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「失礼します」余はそのスタッフに声をかけた。
「勤務中に怪我をされたのですか?」と。
そのスタッフは肯定したが、余が何を意図したのかはその時点では気づいていなかったようにも見えた。
「勤務中の怪我ですと、一般の健康保険は効かないのではないですか?」
そのスタッフは、どうせわからない(文脈的に病院にはということ)、利用者さんにも迷惑はかかるなどと答えていたが、その詳細は失念した。余にとってそれは重要なことではなかったからだ。
「それは施設長に報告されるべきではないですか」
施設長に言う必要はないと主張されて、やはり面倒なことであったと余は思った。
このときは余は録音していなかったので、説得し切れなければ、後の措置が容易でないと思われた。
「工場で腕を挟んだようなことと手続の手間はさほどかわらないから非効率なのはわかります、私も勤務中に負傷された方に面倒なことを申したくはありません」
文脈的に、労災隠しを容認しないという趣旨の話が次に来るのはこのスタッフにも、周りにいた同僚にも伝わったと思われる。
「しかし勤務中、施設の敷地のなかでこれだけの人数の前で労災隠しを私議されて、そのままで済むことでありません。露顕したら、ここにいた私もお叱りを被ると思うので施設長に申し上げざるを得なくなります」
そのスタッフは余を睨んだようでもあった。
「私費でも三割負担なら、大衆から集めた健康保険にその倍額以上の穴を開けることになります。労災は不忠不孝ですができてしまったから致し方ないので施設長か事務員に御自身から申されるべきと思います」
このような趣旨のことを余は言ったと記憶する。
私議、不忠不孝などと不穏な語句を用いたのは、前項で述べたように余が労災隠しの企てに巻き込まれたことへの恐怖と苛立ちからであったように思われる。




