EP 9
不法侵入と誘拐未遂ですね。では【絶対監査】であなたたちの負債と余罪をすべて清算して差し上げましょう
翌朝。
ルナミスーパー銭湯での極上の休息を経て、私の肌はツヤツヤ、前世からの蓄積疲労も完全にリセットされ、心身ともに絶好調だった。
「ふふっ、今日もいいお天気ね。朝ごはんはルナキンで、和風の納豆定食にしようかしら」
村長室兼オフィスへ向かう道すがら、私は大きく伸びをした。
澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込み、ポポロ村の平和な日常に感謝する。
……はずだったのだが。
「ミレちゃーん! おはよう! 昨日はゆっくり眠れた?」
「おはよう、キャルル。ええ、とても快適だったわ。……ところでキャルル、その、あなたの後ろにある『山』は一体何かしら?」
村の中心部にある広場。
そこには、愛らしいウサギ耳をぴょこぴょこと揺らしながら、朝もぎたての新鮮な『月見大根』をかじる親友の姿があった。
問題なのは、彼女が腰掛けているモノだ。
ボロボロに砕けた革鎧、鼻血を出して気絶している大男、ロープでぐるぐる巻きにされ、まるで芋虫のように折り重なって小山を形成している約三十人の武装集団。
「ああ、これ? 昨日の夜、村の南の森にコソコソ入り込んできたネズミ共だよ。ミレちゃんのお風呂の邪魔されたくなかったから、パパッと私が『お掃除』しておいたの!」
「……お掃除(物理)ね。怪我はなかった?」
「まさか! 準備運動にもならなかったよ」
キャルルがえへへと笑う背後で、小山の下敷きになっていた一人の男が、うめき声を上げながら目を覚ました。
傭兵部隊の部隊長、ガンツだ。
彼はひしゃげた顎を押さえながら、憎悪に満ちた目で私とキャルルを睨みつけた。
「あ、あぐっ……! き、貴様ら……よくも俺たちを……っ!」
「あら。お目覚めですか?」
私が静かに問いかけると、ガンツは私を見てハッと息を呑み、次いで下劣な笑みを浮かべた。
「お前がミレイユ・アークライトだな……! ふざけやがって、このウサギのバケモノを使って不意打ちしやがったな! だが、俺たちはルージュ伯爵家の次期当主、セドリック様の直属の部隊だぞ!」
「……セドリックの?」
「そうだ! お前はセドリック様から逃げ出した罪人だ。大人しく俺たちと一緒に領地へ戻り、一生タダ働きでシステムを動かせば命だけは助けてやるって言われてるんだよ! 抵抗するなら、この村の農民どもを皆殺しにして――」
ドンッ!!
ガンツの言葉が最後まで紡がれることはなかった。
キャルルが特注の安全靴で、ガンツの顔面のすぐ横の石畳を全力で踏み抜いたからだ。
蜘蛛の巣状に亀裂が走り、爆発のような轟音が響く。
「……ミレちゃん。こいつら、一応生け捕りにしたけど、やっぱり月見大根の肥料にしていい? これ以上、この汚い口でミレちゃんと村を侮辱するなら、次は頭蓋骨を踏み抜くよ」
キャルルの絶対零度の殺気に、ガンツは「ひっ!?」と情けない悲鳴を上げて後ずさろうとするが、縛られているため動けない。
「ありがとう、キャルル。でも大丈夫よ」
私はキャルルを優しく制し、ガンツの前にスッと歩み出た。
前世のメガバンク時代、こういう「自分の立場を勘違いして吠え散らかす債務者」には腐るほど対応してきた。恐怖で屈服させるのは簡単だが、それだけでは社会的な「処理」が終わらない。
「……私を罪人、とおっしゃいましたね」
「そ、そうだ! セドリック様のご命令だ! 俺たちに手を出せば、帝国法が黙っちゃいねえぞ!」
「帝国法。素晴らしい言葉ですわ。では、その法に則って、あなた方の現在の『価値』を正確に査定して差し上げましょう」
私は扇子をパチンと開き、冷徹な視線を見下ろした。
――ユニークスキル【絶対監査】、発動。
私の網膜に展開される、三十人の傭兵たちのステータス、装備の流通経路、そして資金の流れ。それらが半透明のウィンドウとなって次々と空間に浮かび上がる。
「な、なんだこの光る文字は……!?」
「まず、あなたの所属。傭兵ギルドに未登録の非合法組織『黒狼団』ですね。さらに、あなた方が所持しているその魔導銃のシリアルナンバー……すべて帝国軍の横流し品、つまり『違法所持』ですわ。これだけでも帝国法第14条違反で、懲役20年は確定ですね」
「なっ! ど、どうしてそれを……っ!」
ガンツの顔色から急速に血の気が引いていく。
だが、鬼の監査は始まったばかりだ。
「さらに問題なのは、あなた方がセドリックから受け取ったという『前金』です。……金貨50枚。ずいぶんと羽振りがいいように見えますが、そのお金の出処をご存知ですか?」
「あ、当たり前だ! ルージュ家の正当な財産だ!」
「いいえ。現在のルージュ家にそんな現金は1同粒たりとも残っていません。その金貨50枚は、セドリックが焦って『ヤミ金』から領地の屋敷を担保に借り入れたものです。しかも、そのヤミ金の元締めは、先日私が摘発して営業停止に追い込んだガバン商会のダミー会社ですわ」
「……は?」
ガンツが間抜けな声を漏らす。
