EP 8
元婚約者の私兵部隊が強襲!?「ただの兎」と侮った愚か者たちへ、ヤンデレ最強村長の接待(物理)が始まります
夜の帳が下りたポポロ村の境界の森。
ガサッ、ガサッ、と下草を乱暴に踏み荒らす無数のブーツの音が、静寂な夜の空気を汚していた。
「チッ、なんで俺たちほどの腕利きが、こんな辺境の田舎村までコソコソ這いつくばってこなきゃならねえんだ」
舌打ちをしながら森を進むのは、セドリック・ヴァン・ルージュが全財産(ゴルド商会への返済用資金)を叩いて雇い入れた、非合法の傭兵部隊・部隊長のガンツだ。
彼の後ろには、剣や鈍器、違法な魔導銃で武装した荒くれ者たちが約三十人ほど付き従っている。
ルージュ伯爵家の正規の衛兵たちは、給与の未払いやミレイユが抜けたことによる領地の混乱に見切りをつけ、すでに大半が逃げ出していた。
追い詰められたセドリックは、裏社会で「汚れ仕事」を請け負う彼らを高額な報酬で雇い入れたのだ。
「ガンツの旦那。本当にこんな村に、あの伯爵家の『金の卵』がいるんですかい?」
「ああ。雇い主のボンボンが言うにはな。なんでも、自分から逃げ出した元婚約者がこの村で偉そうにしているから、手足を縛ってでも連れ戻せってよ。……まったく、女一人逃がして泣きついてくるとは、貴族様ってのはお偉いこったぜ」
ガンツが下劣な笑いを漏らすと、部下たちも下品に同調した。
「それに、このポポロ村は最近、大企業と直接取引をして莫大な金貨を隠し持っているという噂だ。女を捕まえたついでに、村の金庫を荒らしても構わねえとよ。抵抗する村人がいたら、遠慮なく腕の一本や二本、へし折ってやれ」
「ヒャハッ! そいつはいい! 田舎者の農民どもに、俺たちプロの戦い方ってやつを教えてやりますよ!」
彼らは完全にポポロ村を「ただの無防備な農村」だと侮っていた。
彼らのようなゴロツキにとって、村の自警団など案山子と同義だ。三十人の武装集団が奇襲をかければ、一瞬で制圧できると確信していた。
しかし――。
「……プロの戦い方? ふーん、それ、私にも教えてくれる?」
頭上から降ってきた、鈴を転がすような可愛らしい少女の声。
ガンツたちが弾かれたように上を見上げると、月明かりに照らされた太い木の枝の上に、一人の小さな影がしゃがみ込んでいた。
「なっ!? 誰だ!」
月光を背に受けて音もなく地面に降り立ったのは、ラフなパーカー姿に、不釣り合いなほどゴツい安全靴(タローマン製)を履いた小柄な美少女だった。
頭には、特徴的な長いウサギの耳がピンと立っている。
「なんだぁ? 獣人族のガキじゃねえか。ウサギの獣人なんて、愛玩用か逃げ足が速いだけの最弱種族だろうが」
ガンツが鼻で笑うと、部下たちも一斉に下品な笑い声を上げた。
「お嬢ちゃん、こんな夜更けに森をウロチョロしてると、怖いオジサンたちに食べられちまうぜ?」
「へへっ、ちょうどいい。村を襲う前の景気付けに、そのウサギちゃんに少し『遊んで』もらおうじゃねえか」
下卑た視線を向けて距離を詰めてくる男たちに対し、少女――キャルル・ムーンハートは、表情をピクリとも変えなかった。
彼女の鋭い嗅覚は、男たちから漂う安物の酒と泥の匂い、そして胸糞が悪くなるような悪意の『匂い』を正確に捉えていた。
「アンタたち。ルージュ伯爵家のセドリックってバカ男から金をもらって、この村に来たんでしょ?」
「……ほう? なんでお前がその名前を知ってる?」
「私の大事な『ミレちゃん』を連れ戻しに来たんだよね? ご苦労なことだけど……ここから先は、一歩も通さないよ」
キャルルの言葉に、ガンツはニヤリと笑って剣を抜いた。
「おいおい、ウサギ一匹で俺たち三十人を止めるつもりか? 馬鹿も休み休み言え。おい、お前ら! その生意気なガキの足をへし折って、捕まえろ!」
ガンツの命令に応じ、最前列にいた大柄な傭兵二人が「ヒャハッ!」と下劣な笑みを浮かべてキャルルに飛びかかった。
丸太のような太い腕が、キャルルの華奢な体を捕らえようと迫る。
――しかし。
「……ミレちゃんは今、スーパー銭湯でゆっくりお風呂に入ってるの。お湯で温まって、お肌がツヤツヤになって、最高にリラックスしてる時間なんだから」
ドパァァァンッ!!
