がマシだろ」
その言葉にはクルドも頷くしかない。
正直、あんな仕事をさせるよりは他の仕事をさせた方が有効的だ。
それでも全員が文句を言わなかったのはエストが一番強いからだ。
クルドたち代表の中で一番強く、例え一矢で報わせる可能性があるのがエストだ。
それが強くなるための訓練をするために必要だと言うのなら文句は無い。
ないがやっていた内容が誰でも出来ることでネストじゃなくても手伝える仕事だった。
エストがどんな訓練をするのか興味があったからこそ頷いたのに結局は上から紙を落とすだけの仕事であったことにショックを受けた。
「あのぐらいなら誰にもできるのに人手が足りないからな。絶対に先生に他にもサポート要員を増やしてもらわないと」
たった一日とはいえサポートがいるのといないのとでは大違いだと実感してしまっている。
少しでもコンバット学校と渡り合うためにはサポートが必要だ。
近しい実力者同士で高め合うだけじゃ全く足りない。
「そうですね。最低でも一人に一人は必要ですよね」
クルドもサポート要員が欲しいと頷く。
欲しい時や一息ついて休憩する時にタオルや飲み物を手早く渡されるのは有難かった。
それに凄い凄いと声に出して認められると嬉しくて更にやる気が上がってくる。
それが無くて寂しかったのはクルドだけではない。
「………でもネスト以外が素直に褒めてくれますかね」
「………無理だな」
どんなことでも素直に褒めてくれるからネストが独占されて羨ましいと思っている。
大将であるエストが魔力切れで気絶するまで訓練したのも当てるたびに褒められていたことに気を良くして無茶をしてしまったせいだとも予想できた。
他の者にサポートを求めるだけでなく褒めることも求めるのは難しいだろう。
できれば独占したいが他が許さないはずだ。
「取り敢えず一日ずつサポートしてもらう相手を変えるか?」
「そうですね」
取り敢えずの案としての提案にクルドも頷く。
ネストは一人しかいないのだ。
独占されるよりはマシで他の案も思いつかないから、その案を認めるしかなかった。




