表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/56

一話

「ぐえっ!?」


 ドサッと眼鏡を掛けた少年が殴り飛ばされる。


「オラ、脱げよ」


 殴り飛ばされた少年に粗暴な少年が服を脱げと命令する。

 そして二人の少年以外にいた少年少女もニヤニヤとした笑みを浮かべて携帯を構えていた。


「えっ……」


 絶望したような表情を浮かべるが関係ないとばかりに粗暴な少年は眼鏡を掛けた少年の腹を蹴る。


「脱げって言っているんだから、さっさと脱げよ。聞こえねぇのか」


「そうだそうだ!」「良いから脱ぎなさいよ!」「お前の裸何て誰も興味を持たねぇよ!だから脱げって!」「泣いたって意味が無いんだから!」「さっさと脱げー!」


 腹を蹴られた痛みに蹲り、周りが携帯を構えていることに眼鏡の少年は気付く。

 誰も裸を見ても興味なんて持たないと言われるが、それでも羞恥心はある。

 周りの少年少女もそれを理解しているから脱げと捲し立てているのだろう。

 それは弱みを握られるということだから嫌だった。


「あぁ、もう!無理矢理脱がす!」


 いつまでも脱がない眼鏡を掛けた少年に粗暴な少年は更に蹴る。

 顔に肩に腹に腕にあらゆる箇所に何度も何度も蹴る。

 この程度で死ぬはずがないだろうと根拠のない自信があるせいだ。


「やっと抵抗する力がなくなったか……」


 眼鏡を掛けた少年の抵抗がようやく少なくなって粗暴な少年は服を脱がし始める。

 他の者達にも協力を呼び掛けて服を脱がしていく。

 一枚一枚服を脱がしていき隠れていた青あざや傷を見て周りの少年少女と笑いだす。


「これって一週間前の焼きの痕じゃね」「あっ、やっぱり?」「うわっ!ところどころ肌が青くね?」「いったそう~」「お前らこいつが可哀想じゃん!もう少し手加減してやれよ!」「おまいう~」「見てていて可哀想」「わらってんじゃん」