空気が爆発したような、耳を劈く轟音が森に響き渡った。
「え……?」
ガンツが瞬きをした次の瞬間。
キャルルに飛びかかったはずの二人の巨漢は、彼女の『前』ではなく、遥か後方の太い大樹の幹に深々とめり込んでいた。
白目を剥き、口から泡を吹いて完全に気絶している。彼らが着ていた分厚い革鎧は、まるで紙くずのように粉々に砕け散っていた。
「な……にが……起きた……?」
ガンツは自分の目を疑った。
今、このウサギの少女が動いたように見えなかった。ただ、一瞬だけ景色がブレたような気がしただけだ。
「アンタたちみたいなゴミの匂いが村に入ったら、せっかくお風呂上がりのミレちゃんが不愉快になるでしょ?」
キャルルは空間収納魔法から、愛用の『ダブルトンファー』をゆっくりと引き抜いた。
今夜は、雲一つない満月。
月兎族である彼女にとって、満月の夜は身体能力が極限まで跳ね上がる、いわば『絶対無敵のフィーバータイム』だ。
普段でも100メートルを5秒台で走る彼女の速度は、今や『マッハ1(音速)』を超えている。
「私、ミレちゃんのことになると、ちょっとだけ周りが見えなくなるって公爵にも怒られてるんだけど……アンタたちを粉々にするくらいなら、別にいいよね?」
ウサギ耳を逆立てたキャルルの足元から、ゴゴゴゴォォォ……! と、物理的な圧力すら伴う尋常ではない闘気が吹き上がった。
その圧倒的な殺気と威圧感に、三十人の荒くれ者たちの顔から一瞬にして血の気が引く。
相手はただの田舎の少女ではない。死神そのものだ。
「ひっ……!? バ、バカ野郎、何をしている! 撃て! 魔導銃を撃ちまくれぇぇっ!」
ガンツの悲鳴のような号令で、私兵たちが一斉に引き金を引いた。
無数の魔力弾がキャルルに向かって殺到する。
「遅い」
フッ、とキャルルの姿が掻き消えた。
「なっ!? どこに――」
ドゴォォォォンッ!!
「ぎゃあぁぁぁっ!?」
私兵の一人が、見えない衝撃を受けて空高く打ち上げられた。
それを皮切りに、森の中で『一方的な蹂躙』が始まった。
「『月影流 乱れ鐘打ち』!」
マッハの残像を残しながら宙を舞うキャルルから、連続の回し蹴りが放たれる。
タローマン特注の安全靴に闘気を纏わせたその蹴りは、直撃すれば鋼鉄の盾ごと人体を吹き飛ばす威力を誇る。
蹴りの衝撃波だけで周囲の木々が薙ぎ倒され、私兵たちが次々とボウリングのピンのように弾け飛んでいく。
「バ、バケモノだぁぁっ! 逃げろっ!」
「ひぃぃっ! 助け――」
パキンッ!
「『月影流 破衝撃』!」
逃げ出そうとした者たちの背中に、闘気を乗せたトンファーが情け容赦なく叩き込まれる。
鎧を粉砕し、骨を砕かないギリギリの絶妙な力加減(しかし痛覚は最大)で、傭兵たちは次々と地面に沈んでいった。
開始から、わずか数十秒。
三十人いた精鋭の私兵部隊は、ただの一人も立っている者はおらず、全員が地面を転がりながら呻き声を上げるだけの肉塊と化していた。
「ひっ……あ、あ、あああ……っ!」
一人だけ無傷で残された部隊長のガンツは、腰を抜かして地面を後ずさることしかできなかった。
彼の目の前に、トンファーを肩に乗せたキャルルが、コツン、コツンと安全靴の音を響かせながら歩み寄ってくる。
「ま、待ってくれ! 悪かった! 俺たちはただ金で雇われただけなんだ! ルージュ伯爵家のバカ息子に命令されただけで……っ!」
ガンツは必死に命乞いをした。
しかし、キャルルのウサギ耳がピクッと動き、彼の胸の奥から鳴る『心音』を正確に拾い上げる。
「……嘘つき。アンタの心音、すごく汚い音してる。ミレちゃんを捕まえた後、村の女子供を襲って金品を奪うつもりだったくせに」
「ひっ!? ど、どうしてそれを……っ!」
「言ったでしょ。ミレちゃんを泣かしたバカ男の仲間は、私が『顎を砕く』って」
キャルルは冷徹な瞳で見下ろし、右手のトンファーを逆手に構え直した。
「い、いやだぁぁっ! 助け――」
「『月影流 顎砕き』」
ドガァァァンッ!!
キャルルのトンファーがガンツの防御を軽々と弾き飛ばし、空いた顎の先端に、闘気を纏わせた強烈な膝蹴りがクリーンヒットした。
ゴキッ! という鈍い音と共に、ガンツの体は空中で三回転半の美しい弧を描き、そのまま白目を剥いて地面に激突し、動かなくなった。
「ふぅ……。ちょっとやり過ぎちゃったかな?」
土煙が晴れた森の中で、キャルルは額の汗を拭いながら、全滅した私兵たちを見回した。
彼女の息は全く上がっていない。まさに準備運動レベルだ。
「さてと。このゴミたち、綺麗に縛って村の広場に並べておこうっと。ミレちゃんがお風呂から上がったら、この連中が持ってる借金と不法侵入の証拠を『監査』してもらわないとね」
ヤンデレ最強兎は、鼻歌交じりに手早く私兵たちをロープで縛り上げ始めた。
セドリックが最後の希望を託した私兵部隊は、ミレイユの姿を視界に収めることすら叶わず、物理の暴力によって完全なる鎮圧(中ざまぁ前半戦)を完了したのである。
「公爵サマも、今頃『法的』な拷問の準備をしてるだろうし。……ふふっ、ミレちゃんの敵は、私たちが絶対に許さないんだから!」
読んでいただきありがとうございます。
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