EP 4
招かれざる悪徳プロモーターの来訪。「田舎の素人女がお遊びでプロデュースなど笑わせる」と見下されても、私は一切動じませんわ
ユリウス様が「君の楽しそうな顔が見たいから」という恐ろしいほどの過保護(と莫大な財力)でポンと出された、金貨一千枚(約一千万円)という破格の協賛金。
泡を吹いて卒倒したリーザを無事に介抱し終えた私は、さっそく元・メガバンクの鬼監査OLとしての本領を存分に発揮し始めていた。
「よし、予算配分の第一次案が完成したわ!」
ポポロ村の村長室。私は【絶対監査】のスキルをフル稼働させながら、デスクの上のホログラムウィンドウをテンポよく操作していく。
「まず、金貨一千枚のうち三百枚は、ドンガン地下帝国の最新技術を集約した『超高音質魔導スピーカー』と『全天候型・特設立体魔導ステージ』のレンタル・設営費に充てるわ。これで音響効果と視覚的演出は帝都の最高級劇場と同等以上になる。……そして二百枚は、タローマンとゴルド商会から仕入れるポポロ村特産品ブースの設営費と、来訪者への記念品開発費よ」
「すごーい! ミレちゃん、一千枚っていう目眩がするような大金を、一同粒の無駄もなく完璧に循環させてる……!」
私の隣で、キャルルが目をキラキラさせながら特製の人参ジュースを飲んでいる。
「残り五百枚は、村の緊急予備費と、リーザの『特注アイドル衣装』の制作費、そして全国への告知費用(ルナミス新聞への全面広告掲載)に回すわ。余剰金はすべてポポロ村の基金に組み入れる。……ふふっ、これでポポロ村の経済効果は、当初の予想の五倍……いや、十倍にまで跳ね上がる計算ね!」
前世の社畜時代なら、予算の一円単位の削り合いで上司と血みどろのバトルを繰り広げていたというのに。
今の私には、潤沢すぎる予算と、私の計算を100パーセント信頼して任せてくれる仲間たちがいる。
こんなにも楽しく、やりがいのある『決算』は人生で初めてだった。
「ミレイユプロデューサーぁぁぁっ! 私、今までのダサい芋ジャージを卒業して、タローマンで一番可愛い特注のレッスン着を買ってきましたわーっ!」
バンッ!と勢いよく扉が開かれ、飛び込んできたのはリーザだった。
いつものダサい芋ジャージから一転、彼女はタローマン製のピンク色のフリル付き運動着に身を包み、クルリと可憐に回ってみせた。
「あら、とっても似合っているわよ、リーザ。やっぱりあなた、元が良いから何を着ても華があるわね」
「へへっ、本当ですか!? 私、嬉しくて鼻から5円玉を三連射してしまいそうですわ!」
「それは絶対にしないでちょうだい」
私たちが平和で和気あいあいとした特訓準備を進めていた、まさにその時だった。
――ブオォォォォンッ!!
ポポロ村ののどかな田園地帯に、全く不釣り合いな重低音のエンジン音が響き渡った。
窓から外を見下ろすと、村の広場に、派手な金ピカの装飾が施された帝都仕様の『高級魔導車』が暴走ぎみに乗り込んできたところだった。
車から降りてきたのは、全身をギラギラとした派手な紫色のスーツで包み、指にはこれ見よがしに巨大な宝石の指輪をいくつも嵌めた、肥満体の男だった。
男は安物のポポロシガーのパクリタバコを吹かし、口から紫煙を吐き出しながら、肥大化した鼻を鳴らした。
「ケッ! なんだこの泥臭い田舎村はよぉ。靴が汚れちまうじゃねえか。……おい! この村に『鼻から硬貨を飛ばして歌う人魚姫の乞食娘』がいるって噂を聞いてやってきたんだが、どこにいやがる!」
男の不躾で横暴な大声が、広場全体に響き渡る。
農作業をしていた村人たちが不快そうに顔をひそめる中、男は取り巻きのガタイの良い用心棒二人を従え、ズカズカと村長室のあるこの建物へと階段を上ってきた。
バンッ!!
