EP 7
氷の公爵とヤンデレ最強兎の密約。「ミレちゃんを泣かせたら蹴り殺す」「ああ、私の命に代えても守り抜こう」
ドンガン地下帝国との太いパイプを手に入れ、ポポロ村の防衛力と経済力は盤石のものとなりつつあった。
連日の激務(といっても前世のブラック企業に比べればピクニックのようなものだが)をこなした私を労うため、村長であるキャルルが「今日は絶対にお休みの日!」と宣言し、私を村の施設へと押し込んだ。
そこは、最近タローマンの資材と地下帝国の魔導温熱システムを組み合わせて完成したばかりの娯楽施設――『ルナミスーパー銭湯・ポポロリゾート』である。
「はぁ〜……極楽、極楽……っ」
ヒノキの香りが漂う広々とした露天風呂に肩まで浸かりながら、私はとろけるようなため息を吐き出した。
最新の魔導サウナでたっぷりと汗を流し、冷たい地下水風呂で『ととのう』感覚を味わった後の露天風呂は、まさに天上の喜びだ。
湯上がりには、よく冷えた特製の『陽薬草入り・人参フルーツ牛乳』が待っている。
(帝都でセドリックの領地の尻拭いばかりしていた頃は、お風呂にゆっくり浸かる時間すらなかったわ。本当に、ここに来てよかった……)
私は夜空に浮かぶ美しい月を見上げながら、完全なるストレスフリーの休日を満喫していた。
* * *
一方その頃。
ミレイユがスーパー銭湯で至福の時を過ごしている最中、ファミレス『ルナキン・ポポロ支店』の奥にある防音VIPルームでは、極めてヒリついた空気が流れていた。
向かい合って座るのは、ルナミス帝国筆頭公爵にして財務卿であるユリウス・フォン・ルナミス。
そして、ポポロ村村長であり元獣人王国の姫君、キャルル・ムーンハートである。
テーブルの上には手付かずのポポロ・コーヒー。
キャルルは腕を組み、頭のウサギ耳をピンと立てて、氷のように冷たく鋭い視線をユリウスに向けていた。
「……さて。公爵サマ。ミレちゃんがいないから、今日は単刀直入に聞かせてもらうわよ」
「ああ。何でも聞いてくれ、親友殿」
ユリウスは余裕の笑みを崩さず、優雅に足を組んだ。
「アンタ、ミレちゃんに対してどういうつもりなの? 帝国の全財政を握るトップが、辺境の村に毎日入り浸って、うちの可愛いミレちゃんを甘やかして……ただの『優秀な文官』が欲しいだけなら、ここまで過保護にする必要はないでしょ」
「…………」
「私は獣人族よ。相手の『心音』を聞けば、嘘を吐いているかどうかなんて一瞬で分かる。ミレちゃんは『ただのビジネスパートナーよ』って顔を真っ赤にして言ってたけど、アンタの腹の底、全部ここで吐き出してもらうからね」
キャルルの言葉は、村長としての顔でも、無邪気な少女の顔でもない。
大切な親友を二度と傷つけさせないための、圧倒的な強者としての威圧感がこもっていた。
ユリウスは少しの間だけ目を伏せると、フッと真剣な表情になり、真っ直ぐにキャルルの瞳を見つめ返した。
「――愛しているからだ」
一切の淀みもない、力強い声だった。
「彼女の才能や、もたらす利益など、私にとってはただのオマケに過ぎない。前世でどれほど苦労したのかは知らないが……あの小さな体で、誰にも甘えずに一人で完璧に立ち回ろうとする彼女の姿を見るたびに、私がこの腕で抱きしめ、すべての重圧から解放してやりたいと心底思っている」
「……!」
「いずれ、必ず私の妻(公爵夫人)として迎え入れる。そのために、彼女の周囲にある理不尽な障害を、私の権力と財力のすべてを使って焼き払っている。これが私の本心だ」
キャルルのウサギ耳が、ピクッと動いた。
ユリウスの心音は、恐ろしいほどに穏やかで、そして力強い鼓動を刻んでいた。
微塵の嘘も、打算もない。彼がミレイユに向ける感情は、純度100パーセントの『極上の愛』だった。
「……ふん。口では何とでも言えるわ」
キャルルは腕組みを解き、トンファーの柄に手をかけた。
「いい? ミレちゃんは前の婚約者から、すっごく酷い扱いを受けてたの。だから、人の優しさに触れると、すぐに『私なんかが申し訳ない』って一歩引いちゃう不器用なところがある。……もしアンタが、少しでもミレちゃんを悲しませたり、泣かせたりするようなことがあったら」
ゴゴゴゴォォォ……! と、キャルルの足元から尋常ではない闘気が立ち上り、VIPルームの空間そのものがビリビリと震え始めた。
「アンタが帝国のトップだろうが関係ない。私の『超電光流星脚』で、一億ボルトの雷と共に、アンタの顔面を粉々に砕いて帝都ごと更地にするからね。覚悟しなさい」