 全てを脱がして晒しても女の子たちは笑って写真を撮り、男たちも女の子のその容姿を見て笑う。

 全く男として思われていないことに笑いが出てくる。


「面白そうだし色んなポーズを取らせねぇ?」


 その言葉に全員が頷く。

 意識が無いせいか重いが色々な道具を使ってポーズを取らせ写真を撮る。

 そして意識が戻ったら、その写真を見せたらどんな反応を取るのか考えるだけで面白くなる。


「男がそのポーズを取るとかキッモ!」


「もっと他のポーズを取らせようぜ!」


 眼鏡を掛けた少年にセクシーポーズを取らせたり傷だらけの身体でマッスルポーズを取らせたりと爆笑する。


「……………う」


 眼鏡の掛けた少年から声が聞こえてきた。

 完全に目を覚ますために支えていた手を離すといh名が聞こえてきた。


「ふわっ!………ごっ」


「「「「「「「「「あっははははははははっはは!!!」」」」」」」


 手を離したことにより浮遊感と顎が机にぶつかった悲鳴に全員が爆笑する。

 最初の悲鳴も面白かったが直後に顎がぶつかった瞬間も面白かった。


「ぶふっ……!これ……」


 笑いをこらえながら先程まで撮っていた写真を眼鏡を掛けた少年に見せる。

 そうすると眼鏡を掛けた少年は顔を絶望に染め写真を取り返そうと腕を伸ばし、見せた者はそれを避ける。

 そのせいで眼鏡を変えた少年は倒れてしまう。


「がんばれ~。俺はこっちだぞ」


 そして後ろに回り込み眼鏡を掛けた少年に声を掛けると、後ろを振り向かれる。

 同時に他の者が足を引っかけて転ばせる。


「そんなに必死になってかっわいい!ちなみに俺たちも持っているぜ」


 写真を撮ってある携帯を取ろうとする眼鏡を掛けた少年に皆が写真を見せる。

 どれもが眼鏡を掛けた少年にとって恥ずかしい写真だ。

 それが多くの者に撮られていることに絶望してしまう。

 一人だけなら自分も相手も殺す気で掛かればなんとかなるかもしれない。

 だがそれが複数人となると無理だと諦めてしまう。


「おっ!もしかして諦めちゃったか?」


 地面に手をついてうなだれると楽しそうに眼鏡を掛けた少年に笑って問いかけていく。

 周りの者たちも楽しそうだ。


「何…で………」


 眼鏡の少年は何で自分をここまで痛みつけられるのか分からない。

 自分が何かをしたのか疑問を持つ。

 そんな眼鏡の少年に気付いたのか粗暴な少年が面白そうに教えてくれる。


「何で?俺らがお前を痛みつける理由か?そんなの何となく誰かを悼みつけたくて、何となくでお前を選んだからだけど?」


「え?」


「まぁ、ここまで良い反応をしてくれてお前を選んだのは間違いじゃなかったんだが」


 うんうんと自画自賛をするように頷く粗暴な少年。

 周りの少年少女もそのとおりだと頷いている。


「う……。あ……」


 そんな理由でここまで辱められ痛みつけられたのかと眼鏡を掛けた少年は更に深く絶望する。

 怒りよりも憎悪よりも絶望が強く感じてしまう。

 理由のない攻撃にこれまで晒されてきてせいで心が壊れそうになる。


「それじゃあ俺らはもう帰るわ。またな」


 それだけを言って眼鏡を掛けている少年に暴行をしていた少年少女は帰る。

 教師に普通なら相談するべきだろうが実際に目のあたりにして見ないふりをしたから当てにならない。

 屈辱的な姿を撮られ明日からも暴行され続けるのならと死にたいと眼鏡の少年は思っていた。



 眼鏡を掛けた少年、ネストは自分に暴行をした者たち全員が帰り外が暗くなってから動く。

 まずは脱がされた服を拾い集めて身に纏う。

 どうやら脱がした制服を燃やしたりすることを考えてなかったことに安堵する。

 新しく制服を買うのにお金がかかってしまい親に相談するのも気が引けてしまう。


「っ……」


 制服を袖に通す最中、暴行されて出来た痣が痛みを奔る。

 ボコボコにされた身体を引きずって学校の外へと出ていく。


「テメェ、何ぶつかってんだ!あぁ!!?」


 家へと帰る途中、フラフラで歩いているせいで酔っ払いにぶつかってしまう。

 そのせいで殴り飛ばされゴミ箱にぶつかり中身がかかってしまう。


「ちっ!」


 それを見て酔っ払いは、これ以上はしなくて良いと思ったのか手を出さないでくれた。

 だが、それでも汚いものを見る目で見られてネストは傷ついてしまう。

 汚されたのは酔っ払いの男のせいなのに汚いと思われたのは辛かった。


「この…!のろま!!何でそんなに汚れているんだ!!こんなに遅いし……。今日は外で反省しろ!」


 何で遅いとか汚れているのか理由を全く聞かず父親は玄関でネストを見ると家の中に入るなと追い出す。

 中には妹も見えてネストを見て汚いと笑っている。

 そのことに無性に腹が立ち、そして父親に殴り飛ばされて外に追い出された。




「僕が何をしたんだ………」


 昔からそうだった。

 家族にはいつものろまと馬鹿にされ、酔っぱらった父親のストレス解消の生贄にされる。

 母親も妹も父親がそれさえなければ頼れる人物だから積極的に生贄にしていく。

 そして自分達のストレス解消にもなるのか、それを見て笑う。

 父親も酔った記憶があるせいか、それが日常と化して家族全員に見下してくる。


「ここは………?」


 そして当てもないままに歩くと、いつの間にか路地裏に入り明かりが付いている事務所が目の前にあった。


「復讐相談事務所?」


 ネストは物騒な名前だと思うが復讐という言葉に心が惹かれてしまう。

 明かりも付いているし、まだ空いているのかと期待する。


「いらっしゃいませ」


 中に入るとマントで姿を隠した者がいた。

 背格好からおそらくは少年だと思うが、こんな夜中まで働いているのかと思う。


「ここに来たということは何か復讐をしたいと思っていると判断しますが……?あぁ、それと私はこの事務所で正式に働いているので安心して話して良いですよ。他には絶対に漏らすことはありませんし」


