EP 4
【絶対監査】で村の利益が爆増中! 氷の公爵様の過保護なサポートは最高水準です
ポポロ村の財務顧問に就任して、三日が経過した。
村の中心部にある村長室兼オフィスで、私は山積みになった帳簿と魔導デバイスのデータを前に、ペンを走らせていた。
前世のメガバンク時代から変わらない、私の最も得意とする「監査」の時間だ。
「ミレちゃん、お疲れ様! ルナキンのテイクアウトで、太陽芋のフライドポテトとポポロ・コーヒー買ってきたよ!」
「ありがとう、キャルル。ちょうど糖分が欲しかったところなの」
元気いっぱいに飛び込んできた親友から差し入れを受け取り、私はホッと一息をついた。
太陽芋のポテトは外はカリッと、中はホクホクで、絶妙な塩加減が疲れた脳に染み渡る。
「それにしても、この村のポテンシャルは本当に凄まじいわね」
私は空中に展開した【絶対監査】のホログラムウィンドウを見つめながら感嘆の息を漏らした。
ポポロ村の特産品である『月見大根』と『太陽芋』。これらは味も栄養価も最高級で、帝都の貴族たちにも十分通用するブランド力を持っている。
しかし、これまでの帳簿を見ると、その価値に対して村に入る利益があまりにも少なすぎた。
「あのねキャルル。村の農作物、今まで『ガバン商会』という中卸業者に専売契約で卸していたわよね?」
「うん。前の村長が契約したみたいだけど……どうかしたの?」
「【絶対監査】で金の流れを追ってみたんだけど、この商会、市場価格の十分の一という不当な買い叩きをしているわ。さらに『輸送時の魔物対策費』や『関税手数料』といった架空の経費をでっち上げて、村の利益の約60パーセントを不法にピンハネしている」
「…………は?」
キャルルの手から、ポテトがぽろりと落ちた。
次の瞬間、彼女の頭のウサギ耳が垂直に立ち上がり、ゴゴゴゴゴ……と部屋中に恐ろしい闘気が満ち始める。
「私の……大事な村の皆が一生懸命育てたお野菜を……ピンハネ……?」
キャルルは無言で空間収納魔法から愛用のダブルトンファーを取り出し、特注の安全靴の踵をカンッ、と鳴らした。
「ちょっとガバン商会の会長の顎、粉砕してくる。ついでに事務所ごと『月影流 破衝撃』で更地にして――」
「ストップ、ストップ! 気持ちは分かるけど、暴力で解決したら村が悪者になっちゃうでしょ! 私に任せてちょうだい。完全に合法な手段で、奴らを社会的に抹殺してあげるから」
ヤンデレ最強兎を必死に宥めつつ、私はあらかじめ作成しておいた『契約解除通知』と『不当利益返還請求書』を机に叩きつけた。
「今日から、ガバン商会との取引は全面停止。代わりに、大陸屈指の大企業である『ゴルド商会』の正規ルートと、ホームセンター『タローマン』の物流網を直接使うわ。ドンガン地下帝国との友好条約を活かして、安全な地下ルートを通せば輸送コストも大幅にカットできる。これだけで、村の利益は今までの五倍に跳ね上がるわよ」
「ご、ごばいっ!? ミレちゃん、天才! 大好き!」
キャルルが目を輝かせて私に抱きついてきた。
よしよしと彼女の頭を撫でていると、オフィスの扉が乱暴にバンッ! と蹴り開けられた。
「おい! どういうことだポポロ村の村長! うちとの取引を停止するとは、ふざけるな!」
怒鳴り込んできたのは、恰幅の良い中年の男――問題のガバン商会の会長だった。
数人の用心棒らしきチンピラを引き連れ、肩で風を切りながらズカズカと踏み込んでくる。
「ウチとの専売契約を勝手に破棄するなら、違約金として金貨500枚を払ってもらうぞ! 払えないなら、この村の畑を全部差し押さえて――」
「おや。ずいぶんと威勢のいい野良犬が迷い込んできたものだな」
男の怒声を遮ったのは、背筋が凍るほど冷たく、そして絶対的な威厳を放つ声だった。
いつの間にかオフィスの入り口に寄りかかっていたのは、ルナミス帝国筆頭公爵にして財務卿、ユリウス・フォン・ルナミスその人である。
今日も美しいプラチナブロンドを揺らしながら、彼は呆れたように冷笑を浮かべた。
「な、なんだお前は! 引っ込んでろ!」
「公爵様……!」
私が驚いて声を上げると、ユリウスはこちらに向かってパチンと優雅にウインクをして見せた。
「ガバン商会と言ったか。君がポポロ村に提示していた専売契約書だが、先ほど帝国の財務局で確認したところ、明らかな『独占禁止法違反』および『不当搾取』に該当する。よって、あの契約は法的に無効だ」
「な、なにを……っ! お前ごときが適当なことを言うな! 誰か、この男をつまみ出せ!」
ガバン商会の会長が叫び、用心棒たちがユリウスに襲いかかろうとした。
――その瞬間。
「ミレちゃんのオフィスで暴れないでくれる?」
ドォォォォンッ!!
