EP 2
辺境の村とヤンデレ最強兎の熱烈歓迎!「ミレちゃんを泣かしたバカ男、私が顎砕いてこようか?」
ルナミス帝国の帝都から魔導列車を乗り継ぎ、さらにガタゴトと揺れる乗り合いの魔導車に揺られること数時間。
帝国の最果て、レオンハート獣人王国とアバロン魔皇国の三カ国が交わる緩衝地帯に、私の目指す場所はあった。
車窓から見えてきたのは、のどかな田園風景だ。
畑には丸々とした『月見大根』や、太陽の光をたっぷり浴びた『太陽芋』の葉が青々と茂っている。遠くには、農家の人が脱走した『人参マンドラ』を追いかけて走り回る、平和で牧歌的な光景が広がっていた。
だが、ここはただの田舎村ではない。
村の入り口には、魔導ライフルと魔導防弾チョッキで完全武装した自警団が厳しい目を光らせ、空には魔導長距離自爆ドローンが哨戒飛行を行っている。
さらに村の大通りを進めば、帝国発祥のホームセンター兼衣服店『タローマン』の巨大な看板や、24時間営業のコンビニ『タローソン』、そして見慣れたファミレス『ルナミスキング(通称ルナキン)』の店舗が立ち並ぶ、異様なまでの発展を遂げたハイブリッド・シティ。
ここが、人口約1000人の最強の辺境地――【ポポロ村】である。
「はぁ……着いたわ。やっぱりこの村の空気、最高に落ち着く」
停留所で魔導車を降り、私が大きく伸びをしたその瞬間だった。
――ドゴォォォォンッ!!
遥か遠くの地面が爆発したような轟音が響いたかと思うと、一陣の猛烈な突風が私に向かって吹き荒れた。
常人なら悲鳴を上げてしゃがみ込むところだが、私は慣れた動作でスカートを押さえる。
「ミレちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」
突風の中から飛び出してきたのは、ウサギの耳をぴょこぴょこと揺らしながら、涙目で私にダイブしてくる小柄な美少女だった。
「きゃっ! ふふっ、久しぶりね、キャルル」
私を力いっぱい、けれど絶対に痛くない絶妙な力加減で抱きしめてきた彼女こそ、このポポロ村の村長にして私の最高の親友、キャルル・ムーンハート(20歳)だ。
動きやすい現代風のラフなパーカー姿に、足元はタローマン特注のゴツい安全靴。ポケットからはみ出しているお手製のハンカチには、可愛らしい人参の刺繍が施されている。
「うわぁぁん、ミレちゃん! 会いたかったよぉ! 手紙、読んだよ! 今日来るって言うから、私、嬉しくて昨日から眠れなくて……っ!」
「よしよし、私も会いたかったわ。でもキャルル、また村の道を蹴り飛ばしてマッハで走ってきたわね? 道路の修繕費が馬鹿にならないから、普段の移動は100メートル5秒台(通常速度)に抑えてって言ったじゃない」
「えへへ、ごめんなさい。ミレちゃんの匂いがしたから、ついテンション上がっちゃって!」
頭の上のウサギ耳をペタンと伏せて謝る彼女だが、その正体は元・レオンハート獣人王国の第三姫君にして、近衛騎士隊長候補だったという超絶エリート武闘派獣人である。
満月の夜には身体能力が跳ね上がり、マッハ1を超す速度で空を飛び、特注の安全靴で相手を蹴り殺す――一部の冒険者からは『雷神の月兎』と恐れられる、ポポロ村最強の防衛戦力(物理)だ。
「ささっ、ミレちゃん! 長旅で疲れたでしょ? 荷物持つよ! あ、お腹空いてる? ルナキン行こう、ルナキン! 今日は私が奢るからね!」
キャルルは私のボストンバッグを軽々と片手で持ち上げ、もう片方の手で私の手をギュッと握って歩き出した。
その顔は太陽のように明るく、彼女の温かい体温に触れているだけで、帝都で感じていた重苦しいストレスが嘘のように溶けていく。
(やっぱり、ここに来て正解だったわ)
私たちはそのまま大通りの『ルナキン・ポポロ支店』に入店し、お気に入りの窓際のボックス席に陣取った。
ドリンクバーで淹れたてのポポロ・コーヒーをすする私に対し、キャルルは目の前に運ばれてきた特大の『ルナミス・苺パフェ』に目を輝かせている。
「ん~~っ! やっぱりルナキンのパフェは最高! 幸せ~!」
「ふふ、そんなに勢いよく食べたら頭が痛くなるわよ。あ、そうそう。これ、お土産。私が前世の知識でレシピ監修した『ハニーかぼちゃの極上タルト』よ」
「えっ!? ミレちゃんのお手製!? やったぁ! 私、ミレちゃんのお菓子大好き!」
キャルルは満面の笑みでタルトの箱を抱きしめた。
その無邪気な様子を見つめながら、私はコーヒーカップを置き、静かに口を開く。
「……あのね、キャルル。私、婚約破棄されたの」
「――え?」
ピタッ、と。
キャルルのウサギ耳が直立し、手に持っていたパフェのスプーンがカランと音を立てて皿に落ちた。
周囲の空気が、文字通り一瞬で氷点下にまで下がったような錯覚を覚える。
「こ、婚約破棄……? ミレちゃんが……? あの、ミレちゃんを馬車馬のようにこき使って、領地をタダ働きで立て直させてた、あのクソみたいな……もとい、あの伯爵令息のセドリックに?」
「ええ。彼、私のお金で浮気相手に特注のドレスやネックレスを買い与えていたの。おまけに、私に冤罪を着せて追い出してきたわ。慰謝料とこれまでの運用益は、全部即日一括で回収してきたけどね」
私が淡々と事実を告げると、キャルルはジッと私の胸元を見つめた。
彼女の聴覚は、相手の『心音』から嘘を見抜くことができる。私の心音が一切の嘘を吐いていないことを悟った瞬間――
ゴゴゴゴゴォォォ……!