 背格好から少年だと思ったが正式に働いていると聞いて、もしかして成人なのかもしれないと想像する。

 そうだとしても背が低いように思うが、背が伸びなかったのだろうと同情する。


「それにしても汚れていますね」


 目の前の事務員からの言葉に今の自分の姿を思い出す。

 ゴミを被った制服の姿。

 今すぐに脱ごうとするが、その前に肩を掴んで止められる。


「服はこの箱の中に入れてタオル一枚になってくれませんか?」


 そう言って手渡されるタオル。

 目の前の事務員の言葉に困惑するが何故か逆らう気もなく従ってしまう。

 事務員の目の前だというのに全裸になりタオルを腰に巻く。

 その直後に魔法なのか温かい水を掛けられた。


「そのまま動かないで下さいね」


 動くなという言葉に全く逆らう気が無い。

 これよりも体感的にひどい目にあったばかりだし、敵意が感じられない。

 そのままジッとしていると今度は温かい風を感じる。

 箱の中に入った制服はどうするのかと見ると自分と同じように濡れており、そして風に吹かれているかのように揺れている。


「ついでに火も準備しますか」


 その言葉と同時に自分と制服の近くに火が生じる。

 火傷しないような、まさしく温かいという温度を感じてしまう。

 こんな魔法があるのかと感動してしまう。


「もう良いかな?」


 そして乾いた服を渡される。


「…?あぁ、服を着ても良いよ」


 言われたとおりに服を着たが綺麗になっており、しかも温かい。

 夜の寒さに震えていたのを思い出して嬉しさで涙が出てくる。


「何で泣いているんですか……?」


 急に泣き始めたことに事務員は困惑する。

 ここに来るぐらいだから辛いことがあったんだろうと想像できるが、ほとんどが憎しみに籠った眼をしてくるから対応に困ってしまう。


「…………えっと。うん」


 困惑しながらも対応を決める事務員。

 それは泣き止むまで待つということだ。

 女の子や小さい子供だったら男でも抱きしめたりして慰めるが、目の前の少年はそれなりに育っているから抱きしめて慰める気にならない。


 よくよく考えたら女の子も無理だった。

 恋人であるセイナに泣いた女の子を慰めるためであっても抱きしめたことをバレたら怒られてしまう。

 その顔も楽しみではあるけど出来るだけ悲しめたり不快にさせるのは避けたい。


「はぁ……」


 取り敢えずは、と事務員は最初にネストへと渡したのとは別のタオルをネストの顔へと投げる。

 同じ男として涙を見られるのは嫌だろうと思ってだ。

 ネストはタオルを渡された意図に気付いて顔を押し付ける。

 泣き止むのは何時になるのかと思いながら事務員はそれを黙って見ていた。


「あ……ありがとうございます」


 泣いていたのが恥ずかしいのかネストは顔を赤くして事務員に礼を言う。

 それに対して事務員は気にしていないと返し、良かったら何があったのか話してくれないかとお願いする。

 ネストもここまで優しくしてもらったからと口に出していく。


「なるほど……。だからですか……」


 ネストの話を聞いて事務員は何でここに来れたのか納得する。

 家族からは見下され、学校でも何となくで暴行と恥辱を味わされた。

