第二章 「限界地下アイドル(人魚姫)を絶対監査でプロデュース!?極貧サバイバル少女と氷の公爵様に囲まれて、村のフェスは大熱狂ですわ」
ポポロ村の新たな居候。みかん箱の上の人魚姫と、パンの耳をかじる美少女に元・鬼監査OLの母性が大爆発ですわ!
セドリックという過去の負債を完全に清算し、公爵様との極上の婚約(仮)を結んでから数日後。
秋の収穫祭を終えたポポロ村には、再びのどかで平和な日常が戻ってきていた。
「おはよう、キャルル。昨日の屋台の売上予測と実額の差異の確認なんだけど……って、あら?」
朝一番で村長宅のダイニングを訪れた私は、そこに広がる『異様な光景』に思わず足を止めた。
木漏れ日が差し込む温かい食卓。
私の親友であり、ポポロ村の村長であるキャルルは、タローマン製の可愛いエプロンを身につけ、こんがり焼けた厚切りのトーストと、色鮮やかな特製野菜ジュース、そして目玉焼きという完璧な朝食を優雅に楽しんでいる。
問題なのは、彼女の向かいの席だ。
「あむっ、あむあむ……んんっ、今日の雑草は少し苦みが強いですわね。でも、茹で卵の白身と合わせれば立派なサラダですわ!」
そこには、透き通るようなアクアブルーの長い髪と、宝石のようにキラキラと輝く瞳を持った、誰もが振り返るほどの美少女が座っていた。
しかし、彼女が身に纏っているのはルナミスデパートのワゴンセールで売られていそうな『絶妙にダサい芋ジャージ』。足元には年季の入った『健康サンダル』。
そして何より、彼女が満面の笑みでかじっている朝食のメニューは――山盛りの『パンの耳』と『特売の茹で卵』、そしてどう見ても公園で摘んできたばかりの『雑草』だった。
あまりにも残酷すぎる、食卓の経済格差。
私が絶句していると、キャルルがウサギ耳を揺らしながら苦笑いをした。
「あ、ミレちゃんおはよう。ごめんね、紹介するよ。この子はリーザ。私が帝都のシェアハウスに住んでた頃のルームメイトなんだけど……私がポポロ村の村長になったって聞いて、昨日から急遽ここに居候することになったの」
「リ、リーザです! 初めまして!」
リーザと呼ばれた美少女は、パンの耳を慌てて飲み込むと、バッ!と勢いよく立ち上がり、芋ジャージ姿のままビシッと完璧なポーズを決めた。
「海中国家シーランの親善大使にして、ルナミス帝国が誇るスーパー絶対無敵のトップアイドル! リーザ・シーラン・リヴァイアサンです! 以後、お見知りおきを!」
「ア、アイドル……? しかも、シーラン国のお姫様……?」
私は目を丸くした。シーラン国といえば、魚人や人魚が住む豊かな海中国家だ。その女王リヴァイアサンの娘といえば、間違いなく王族である。
そんな高貴な身分の方が、なぜ芋ジャージで雑草を食べているのか。
私が混乱していると、キャルルが私の耳元でコソコソと耳打ちをしてきた。
『……トップアイドルって言ってるけどね、実態はみかん箱の上で歌ってる限界地下アイドルなの。親善大使でこっちに来たのに、歌うことにドハマりしちゃって。女王様には「大成功してる」って手紙書いてるみたいだけど、実際はパンの耳で食いつないでる極貧生活なのよ』
『……なるほど』
私は扇子で口元を隠し、そっと【絶対監査】のスキルを発動した。
私の網膜に、リーザの現在のステータスと財務状況がホログラムとして展開される。
【所持金:銅貨0枚、同粒5枚(約5円)】
【主食:パンの耳、タローソンの廃棄弁当、炊き出しの豚汁】
【直近の戦闘歴:タローソンの廃棄弁当を巡り、野良犬と死闘。鼻の穴に5円玉を詰めて射出し、撃退に成功】
……なんだこの、涙なしには見られないサバイバル履歴は。