「おい、ここが村長室か!」
ノックもなしに、乱暴に扉が蹴り開けられた。
男は部屋の中を見回すと、タローマンのレッスン着を着たリーザを見つけ、ゲラゲラと品のない大笑いを上げた。
「ガハハハハッ! なんだぁ、噂の人魚姫ってのは、このガキのことか! 帝都で地下アイドルをやってたと聞いて来てみりゃあ、ただの貧相なジャージ娘じゃねえか!」
男の横暴な態度に、キャルルが即座にウサギ耳を逆立て、腰のダブルトンファーに手をかけた。
「……誰よアンタ。土足で人のオフィスに踏み込んでこないでくれる? 顎、粉々に砕かれたいの?」
「ああん? なんだこのガキは。俺様は帝都の大手芸能プロダクション『ゴールド・エンタテインメント』の代表、ガルシア・ヴァルガス様だぞ!」
ガルシアと名乗った男は、胸を張って金ピカの名刺を私のデスクの上に放り投げた。
「帝都の噂でな。この村の地下アイドルが、歌で疲労を回復させる特殊な『バフ能力』を持ってるって聞いたのさ。……おい乞食娘、運がいいな! この俺様が直々に、お前を帝都の大ステージでデビューさせてやる!」
ガルシアはニヤニヤと下劣な笑みを浮かべ、ポケットから分厚い書類の束を叩きつけた。
「うちのプロダクションと専属契約を結べ。帝都で金持ちの貴族ども相手にそのバフ歌を歌わせれば、一攫千金間違いなしだ。……おい、そこの田舎の素人女とガキ村長」
ガルシアは不快な眼差しで、私とキャルルを順番に指さした。
「お前らのこのバカげた『村の学園祭ごっこ』の企画書を見たが……笑わせるんじゃねえぞ。金貨五十枚程度のヘソのゴマみたいな予算でアイドルプロデュースだと? 経済の仕組みも知らねえ素人女が、俺様の商売の邪魔をするな」
ガルシアは机の上に、ぽんと『金貨十枚(約十万円)』を落とした。
「ほらよ、手切れ金だ。このガキ(リーザ)の所有権は俺様が買い取ってやる。こんな泥臭い田舎村の宣伝タレントなんかじゃなく、帝都の俺様の集金マシンとして働いてもらうからな。文句はあるまい?」
「し、所有権……? 集金マシン……!?」
リーザが恐怖に顔を歪め、ガタガタと私の背後に隠れた。
彼女は「ファンを笑顔にしたい」という純粋な想いで歌っているのだ。それを、ただの金儲けの道具として扱おうとするガルシアの言葉に、激しいショックを受けている。
キャルルから恐ろしい殺気が立ち上り、特注の安全靴が床をカンッ!と強く鳴らした。
「ねえミレちゃん。こいつ、やっぱり今すぐ『超電光流星脚』で帝都の空まで蹴り飛ばしていい? 100メートル1秒の速度で顔面潰してあげるけど」
「待ちなさい、キャルル。落ち着いて」
私はキャルルの肩を優しく叩いて制し、デスクの上の金ピカの名刺と書類を、バインダーの端で汚いものを見るように持ち上げた。
――【絶対監査】、発動。
私の網膜に、このガルシアという男の裏のデータが次々と浮かび上がってくる。
【対象:ガルシア・ヴァルガス】
【所属:ゴールド・エンタテインメント(※実態は倒産寸前の弱小悪徳プロダクション)】
【財務状況:多額の借入金(ヤミ金)により火の車。新人のバフ能力を搾取し、軍事・貴族向けに高額で売り飛ばすことで一発逆転を狙っている】
(……なるほどね。前世のブラック芸能事務所の残骸みたいな、典型的なハイエナ業者ね)
私はふっと冷やかな溜息を吐くと、ガルシアの名刺と書類を、そのままゴミ箱へポイッと放り投げた。
