EP 3
最強パーティー結成!? 金貨一千枚をポンと出す氷の公爵様と、泡を吹いて倒れる限界人魚姫ですわ
「――完璧だわ。これならポポロ村の経済効果は昨年度比で最大三百パーセントに達するわね!」
翌朝。村長室兼オフィスのデスクで、私は【絶対監査】のスキルをフル稼働させながら、猛烈な勢いでペンを走らせていた。
羊皮紙の上に展開されているのは、私が前世のメガバンク時代に培ったイベント企画ノウハウと、ルナミス帝国の最新流通網を融合させた一大プロジェクト――『第1回 ポポロ村・合同特産品大即売会&収穫感謝アイドルフェスティバル事業計画書』である。
「ねえミレちゃん、朝から息もつかずに書類書いてるけど、大丈夫? ルナキンの特製人参ジュース飲む?」
「ありがとう、キャルル。でも大丈夫よ、脳が最高に活性化しているもの!」
私の隣では、親友のキャルルが心配そうに人参ジュースのグラスを差し出してくれている。
そして、その向かい側には――。
「ミ、ミレイユプロデューサー……! 私、一体どんな特訓をすればいいのでしょうか!? 鼻から5円玉を十連射する練習ですか!? それとも、みかん箱の上で三時間ぶっ通しで『ハゲたぬきのポンポコ節』を踊り続ける特訓ですか!?」
相変わらずルナミスデパートのワゴンセールで買った芋ジャージに身を包み、目を血走らせたリーザが、ガタガタと膝を震わせながら鼻息荒く身を乗り出していた。
「リーザ、落ち着きなさい。鼻から5円玉の連射は絶対に禁止です。それからポンポコ節も禁止。あなたの魅力は、そんな宴会芸ではなく、聴く者すべてを癒やすその奇跡の歌声と、人魚族としての本来の美しさにあるのですから」
「えっ……? ポンポコ節が禁止……!? 私の十八番なのに……っ!?」
絶望したようにガーンとショックを受けるリーザ。
どこまでもセルフプロデュースの方向性を間違えている彼女に、私は優しく、けれど教導するように微笑みかけた。
「安心しなさい。あなたにはポポロ村の特選素材で仕立てた本物の『アイドル衣装』を着てもらうわ。特設ステージで歌ってもらうのは、あなたのバフ能力が最大限に発揮される『Love & Money』。村の『太陽芋』や『月見大根』の即売会と連動させて、ファン(村人や観光客)に最高の笑顔と健康を届け、同時に村の利益も最大化する……これが私たちの戦略よ!」
「す、すごいですわミレイユプロデューサー……! なんだかよくわかりませんが、私、本当のトップアイドルになれる気がしてきましたわ!」
「ええ。任せて頂戴」
前世で過労死するまで働いた私が、今度は自分の意思で、この愛おしい仲間たちのためにプロデューサーとして腕を振るう。
胸の奥から湧き上がるような充実感に浸っていた、まさにその時だった。
コンコン、と控えめだが品のあるノックの音が部屋に響いた。
「――失礼するよ、私の愛しい人たち」
扉が開くとそこに立っていたのは、光り輝くようなプラチナブロンドの髪を揺らした美青年――ルナミス帝国筆頭公爵にして財務卿、『氷の公爵』ユリウス様だった。
相変わらず完璧に仕立てられたフロックコートを身に纏い、その青い瞳には私を見つけた瞬間の甘い熱が灯っている。
「ユリウス様!? どうしてここに……って、今日も帝都のお仕事はよろしいのですか?」
「ああ。君が新しい企画を立ち上げたと風の噂で聞いてね。居ても立ってもいられず、本日の財務局の決裁をすべて二十分で終わらせて飛んできたのさ」
帝国の財政を司るトップが、二十分で業務を片付けて辺境の村に飛んでくるなど、前世のメガバンクなら監査役が血を吐いて倒れるレベルの過労と職権乱用である。
だが、ユリウス様は涼しい顔で私のデスクへと歩み寄り、当然のように私の手の甲へとそっと唇を寄せた。
「今日も美しいね、ミレイユ。君の淹れてくれたポポロ・コーヒーが恋しくてたまらなかったよ」
「っ……! ユリウス様、皆の前でそういうスキンシップは……っ」
顔を真っ赤にする私を見て、キャルルが「はいはい、公爵サマの毎度おなじみの溺愛タイムね」と慣れた手つきで人参ジュースをすする。
一方、初対面のユリウス様を目撃したリーザは、息を呑んで固まっていた。
「ひ、ひえぇぇぇ……っ! ななな、なんですのこの圧倒的なオーラと美貌の男性は……!? お召し物だけで私の生涯年収(予定)の数千倍はしそうですわ……っ!」
「おや、君が噂の新しい居候殿(人魚姫)か。はじめまして、私はユリウス・フォン・ルナミス。ミレイユの『婚約者』だ」
「こ、公爵様ぁぁぁっ!?」
あまりの超大物の登場に、リーザが芋ジャージのままガクガクと顎を震わせる。
ユリウス様は優雅に微笑みながら、私のデスクの上に広げられた『ポポロ村・アイドルフェス事業計画書』へと視線を落とした。
「……ほう。ポポロ村の特産品即売会と、リーザ殿の歌唱による全体バフ効果を組み合わせた地域活性化フェスティバル、か。相変わらず君の立てる計画は、隙がなく完璧だな」
「ありがとうございます。ただ……今、予算の策定で少し悩んでいたところなのです」