マッハ1の速度で残像を生み出したキャルルが、目にも留まらぬ回し蹴り『月影流 鐘打ち』を放った。
用心棒たちは悲鳴を上げる間もなく、綺麗にオフィスの窓を突き破り、遥か彼方の空の星となって消えていった。
「ひっ……!?」
「キャルルの護衛は見事だな。さて、ガバン商会」
腰を抜かしてへたり込む会長を見下ろし、ユリウスは懐から帝国財務卿の権限を示す『黄金の紋章』を取り出して見せつけた。
「ひっ、こ、公爵閣下……!?」
「君の商会には、多額の脱税容疑もかかっている。ミレイユ嬢が提出してくれた【絶対監査】の裏帳簿データが、決定的な証拠となってね。すでに君の商会の資産はすべて凍結し、営業停止処分を下した。今頃、帝都の君の事務所には査察部が踏み込んでいる頃だろう」
「そ、そんなぁぁぁ……っ!」
ガバン商会の会長は絶望の叫びを上げ、そのまま駆けつけてきた自警団によってズルズルと引きずられていった。
あっという間の出来事に、私はぽかんと口を開けることしかできない。
「……公爵様。もしかして、私が財務局に提出した書類を、最優先で処理してくださったのですか?」
私が尋ねると、ユリウスはふわりと甘い笑みを浮かべて私の手を取った。
「当然だ。私の愛しい『右腕』候補が、あんな羽虫に煩わされるのは見ていられないからね。君が正しい道を切り拓くなら、私はその前に立ち塞がる障害をすべて焼き払う、絶対の『権力』になろう」
「っ……」
さらりと落とされた極上のセリフと、手の甲にそっと落とされたキスに、私の顔は一気に沸騰したように熱くなった。
前世のブラック企業では「自分で何とかしろ」が口癖の上司しかいなかったのに、この人は私が働きやすいように、圧倒的な力で環境を整えてくれる。
これが、本物のVIP待遇……いや、過保護というものなのだろうか。
「ちょっと公爵! ミレちゃんに気安く触らないでよね!」
キャルルがトンファーを構えて威嚇するが、ユリウスは余裕の笑みでそれを受け流す。
「頼もしい護衛殿。タローマンの新作の安全靴と、ルナミスデパートの高級苺パフェの年間パスポートを手配したんだが、受け取ってくれるか?」
「……ミレちゃんを泣かせたら、それ履いて蹴り殺すからね。パフェは貰うけど!」
「ああ、約束しよう。彼女の笑顔は、私の命に代えても守り抜く」
真剣な瞳で宣言するユリウスに、私はもう言葉を返すことができず、ただ熱くなった頬を手で覆うことしかできなかった。
* * *
その数日後。
ポポロ村の新しい物流ルートは完璧に機能し、村には見たこともない額の金貨の山が築かれた。
村人たちは私を「女神様だ!」と拝み倒し、村全体がかつてない活気と笑顔に包まれていた。
一方で、帝都のルージュ伯爵家――私を追放したセドリックの領地は、さらなる地獄の底へと突き落とされていた。
実は、彼らの領地が長年頼りにしていた裏取引の業者が、他でもない『ガバン商会』だったのだ。
私が運用資金を引き揚げて首の皮一枚で繋がっていたルージュ家は、ガバン商会の突然の摘発と資産凍結により、完全にすべての資金ルートを絶たれることになった。
「ど、どうしてこうなるんだぁぁぁっ! ミレイユ! ミレイユを連れ戻せぇぇぇ!」
領民からの暴動の火の手が上がる領主の館で、セドリックの血を吐くような後悔の絶叫が響き渡っていたが、彼を助ける者はもうこの世界に誰一人として存在しなかった。
読んでいただきありがとうございます。
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