 とてもそうとは見えないが、かなりの憎しみを燃やしている。


「え?」


 ネストは事務員がいきなり納得したことに困惑していた。

 何か気にかかることがあったのかと首を傾げてしまう。


「貴方は自分を見下し虐げる者に復讐したいですか?」


「え……?え………?」


 そして急にそんなことを言われて更に混乱する。

 混乱しすぎて何も考えることが出来ない。


「…………とりあえずお茶でも飲んでください。そこに椅子もあるので座って良いですよ」


 混乱して何も考えられないのだと察して事務員は飲み物を渡して座るように薦める。

 少ししたら落ち着くだろうと、そのまま待つことにしている。


「復讐ですか?」


 落ち着いたのか問いかけてくるネストに事務員は頷く。

 ここは復讐相談事務所なのだ。

 見つけて入って来れるのは例外を除いて条件がある。


「えぇ。ここは復讐相談事務所ですから。復讐心が無ければ見つけれませんし入れません。そうでなければ警察に見つかって逮捕されますし」


 名前からしてネストも確かにと頷いてしまう。

 そして、この事務所に入ったのは復讐という名前に惹かれたからだということ思い出す。


「それでどうしますか?復讐をしたいのなら力になりましょう」


 事務員のその言葉にネストは復讐をしたいと頷いた。





「それじゃあ、どうしたいですか?」


「どうしたい?」


 既に復讐をすると決めているんじゃないのかとネストは困惑する。

 事務員の疑問の意味が分からなかった。


「あぁ、困惑させてしまったようですね。復讐相手を殺すか生かして絶望を与えるか、などどういう方向性で行くのかと思いまして」


「殺す」


「なるほど。皆殺しですか」


 思わず言葉を簡略して即答した答えに事務員は顔色を変えずに理解を示してくれる。

 それだけで、殺しにもなれていることを理解させられてしまう。

 警察に追われていると聞いても納得できる。

 殺し以外にも犯罪を犯していてもおかしくない。


「はい。家族も学校の皆も皆殺しにしたいです……!!」


 だけどネストはそんなことよりも復讐をしたいという気持ちで頭がいっぱいだった。

 復讐が出来るなら犯罪なんて気にしられない。


「そうですか。それならちょっと待ってくださいませんか?」


 事務員はネストの意志を聞いて事務所の奥へと引っ込む。

 どうやら道具を引っ張り出しに行ったみたいだ。

 どんな道具が出てくるのかとネストは楽しそうにしている。


「これなんて、どうですか?」


 そうして見せてきたのは丸い形をしたい一センチほどの何か。

 どういう道具なのかとネストは事務員に視線で問う。


「これを常に持ち歩いて憎い相手のことを憎み続けていれば、これから何かが生まれて殺してくれますよ。使いたいなら今なら五千円ほどでしょうか?」


 事務員から薦められた道具を見て信じられない目を向けてしまうネスト。

 それが分かっているからか事務員も信じられない目を向けられて説明を続ける。


「生まれるまでに一回でも手放したら失敗するし憎い相手の隣に居続けないとダメ、と。かなりのリスクがありますので、五千円です。ちなみに条件が厳しすぎるからですが効果も高いですよ」