私がバインダーを指でトントンと叩きながら眉をひそめると、ユリウス様は少しだけ眉を寄せて私を覗き込んできた。
「予算? 何か問題でも?」
「ええ。村の予備費と、ゴルド商会やタローマンからの協賛金を合わせても、出せる予算は『金貨五十枚(約五十万円)』が限界なのです。ステージの設営費や音響魔導具のレンタル、リーザの衣装代を考えると、少し切り詰めなければならなくて……」
前世の社畜根性が抜けきらない私は、どうしても「限られた予算の中でコストカットする」という思考に陥りがちだった。
しかし、それを聞いたユリウス様の反応は、私の想像を遥かに絶するものだった。
「……なんだ、そんなことか」
「え?」
ユリウス様は呆れたようにふっと息を漏らすと、胸ポケットから漆黒の革製小切手帳を取り出した。
そして、高級な万年筆でスラスラと何かを書き走らせると、それをパッと破り取り、私のデスクの上にスッと置いたのだ。
「えーと、これは……?」
小切手に記載された数字を見た瞬間、私の思考がピタリと停止した。
『ルナミス帝国筆頭公爵家・提示小切手:金貨1,000枚(約一千万円)を無条件でポポロ村財務顧問ミレイユ・アークライトに支払うものとする』
「……き、金貨一千枚……!?」
私が素で叫んでしまうのも無理はなかった。
金貨一枚で一万円相当の価値があるこの世界において、金貨一千枚といえば、地方都市の年間予算に匹敵する天文学的な金額である。
「ゆ、ユリウス様!? これは何ですか!? 桁が三つほどおかしいのですが!?」
「何って、私が個人資産から出すイベントの協賛金だよ。私の愛しい婚約者が、こんなに嬉しそうに企画した一大イベントなんだ。予算不足などというくだらない理由で、君に妥協や苦労をさせるわけにはいかないだろう?」
ユリウス様は事もなげにそう言うと、私の手を取ってその指先に優しく口付けした。
「金貨一千枚など、私の個人資産のほんの誤差に過ぎない。これを使って、最高のステージを作りなさい。余った分はポポロ村のインフラ整備に回してもいいし、君のプライベートの買い物に使ってくれても構わないよ」
「だ、ダメですわそんなの! 公私混同が過ぎます!」
私が大慌てで小切手を押し戻そうとした、まさにその時だった。
「き……ききききき……っ」
不自然な謎の機械音が聞こえ、私たちが振り返ると。
そこには、デスクの上の小切手を凝視したまま、目と口を限界まで見開き、全身をカタカタと震わせているリーザの姿があった。
「リーザ……? どうしたの?」
「き、きんか……一千枚……っ!? 5円玉に換算したら……にいおく枚……っ!? 5円玉で……世界が埋もれる……5円玉の山で……溺れる……っ!!」
あまりの桁違いの金銭感覚(と5円玉換算)に、極貧サバイバルを生き抜いてきた彼女のキャパシティが完全に限界を突破したらしい。
「あ、あばばばばばばばばばばっ……!!(泡)」
ポンッ!という効果音と共に、リーザは口から大量の白い泡を吹き出し、白目を剥いてそのまま後ろへ派手にひっくり返った。
「リーザーーーっ!?」
「あははははっ! リーザちゃんが泡吹いて撃沈したぁっ!」
派手に床に倒れ込んだリーザを見て、キャルルが大爆笑しながらお腹を抱える。
「ちょっと公爵サマ! またそうやって金に物を言わせてミレちゃんを口説こうとするんだから! 金貨一千枚なんて、この子にとっては致死量の刺激なのよ!」
「おや、失礼した。人魚族がこれほど金銭的刺激に弱いとは計算外だったな」
ユリウス様は全く悪びれる様子もなく爽やかに微笑むと、倒れているリーザの脇にそっと金貨一枚(※介抱用の気休め)を置いてあげた。すると、白目を剥いていたリーザの手がピクッと動き、無意識のうちにその金貨を素早くジャージのポケットにねじ込んだのだった。恐ろしいまでの貧乏性(生存本能)である。
「まったく……ユリウス様、あまり私を過保護に甘やかさないでください。私、これでも元メガバンクの監査役なのですから、ちゃんと自分の力で稼ぎ出したいのです」
私が少しだけ唇を尖らせて抗議すると、ユリウス様は愛おしそうに私の目元を撫でてくれた。
「分かっているさ。だが、君をサポートし、その夢を全力で叶えてあげるのが、婚約者である私の『仕事』なんだよ、ミレイユ。……それに、君が楽しそうに働いている姿を見るのが、私にとって何よりのご褒美なのだから」
「っ……」
真面目な顔で直球の甘い言葉を投げかけられ、私はまたしても言葉に詰まってしまう。
物理最強の親友・キャルル。
極貧だが天性の輝きを持つアイドル・リーザ。
そして、圧倒的な権力と財力で私を包み込んでくれる・ユリウス様。
(本当に……なんてカオスで、温かいパーティーなのかしら)
前世の孤独なオフィスでは決して味わえなかった、賑やかで愛おしい時間。
倒れているリーザを二人で引き起こしながら、私はこの最高の仲間たちと共に、ポポロ村を世界一の場所にしてみせると、改めて心に誓うのだった。
……しかし、この時の私たちはまだ知らなかった。
リーザの奇跡のバフ能力の噂を聞きつけ、帝都から不穏な『悪徳プロモーター』の影が、ポポロ村へと迫っていることを――。