「つまり、あなた方が受け取った前金は、帝国財務局が凍結・没収の対象としている『犯罪資金』の一部に該当します。それを受け取り、さらに非合法な武力行使のためにこの村に不法侵入した。……あなた方はすでに『ルージュ家の私兵』ではなく、ただの『国家反逆罪に問われるテロリスト』ですわよ」
「て、テロリストぉっ!?」
ガンツは目をひん剥き、信じられないというようにガチガチと歯を鳴らした。
「そんなバカな……! 俺たちはセドリック様に、絶対に安全な仕事だと……っ!」
「ええ、彼はそう言ったでしょうね。帳簿も読めない愚か者ですから」
私は扇子で口元を隠し、冷ややかに微笑んだ。
「さて、ガンツさん。あなた方は我がポポロ村の境界の森を荒らし、村長に暴力を振るおうとしました。当然、その『損害賠償』はお支払いいただきます。手始めに、あなた方の装備品、魔導銃、身ぐるみすべてを『担保』として没収しますわ」
「ま、待ってくれ! これを取られたら俺たちはただの丸腰の……っ!」
「おや。丸腰になった程度で済むと、本気で思っているのか?」
突如、広場に響き渡ったのは、地を這うような冷たく威厳のある声だった。
「ひっ……!?」
ガンツたちが声の方向に目を向けると、そこには完璧なフロックコートに身を包んだ氷の公爵、ユリウス・フォン・ルナミスが立っていた。
その後ろには、武装した帝国の正規軍(査察部隊)がずらりと並んでいる。
「ゆ、ユリウス様!」
「おはよう、ミレイユ。今日も君の論理的な監査は、惚れ惚れするほど美しく、そして完璧だ」
ユリウス様は私にふわりと甘い微笑みを向けた後、ガンツたちへと視線を移した。
その瞬間、彼の青い瞳は絶対零度の氷点下へと急降下した。
「公爵……閣下……! ど、どうしてこんな辺境に帝国のトップが……っ!」
「私の『未来の妻』の休日に、泥を塗るような真似をした愚か者がいると聞いてね。財務卿の権限で、査察部隊を率いて直々に掃除(監査)しに来た」
「み、未来の妻ぁぁっ!?」
ガンツは絶望的な事実に気づき、ついに泡を吹く寸前まで白目を剥いた。
セドリックから「ただの行き遅れの女」と聞かされていたミレイユが、実は帝国で最も怒らせてはならない『氷の公爵』の逆鱗そのものだったのだ。
「ミレイユ嬢の監査の通り、お前たちは国家反逆罪および公金横領の共犯だ。お前たちの身柄は帝国軍が引き取るが……当然、刑務所でタダ飯を食わせるほど、帝国の財政は甘くない」
ユリウス様は懐から一枚の書類を取り出し、ガンツの顔の前に突きつけた。
「ドンガン地下帝国の『最下層魔石採掘所』での、強制労働100年分の契約書だ。お前たちの身柄はポポロ村から地下帝国へ『労働力』として売却し、その利益をミレイユ嬢への慰謝料として充てることにする」
「ひぃぃぃっ! ち、地下帝国の最下層!? あんな所に行ったら、一生陽の光が拝めねえ! 助けてくれぇっ! 全部、全部セドリックの野郎が悪いんだぁぁぁ!」
泣き喚き、セドリックへの恨み言を叫び続けるガンツたち。
だが、ユリウス様が冷酷に指を鳴らすと、帝国の査察部隊が容赦なく彼らの身ぐるみを剥ぎ(文字通り下着一枚にし)、魔導手錠をかけてズルズルと連行していった。
あっという間に広場が綺麗になり、後には押収された大量の違法魔導銃と装備の山だけが残された。
「……ふふっ。公爵サマも、ミレちゃんに手を出した奴には容赦ないわね。ちょっと見直したかも」
キャルルが満足そうに月見大根をかじりながら笑う。
「当然だ。私の愛しい君に恐怖を与えた罪は、万死に値する。……怪我はなかったか、ミレイユ?」
ユリウス様は私の手を取り、心配そうに瞳を覗き込んできた。
先ほどの絶対零度の冷酷さはどこへやら、私に向ける視線は砂糖を溶かしたように甘く、過保護な熱を帯びている。
「はい、私は全く問題ありませんわ。キャルルが完璧に守ってくれましたから」
「そうか。それは良かった」
ユリウス様はホッと息をつき、私の手の甲にそっと口付けを落とした。
朝の広場、しかも村人たちや自警団が遠巻きに見守る中での堂々たるスキンシップに、私の顔は一瞬で茹でダコのように真っ赤になる。
「ゆ、ユリウス様! 皆が見ていますから……っ!」
「見せつけているのさ。君が私の何よりも大切な宝物だとね。……さて、これで前座のネズミの処理は終わった」
ユリウス様は甘い笑顔のまま、その瞳の奥に底知れない冷酷な光を宿した。
「あとは、すべての元凶である『ルージュ伯爵家』の処理だな。ミレイユ、君が提出してくれた彼らの数々の不正の証拠、すでに法廷での有罪判決を下せる段階まで手続きを終えたよ。……彼への『最後のご挨拶』は、君の口から直々に告げたいのではないか?」
「……ふふっ。ユリウス様は、本当に私の望むことをすべてお見通しなのですね」
私は手元のバインダーを閉じ、帝都の方向へと視線を向けた。
セドリックが最後にすがった私兵部隊は、物理的にも、法的にも、そして経済的にも完膚なきまでに粉砕された。
もはや彼に残されたカードは一枚もない。
「ええ。最後は私の【絶対監査】で、きっちりと『倒産』の宣告を突きつけて差し上げましょう」
元・鬼監査OLの、容赦のない本命ざまぁ(最終決算)の時が、すぐ目の前まで迫っていた。
読んでいただきありがとうございます。
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