 条件が厳しすぎて失敗しやすく安いのだとネストは理解する。

 それに確かに憎い相手の隣に居続けるのも条件なら確かに辛い。

 だが。


「五千円か………。これ以上に安いのは無いんですか?」


「ありません。ちなみにこれも本来なら効果が高く本当に憎いなら条件も達成できるはずなので十万円は払ってもらいます」


 本当に憎いなら条件も達成できるという挑発と本来よりもかなり安いという理由でネストは購入を決める。

 同時に本当に憎いなら達成できると思っているくせに、どうしてこんなに安いのかと疑問に思う。


「ここまで安いのは久しぶりのお客様ですからね。前の相談者から一切来ていませんし……」


 質問する前に教えてもらったが、その答えに世知辛く感じる。

 そして全く人が来ないということに世の中は平和なんだと理解できてしまう。

 自分は暴行を受けているのに平和に生きている者たちが羨ましい。

 そして、もしかしたら事務所を閉じていたのかもしれないと考えると運が良いと思ってしまう。


「まぁ、今回限りの特別サービスだと思ってください」


 事務員の言葉にネストは頷く。

 他にも何か打算があるかもしれないが事務員は嘘を言っていないと確信を持っている。

 本来よりも手軽に購入できたことを幸運に思いながら、これからも憎い相手の隣で生活することに覚悟を決める。

 今までもずっと耐えてきたのだ。

 だから厳しい条件も達成できるはずだとネストは考えていた。


「それとこれも特別サービスですね」


 事務員は覚悟を決めたネストを見て収納アクセサリを渡す。

 一センチほどの丸いモノも入れらえて気楽に持ち運べて便利だ。


「その中に入れれば安心して持ち運べるでしょう?」


「ありがとうございます!」


 この中に入れたら落としやすそうな復讐道具も安全に持ち運べると安心する。

 それに一センチという小さい道具よりも大きくて忘れにくそうだ。


「そこまで喜ばれると嬉しいですね。ちなみに絶対に忘れないように呪うことも出来ますが、どうしますか?」


 呪いと聞いてネストはお呪いのようなものだと判断して頷く。

 気休めなモノだろうと思うが、それでもしないよりはマシだろうと思ったのもある。


「お願いします」


 そして事務員はネストの頭を掴み、同時に渡した道具にも触れる。

 何かを呟くと同時に両方の手が光るがネストには手で隠れてしまって何かを呟いたようにしか見えなかった。


「これで終わりですね」


 何かを呟いたようにしか見えなかったから手が光って何かをされたことにも気付いていない。

 本当にぶつぶつと呟いてお呪いを掛けられたとしか思っていない。


「ありがとうございます」


「いえいえ。そういえば家族や学校の者たちに接するのは辛いんですよね」


 それでも復讐のために隣にいると決めたのに何で掘り返すのだとネストは思う。


「お節介でしょうが、少しだけアドバイスをしようと思いまして……」


 話の流れからアドバイスと聞いて憎い相手との接し方だと考える。

 興味があるために話しを聞くことに決める。


「どれだけ憎くても笑顔でいてください」


「は?」


「そして年下には誰であっても頭を絶対に撫でたり家族には一回はハグをしてくださいね。できれば毎日が良いと思いますけど」


「ハグ?」


「ハグです。憎い相手にもしてあげた方が良いかもしれませんね。普通はハグなんてされた相手に憎まれている何て思わないですし外面はともかく内心は嬉しいでしょうし」


 つまりは信じていた相手から裏切れるということに思い至り悩んでしまう。

 嫌いな相手にハグをするなんて精神的に辛すぎる。

 だけどメリットもあるから完全に否定することは出来ない。


「あぁ、もう一つメリットがありますね。憎い相手を我慢するということは感情が溜まっていく。もしかしたら、憎い相手を殺すための何かが早く生まれるかもしれませんね」


 更にただ憎いだけの感情を餌にするより熟成された憎しみの方が強く生まれるかも、と事務員は更にメリットを告げる。


「それは………」


「まぁ決めるのは貴方なので」


 それだけを言って事務員はネストを微笑みながら見る。

 その表情に何故だか見守られている気がする。

