EP 2
【絶対無敵スパチャアイドル伝説!!】5円玉の狙撃手と、元・鬼監査OLの『プロデューサー魂』覚醒ですわ
タローソンの特製デラックス幕の内弁当と特大フライドチキンによって、限界地下アイドル・リーザのHPとモチベーションは完全回復を遂げていた。
「ミレイユさん! 先ほどのお弁当の御恩、私の『命の恩人記念スペシャル・ゲリラライブ』でお返しさせていただきますわ!」
そう宣言した彼女は、ポポロ村の中央広場にどこからともなく『みかん箱』を引っ張り出し、その上にドンッ!と仁王立ちになった。
ルナミスデパートのワゴンセールで買ったという絶妙にダサい芋ジャージ姿。足元は健康サンダル。
どう見ても休日のオッサンのような出で立ちだが、彼女がみかん箱の上に立ち、マイク代わりの大根(先ほど畑でもらったものらしい)を握った瞬間――彼女の周囲の空気が、ふわりと変わった。
透き通るようなアクアブルーの髪が風に揺れ、宝石のような瞳がキラキラと輝く。
腐っても(いや、腐ってはいないが)海中国家シーランの姫君であり、人魚族。彼女の放つ生来の『華』は、間違いなく一級品だった。
「おおっ? なんだなんだ、可愛い嬢ちゃんが歌うのか?」
「村長んとこのお客さんかい? ほら、手拍子してやろうぜ!」
農作業の休憩中だった村人たちが、物珍しさにわらわらと広場に集まってくる。
私は広場のベンチに座り、キャルルと一緒にポポロ・コーヒーを飲みながらその様子を見守っていた。
「……ふふっ。ジャージ姿とはいえ、あれだけ人を惹きつけるオーラがあるのだから、きっと素晴らしい歌声なのでしょうね。人魚姫の歌といえば、伝説では船乗りを魅了するほどの美しさと――」
私が前世の童話などを思い出しながら微笑んだ、その時だった。
「ミュージック、スタートですわーっ!!」
リーザが元気よく叫ぶと、彼女は突然、大きく息を吸い込み、驚くべき肺活量で歌い始めた。
「♪た、た、たぬきのお腹は ポンポコポンポン!!」
「……えっ?」
「♪月よ〜月で〜頭は ハーゲハゲでピーカピカ〜!」
響き渡る、ものすごく美しくて透き通った声。
しかし、そのメロディと歌詞は、どう聞いても昭和の宴会で酔っ払ったオジサンがネクタイを頭に巻いて歌う『ハゲたぬきのポンポコ節』だった。
「♪お尻はツールツル〜 ターマターマはマ〜ルマル〜! (ソレ! ヨイヨイ!)」
しかも、リーザは曲の合いの手に合わせて、自分の芋ジャージのお腹を「ポンポコポン!」と軽快なリズムで叩き始めたのだ。
圧倒的な美少女が、ものすごく真剣な顔で、お腹を叩きながらハゲたぬきの歌を熱唱している。
「ぶふぅっ!!」
隣で見ていたキャルルが、耐えきれずにコーヒーを噴き出した。
「あははははっ! 何あれ、最高! リーザちゃん、すっごい面白いんだけど!」
「ちょ、ちょっとキャルル、笑い事じゃ……あの子、一応王族……っ」
私があまりのカオスな光景に頭を抱えかけた、まさにその瞬間だった。
広場の隅から、お祭りの屋台の残り物の匂いを嗅ぎつけたらしい、凶暴そうな『野良の魔犬』がヨダレを垂らしながら乱入してきたのだ。
「グルルルルッ……!」
「きゃああっ! 野良犬よ!」
「誰か、自警団を呼んでくれ!」
パニックになりかける村人たち。
キャルルが「チッ、お昼寝の時間に邪魔しないでよね」とダブルトンファーを抜こうと腰を浮かせた。
だが、みかん箱の上のトップアイドル(自称)は、全く動じていなかった。
「私のステージを邪魔するアンチ(野良犬)には、これですわ!」
リーザはジャージのポケットから、ピカピカに磨き上げられた『5円玉(真鍮の硬貨)』を取り出した。
そして、あろうことかその5円玉を、自分の美しい鼻の穴にスポッ!と詰めたのだ。
「えっ……ウソでしょ」
私が戦慄する中、リーザは大きく息を吸い込み、野良犬に狙いを定めて――。
「フンッ!!!」
パァァァンッ!!