それは、ただの脅しではない。
彼女の身体能力と月兎族の特性を考えれば、帝国軍の一個大隊すら単独で壊滅させられる『物理最強』の宣告だった。
だが、ユリウスはその殺気を正面から浴びても、微塵も怯むことなく、むしろ嬉しそうに口角を上げた。
「ああ、もちろんだ。彼女は私の命に代えても守り抜く。もし私が彼女の笑顔を曇らせるような真似をしたなら、その時は遠慮なく私を蹴り殺してくれて構わない」
「……言ったわね」
「ああ、誓おう。ミレイユ嬢の笑顔を守るためなら、君のその『物理』と、私の『権力』……これほど頼もしい共闘関係はないだろう?」
ユリウスが右手を差し出すと、キャルルはじっと彼を睨みつけた後、小さくため息を吐いてその手を強く握り返した。
「……ミレちゃんのためだからね。アンタのことは、まだ半分しか信用してないんだから」
「ふふ、十分だ。……さて、これは共闘の証(と書いて買収と読む)だが」
ユリウスは懐から、漆黒のプレートに黄金の文字が刻まれたカードを取り出し、テーブルの上へ滑らせた。
「ゴルド商会と提携している『ルナミスデパート・プレミアムラウンジ』のブラックカードだ。これを見せれば、帝都でもポポロ村でも、最高級の苺パフェやメロロンパフェが『年間通して完全無料・食べ放題』になる。もちろん、君専用だ」
「…………っ!!!」
キャルルのウサギ耳が、限界までピンッ! と直立した。
彼女の瞳が、ブラックカードとユリウスの顔を猛烈な勢いで往復する。
「なっ……! ぱ、パフェの年間パス!? しかもブラックカードって、皇帝陛下や公爵クラスしか持てない超絶VIP用の……っ!?」
「親友の護衛には、これくらいの経費は安いものさ。遠慮なく受け取ってくれ」
「ぐぬぬ……っ! べ、別にパフェに釣られたわけじゃないからね! ミレちゃんの護衛の『必要経費』として受け取っておくだけなんだから!」
顔を真っ赤にしながら、光の速さでブラックカードをポケットにねじ込むキャルル。
こうして、ミレイユを溺愛する『権力最強のスパダリ公爵』と『物理最強のヤンデレ親友』による、鉄壁の絶対防衛ラインが正式に結成されたのだった。
その時だった。
ピクッ……!
キャルルのウサギ耳が、不自然な音を拾って細かく震えた。
同時に、彼女の鋭い嗅覚が、夜風に乗って運ばれてきた『不快な匂い』を感知する。
「……キャルル? どうした」
「公爵。……ネズミが入り込んだみたい」
キャルルはパフェの喜びから一転、絶対零度の冷酷な表情になり、椅子から立ち上がった。
「ポポロ村の境界線、南の森から……武装した人間が約三十人。足音を殺してこっちに向かってる。……このむせ返るような安物の香水と、腐った泥みたいな匂い。間違いない、ミレちゃんを追放したあの『セドリック』のところの私兵よ」
「ほう」
ユリウスの瞳から、スッと温度が消え去った。
周囲の空気が一瞬にして凍りつき、氷の公爵としての絶対的な冷気が部屋を支配する。
「あの愚か者……。自分の不始末を棚に上げ、私の愛しい宝物を武力で連れ戻そうと、この村に泥靴で踏み込んできたというのか」
「ミレちゃんは今、スーパー銭湯でゆっくり休んでる。……せっかくの休日を、あんなゴミ共のせいで台無しにさせない」
ガシャン!
キャルルは愛用のダブルトンファーを展開し、特注の安全靴の踵をカンッ! と強く打ち鳴らした。
「公爵、アンタはここでコーヒーでも飲んでなさい。私がパパッと『物理的』に掃除してくるから」
「頼もしいな。では、彼らが不法侵入と誘拐未遂を犯したという『法と経済の掃除』は、私が引き受けよう。……一人たりとも、五体満足で帰す必要はないぞ、キャルル」
「言われるまでもないわ!」
バンッ! とVIPルームの窓が開き、キャルルの姿がマッハの残像を残して夜の闇へと消えていった。
残されたユリウスは、冷めかけたポポロ・コーヒーを優雅に一口飲み、酷薄な笑みを浮かべる。
「さて……ルージュ伯爵家。公爵たる私の婚約者(予定)に牙を剥いた罪、帝国法廷と経済封鎖のフルコースで、骨の髄まで味わわせてやろう」
ミレイユが露天風呂で「あ〜、最高の休日だわ」とのんびり人参フルーツ牛乳を飲んでいる裏で、愚かな元婚約者が放った私兵部隊は、今まさに『マッハ1の理不尽な暴力』の餌食になろうとしていた。
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