 どっちを選んでも事務員は否定しないだろうと確信できる。


「まぁ、悩むのは良いですけどね」


 事務員の言葉と同時にネストは頭に霞がかかってくる。

 目の前にいるはずの事務員の姿もブレて何人にも分身しているように見える。


「そろそろ朝になりますし早く決めた方が良いですよ」


 朝になると言われてネストは事務所の窓を探そうとするが頭に霞がかかっているせいで探す余裕が無い。

 今、自分がどのような状況にいるのかもわからなくなってしまっている。


「…………それではまた復讐心があるのなら、また会いましょう」


 そして目が光に包まれたと思うとネストはいつの間にか路地裏にいた。



「ここは……?」


 先程までは事務所にいたはずなのに急に路地裏にいることにネストは混乱する。

 それに先程までは頭に霞がかかっているように感じていたのに今では頭がスッキリしている。

 白昼夢でも見たのかと考えてしまうが手の中にある収納アクセサリがそれを否定していた。

 念のために中身を確認したが黒く丸いモノが入っていた。


「夢ではないか………」


 取り敢えず学校の授業で使う教科書などを交換するためにネストは一度、家に帰る。

 流石に朝になったら父の酔っ払いも冷めているはずだと考えていた。


 暗い路地裏から出ると日の光が突き刺さって眩しい。

 朝が早いからか人は少ない。

 それでもあちらこちらに点在していて中には走っている者もいる。


「鍵は開いているかな?」


 そんな者たちを見ながらネストは自分の家へとたどり着く。

 昨夜、家を追い出されてしまったが鍵が開いているか心配だった。

 もし閉まっていたらチャイムを鳴らす必要があると考えてしまう。

 家族が起きてしまい文句を言うかもしれないが追い出したお前らが悪いと開き直って扉を開けようとする。


「あれ?」


 だけどその心配はなく家の扉は開けっ放しになっている。

 そして玄関には父と妹が床で寝ていた。

 毛布をかぶっているとはいえ風を引くんじゃないかと思い、家の扉の鍵を開けっぱなしにしていたことに不用心だと呆れてしまう。

 その上、年頃の娘が父親と一緒に眠っていることに思春期じゃないのかと引いてしまう。

 次第にはそういう関係だとバレたくないから追い出そうとしているんじゃないと妄想してしまう。


「ネスト?」


 台所のある方向から母親が出てくる。

 良い匂いもするし朝食を作っていたのだろう。


「その……昨日は……」


「いつも朝食を作ってくれてありがとう、お母さん。俺は学校の準備で戻ってきただけだから悪いけど朝食はいらないや。直ぐに学校に行くし気にしなくて良いから」


 何か言われる前にネストは笑顔で母親に感謝を告げてから自分の部屋へと直行する。

 そして言葉の通りに直ぐに学校の準備を終わらせて家から出て行った。



「ネストじゃん!おはよう!」


 昨日もネストに暴行を加えていたクルドが自分より早く教室に来ていたネストを見つけると後ろから肩を組む。

 それに対してネストは笑顔を浮かべてクルドへとハグをする。


「おはよう!今日も良い天気だなぁ!」


 昨日、暴行をしたはずなのにその姿を全く見せず、その上に暴行した本人に笑顔でハグをしたことに暴行を見ていた者たちも本人も困惑する。

 普通はそんなことをされたら怯えてしまうのに笑顔で接してくるネストにおぞましさを覚えてしまう。


「あ……あぁ」


「どうしたんだ?昨日までは俺に対して普通に肩を組んでいた癖に急に離れるなんて」


 困惑しながらもクルドがネストからのハグから離れての言葉にそれはこっちの言葉だと教室にいる者たちは思う。

 少なくとも昨日まではクルドから抱き着かれていたらネストはビビっていた。

 それなのに今は平然とハグを返している。

 あまりの変わりようにもしかして壊れてしまったのかと心配してしまう。


「なぁ、俺のことをどう思っている?」


「ん?別に?」


 クルドやネストに暴行していた者たち、そして見ていただけで助けなかった者たちは全員が嘘だと思った。

 あれだけのことをされていた癖に何とも思わないなんて普通は有り得ない。

 憎み嫌われていても当然だ。