キャルルの足元から、尋常ではない量の闘気が立ち上り始めた。
ラフなパーカーの下に隠された筋肉が限界まで引き絞られ、彼女の背後に「ブチギレた月兎」の幻影が見え隠れする。
「……許さない」
「キャルル?」
「私の! 私の大切なミレちゃんを! 顎で使った挙句に、浮気して泣かせるなんて……っ! 絶対に許さない!!」
ガシャン! と、キャルルは空間収納魔法から、鈍く光る愛用の『ダブルトンファー』を取り出した。
「ちょっと帝都に行ってくる。あのバカ男の顎、『月影流 顎砕き』で粉々に砕いて、その浮気相手ごと『超電光流星脚(スーパー・ライトニング・メテオ・ストライク)』で帝都の空の彼方へ蹴り飛ばしてくるね! 大丈夫、一億ボルトの雷光で塵も残さないから!」
「ストーップ! ストップよキャルル! 帝都が更地になっちゃう!!」
私は慌てて席を立ち、マッハ1でファミレスの窓を突き破ろうとする親友の腰に全力でしがみついた。
「離してミレちゃん! 私、我慢できない! ミレちゃんがどれだけ寝る間も惜しんで、目の下にクマ作ってあの男の領地のために頑張ってたか、私は知ってるもん! それなのに……っ、ミレちゃんの優しさを踏みにじる奴は、この私がポポロ村の月見大根の肥料にしてやるんだからぁ!」
ポロポロと大粒の涙をこぼしながら、本気で私のために怒り狂ってくれる親友。
そのヤンデレ気味なほど真っ直ぐで重たい愛情に、私は思わず吹き出してしまった。
「ふふっ……あはははっ! ありがとう、キャルル。でもね、本当にいいのよ」
「……ミレちゃん?」
「私、全然泣いてないでしょ? むしろ清々しているわ。あんな不良債権とこの先一生を共にするなんて、前世のブラック企業よりお断りだもの」
私はキャルルからトンファーを取り上げ、彼女の頭を優しく撫でた。
「それに、私……これからは自分のために生きたいの。大好きなキャルルがいて、大好きな美味しい野菜やルナキンがある、このポポロ村で」
「それって……」
「もし村長さんが許可してくれるなら、だけど。私を、このポポロ村の『財務顧問』として雇ってくれないかしら?」
私がウインクをすると、キャルルのウサギ耳がこれ以上ないほどピンッと跳ね上がった。
「やとう! 雇う! 絶対雇う!! むしろミレちゃんがずっとポポロ村にいてくれるなんて、夢みたい!」
キャルルは再び私にダイブし、今度は嬉し泣きをしながら私の頬にスリスリと頬擦りをしてきた。
「よかったぁ……。じゃあ、ミレちゃんを傷つけた奴らへの復讐は、向こうが村に手を出してくるまでお預けにしてあげる。でも、もしアイツらがミレちゃんを連れ戻しに来たら……その時は、容赦しないからね?」
「ええ、その時は【絶対監査】の法的証拠と、キャルルの物理攻撃のコンボで、二度と立ち上がれないようにしてやりましょう」
私たちは顔を見合わせ、悪い笑顔を浮かべてハイタッチを交わした。
こうして、元・メガバンクの鬼監査OLである私、ミレイユ・アークライトの辺境スローライフが幕を開けた。
圧倒的な武力と権力(とヤンデレ愛情)を持つ親友という、これ以上ない絶対安全なセーフティネットに守られながら。
……しかし、この時の私はまだ知らなかった。
私のポポロ村での活躍が、帝国全土の経済を裏で操る『氷の公爵様』の目に留まり、とんでもなく重たくて甘い溺愛包囲網に巻き込まれることになるなんてことを――。
読んでいただきありがとうございます。
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