「なっ……!? 貴様、何をしやがる!」
激怒して顔を真っ赤にするガルシアに対し、私は優雅に扇子をパチンと開き、氷のように冷徹な眼差しで見下ろした。
「ガルシア様とおっしゃいましたね。一つ、重大な事実誤認がございますので訂正させていただきます」
「なんだと!?」
「第一に、ポポロ村の今回のアイドルフェスの予算は、金貨五十枚などではありません。帝国筆頭公爵家からの正式な協賛金として【金貨一千枚】の予算がすでに組まれております」
「い、一千枚だとぉっ!?」
ガルシアの目が、飛び出さんばかりに開かれた。
「第二に、リーザは誰の所有物でもありません。彼女は自らの意思で、このポポロ村のファンを笑顔にするために歌っている、ポポロ村の大切な『家族』であり、我がプロダクションの看板アイドルです」
私は一歩前へ出ると、逃げ場のない圧倒的な「元・鬼監査OL」の圧力を彼に叩きつけた。
「自身のプロダクションの多額の負債を補填するために、無知な少女の能力を搾取し、軍事利用しようなどという浅ましい企み……私の【絶対監査】の目を誤魔化せると思わないことですわ。プロデュースのなんたるかも理解していない三流以下の方に、私たちの『至宝』を渡すわけがありませんでしょう?」
「き、貴様ぁぁぁっ……! なぜ俺の財務状況を……っ!?」
顔色を土色に変えてたじろぐガルシア。
私は扇子でシッと出口を指し示した。
「お引き取りください。これ以上、我がポポロ村の敷地内で無礼を働くようであれば……そこにいる村長(物理最強)と、本日夕方に帝都から見えられる帝国財務卿(権力最強)の手によって、あなたのプロダクションごと社会的に消滅することになりますわよ」
「ひっ……!? て、帝国財務卿だとぉっ!?」
氷の公爵・ユリウス様の名を聞いた瞬間、ガルシアの顔から完全に血の気が引いた。
「くっ……くそがあぁぁっ! 覚えてろよ田舎の出しゃばり女! 帝都の芸能界を敵に回して、無事でいられると思うなよぉっ!」
ガルシアは捨て台詞を吐き捨てると、尻餅をつきそうになりながら大慌てで部屋を飛び出し、高級魔導車に乗って逃げるように走り去っていった。
「ふぅ……。ゴミの清掃完了、ですわね」
私が静かに扇子を閉じると、背後に隠れていたリーザが、ポロポロと大粒の涙をこぼしながら私に抱きついてきた。
「ミ、ミレイユプロデューサーぁぁぁっ! 私を……私を守ってくれて、ありがとうございますぅぅっ! 私、本当にあの人に売り飛ばされるかと……っ!」
「よしよし、大丈夫よリーザ。あなたをそんな悪党に渡すわけがないでしょう? あなたの夢と歌声は、私が絶対に守ってみせるわ」
リーザの頭を優しく撫でながら、私は立ち去った高級魔導車の去り際を窓から見つめた。
(あの男……きっと、このまま大人しく諦めるような玉ではないわね)
【絶対監査】で見抜いた男の欲望と狂気。
彼は必ず、卑劣な罠を仕掛けてリーザを奪おうとしてくるはずだ。
だが、私の胸の中にあったのは不安ではなく、ゾクゾクするような高揚感だった。
前世のブラック企業、そして追放された過去。
夢を持った若者を食い物にするような悪党を、私は絶対に許さない。
「来なさい、三流プロモーター。元・鬼監査OLの本当の『恐ろしさ』を、骨の髄まで教えて差し上げますわ」
新メンバー・リーザを守るための、ミレイユのクールで情熱的なプロデューサーとしての戦いが、いよいよ本格的に火蓋を切ろうとしていた。