「何でそんなことを聞くんだ?」


「え………。いや……」


 心底不思議そうに尋ねてくるネストに何も答えられなくなる。

 本当に壊れてしまったんじゃないかとクルドたちは考えてしまう。


「まぁ、良いけど何かあったら話してくれよ。力になるかは分からないけど聞くだけは出来るだろうし」


 そう笑顔でネストは言うが、だからこそ恐ろしいのだ。

 本当はその笑顔の裏で何を考えているのか想像するだけで背筋が凍る。

 自分達がネストにやったことが考えると許すということが有り得ないのだ。

 それだけのことをやっているのだとは自覚している。


「おかしいでしょ!!私たちは貴方にあんなに屈辱的なことをさせて暴力も振るっているのに笑顔を向けるなんて!何を考えているの!?」


 ネストが笑顔で自分達に話しかけていることに理解が出来ずクラスの女子が絶叫する。

 怖いのだ。

 絶対に復讐をすると分かっているのに笑顔で接してくれるネストが。

 そうでなくても自分達のせいで壊れた者を見続けることになるのは辛い。


「うーん。取り敢えず裸を映した写真を消した方が良いですよ」


「は!それが目的なわけ!?」


 笑顔で接している理由がそれだと理解してクラスの女子がようやく腑に落ちたと納得の表情をするがネストは微妙な顔を向ける。

 他にも納得していた者もいるがネストのその表情に違うのかと疑問に思う。


「その写真を見られたら女は男の身体に興味がある年頃だと、男は異性愛者ではなく同性愛者だと思われるでしょうね。他にも、よく見たら無理矢理された格好だということで距離を置かれるかも?」


 ネストの考えに否定できない。

 自分達も何も知らないで見たら思春期だからと生暖かく見ていたかもしれない。

 その言葉通りに写真を消すべきかと悩んでしまう。

 正直に言えばかなりの弱みになるだろうから撮っておきたいとも考えてしまう。


「別にばら撒いて問題ないですからね?それは逆に俺にとって好都合になるかもしれないし」


 ネストからすればその写真は弱みになるのではなく逆に有利になるものでしかない。

 ハッキリ言って羞恥心さえ捨てれば、それは暴行された証拠になる。

 そして誰がその写真を持っているのかも知っている。

 ばら撒いたのが別の人物でも同じ写真を持っているのなら警察に簡単に突き出せると考えていた。


「好都合って……」


 そこまで考えていなくてもネストの自信に写真をばら撒くのはマズいとクラスのほとんどは考えてしまう。

 どうなるか想像できた者は自爆特攻だと理解する。

 同時にネストよりも自分達がダメージの大きい自爆だと考えている。


 人の裸を撮ってばら撒いたと知られてたら会社は自分達を入社させないだろう。

 そんなことをする者なんて入社させたら会社のイメージを損なわせてしまう。

 逆にネストはここまでの虐めをさせられていたということで同情を周囲から買えるかもしれない。

 きっと入社もしやすくなるだろう。


「ばら撒くかはみんなの好きなようにしたら良いよ」


 ネストは本当にどうでも良さそうだ。

 写真をばら撒かれるとなったら羞恥心が普通は湧くだろうに、そんな姿が全く見えなくなっている。

 もしかしたら今、この場で裸にしても何とも思わないのかもしれない。

 そこまで壊してしまったかのかと今更ながらに自分達の行動に後悔しそうになる。


「そういえばクルドって今度の大会のメンバーに選ばれたんだよね?」


「あ……あぁ」


 突然に大会のことを口にするネストにクルドは顔を青くして頷く。

 もしかしたら大会を棄権してくれと言われるかもしれない。

 折角、選ばれたのにそれだけは嫌だった。

 家族にも自慢をしてしまったし何でもするから許してほしいと思う。


「俺もクルドの補助に参加させてくれない?身近で大会に参加する者たちがどんな訓練をしているのか気になるし」


 クルドはもしかして後ろから刺すつもりかな、と考えるが頷いた。

 今も笑顔で話しかけているネストが刺すつもりが無くとも壊れていたとしたら何をするのか、わからなくて近くにいた方が安全だと思ったのもあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