鼻息と共に射出された5円玉は、まるでライフルの弾丸のような速度と正確さで宙を切り裂き、野良犬の眉間にクリティカルヒットした。
「キャンッ!?」
野良犬は目を回し、尻尾を巻いて猛スピードで森の奥へと逃げ帰っていった。
「…………」
「…………」
広場に、水を打ったような静寂が落ちる。
しかし数秒後。
「うおおおおおっ!! すげえええええっ!!」
「鼻から5円玉飛ばしたぞあの嬢ちゃん!!」
「最高だ! もう一回! もう一回ポンポコ歌ってくれぇっ!」
村のオジサンやお婆ちゃんたちが、腹を抱えて大爆笑し、割れんばかりの拍手と歓声を送り始めたのだ。
その熱狂に応えるように、リーザは「ハイ! ハイ!」とコールを煽りながら、二番の『♪は、は、葉っぱを乗せても ドロンとドンドン』へと突入していく。
(……何よ、この異様な盛り上がりは)
私は呆然としながら、熱狂する村人たちを見回した。
そこで、私はある『異変』に気がついた。
つい先ほどまで、朝からの農作業で腰をトントンと叩き、「疲れたなぁ」とこぼしていたはずの農家のお爺ちゃんたちが、まるで若者のように飛び跳ねて手拍子をしているのだ。
顔色はツヤツヤになり、明らかに疲労が抜け落ちている。
私は扇子をそっと開き、自分の目を疑いながら【絶対監査】のスキルを発動した。
網膜に浮かび上がったのは――リーザを中心に、広場全体を包み込むように波及している『黄金色の魔力オーラ』だった。
【ステータス監査結果】
対象:リーザ・シーラン・リヴァイアサン
発動中スキル:『Love & Money(バフ効果)』
効果:歌声を聞いた者の疲労度を完全回復。闘気・魔力の一時的な最大値上昇。さらに『笑顔』になることで自己免疫力が極限まで高まる奇跡のバフ。
「……信じられない」
私は思わず立ち上がった。
彼女のあのふざけたポンポコ節の裏で、人魚姫としての規格外の魔力が、村人全員に『超強力な広範囲回復バフ』をかけ続けていたのだ。
『私が歌っているその瞬間だけは、全部忘れて、私だけを見てくれるんですの。……その代わり、彼らの人生に宇宙一の幸せな時間を与えてあげるんです』
いつかキャルルから聞いた、リーザのアイドルとしての哲学。
彼女は決して、ただふざけているわけではない。本気で、この村の人たちを笑顔にして、疲れを癒やそうとしているのだ。
たとえ鼻に5円玉を詰めようが、芋ジャージを着ていようが。彼女の『ファンを救いたい』という祈りは、本物なのだ。
「♪み〜んな合わせて 腹太鼓〜! ポンポコ ピーヒャラ テーンツルリン! サンキュー、ポポロ村ーっ!!」
リーザが深々と頭を下げると、広場はスタンディングオベーションに包まれた。
「ありがとな嬢ちゃん! 腰の痛みがスッカリ消えちまったよ!」
「これ、お小遣い! お賽銭箱に入れておくからね!」
村人たちが次々と、リーザが用意した手作りの『お賽銭箱型段ボール』に銅貨や銀貨を投げ入れていく。
リーザは汗だくになりながら、満面の笑みで「五円(御縁)をありがとうございますぅ!」と手を振っていた。
「……ミレちゃん?」
キャルルが不思議そうに私を見上げる。
「私、今、猛烈に感動しているわ」
「えっ? あのハゲたぬきの歌で!?」
私はバインダーを強く抱きしめ、熱い吐息を漏らした。
前世のメガバンク時代、数え切れないほどの企業を見てきた。その中で、本当に価値のある『原石』に出会った時の、あの血が沸き立つような感覚。
それが今、私の全身を駆け巡っている。
圧倒的なビジュアル、観客を笑顔にする天性の愛嬌、そして実益(最強の全体バフ)をもたらす奇跡の能力。
なのに、本人はセルフプロデュースの方向性を完全に間違えて(太郎の影響で)、芋ジャージでパンの耳をかじっている。
「……もったいない。あまりにもったいないわ。こんな超優良資産を、みかん箱の上でくすぶらせておくなんて、監査役としての私のプライドが許さない」
私はヒールを鳴らして、片付けをしているリーザの元へと真っ直ぐに歩み寄った。
「あ、ミレイユさん! 見てくれましたか? 私のステージ! ちゃんと恩返し、できましたでしょうか?」
汗を拭いながら、どこか不安げに上目遣いで聞いてくるリーザ。
私は彼女の小さな両手を、ガシッと強く握りしめた。
「最高だったわ、リーザ。あなたのパフォーマンスは、この村の労働生産性を飛躍的に向上させる、最高の『エンターテインメント』よ」
「えっ……? ろ、ろうどうせいさんせい……?」
「決めたわ。私、あなたの『プロデューサー』になる」
「……ぷ、プロデューサー?」
リーザが目をパチクリとさせる。
「ええ。みかん箱なんて今日で卒業よ。私があなたに、最高の衣装と、最高のステージを用意してあげる。ポポロ村の特産品を売り出すための『広告塔』として、あなたをルナミス帝国一……ううん、世界一のトップアイドルに育て上げてみせるわ!」
「せ、世界一のトップアイドル……!!」
リーザの瞳に、信じられないほどの輝きが宿った。
「やります! 私、やりますわ、ミレイユプロデューサー! お肉と白いご飯のため……じゃなくて、世界中のファンに幸せと『五円(御縁)』を届けるために!」
元・鬼監査OLの『プロデューサー魂』に、完全に火がついた瞬間だった。
この純真で強欲な限界地下アイドルを、絶対に世界一のステージに立たせてみせる。
私の頭の中ではすでに、ポポロ村を巻き込んだ壮大な『アイドルフェス事業計画書』の計算が、凄まじいスピードで構築され始めていた。
読んでいただきありがとうございます。
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