一国の姫君が、野良犬と廃棄弁当を争って鼻から5円玉を飛ばしているなど、どこの三面記事だ。
「ふふん! 驚きましたか? 私の美貌とオーラに!」
「え、ええ。色んな意味でとても驚いているわ。リーザさん、あなた……その、お腹は空いていないの?」
私が恐る恐る尋ねると、リーザはツンとすまして胸を張った。
「ア、アイドルは施しなんて受けないんですから! 私にはファンのみんなの愛がありますし! この雑草サラダも、美肌を保つための最新のオーガニック・ダイエットの一環ですわ!」
「そう。じゃあリーザちゃん、私のこの厚切りベーコンエッグ、半分食べる?」
キャルルがフォークにベーコンを刺して差し出した瞬間。
「食べますぅぅぅぅっ!!」
リーザのアイドルのプライドは秒で崩壊し、彼女は床に膝をついて見事な土下座(スライディング土下座)をキメた。
その速さと滑らかさは、明らかに月末の家賃滞納時などに何度も実戦で鍛え上げられたプロの動きだった。
「お肉! お肉ですわ! キャルル様、一生ついていきますわぁっ!」
「はいはい、ゆっくり食べてね。ミレちゃん、この子本当にこんな感じで……根はすっごく良い子なんだけど、見ててハラハラするというか……」
「…………」
私は無言で、ベーコンを涙ぐみながら咀嚼するリーザを見つめていた。
私の胸の奥底で、何かがパチンと弾ける音がした。
前世の私は、メガバンクで鬼の監査OLとして恐れられていた。だが、新入社員の頃は違った。
薄給と激務。給料日前は本当にお金がなく、コンビニで一番安いカップ麺をすすり、もやし炒めで飢えを凌いでいたあの頃。
『夢』や『やりがい』という言葉に搾取され、ボロボロになりながらも必死に笑顔を作って働いていた、あの頃の私自身と――目の前でパンの耳と雑草をかじる、この純真で不器用なアイドルの姿が、完全に重なってしまったのだ。
「……許せないわ」
「えっ? ミレちゃん?」
「夢を追う若い子が、こんな栄養失調ギリギリの生活をしているなんて。こんな不健全なキャッシュフロー、私の【絶対監査】が絶対に許しません!」
私はバンッ! とダイニングテーブルを叩いて立ち上がり、ベーコンを咥えたままビクッとしているリーザの手をガシッと掴んだ。
「ひゃっ!? な、なんですか!?」
「リーザ。あなた、今日のお昼の予定は?」
「えっと、早起きしてラジオ体操のスタンプは貰ってきたので……お昼はルナミスマートの試食コーナーを巡回して、献血ルームで無料のハンバーガーをゲットする予定ですが……」
「そんなプロのホームレスみたいなスケジュールは今すぐキャンセルしなさい。行くわよ」
「えええっ!? ど、どこへ!?」
「タローソンよ。あなたに、本物の『肉』と『炭水化物』の味を叩き込んであげるわ」
私はリーザの腕をぐいと引き、キャルルの家を飛び出した。
向かった先は、ポポロ村の大通りにある24時間営業のコンビニ『タローソン』だ。
「いらっしゃいませー……って、ミレイユ先生! いつも村の帳簿でお世話になってます!」
「店長さん、おはようございます。今すぐ、このお店で一番カロリーが高くて高いお弁当を温めてちょうだい。それと、レジ横のホットスナックの『特大フライドチキン』を三つ。デザートにプリンとエクレアもお願い」
私はカゴいっぱいに食料を詰め込み、ポンッと銀貨をカウンターに置いた。
その光景を見ていたリーザは、芋ジャージの袖をギュッと握りしめながら、顔を真っ赤にして首を横に振った。
「だ、ダメですわ! 私、こんな高価な施しを受け取るわけには……っ! アイドルとしての矜持が……っ!」
「施しじゃないわ。これは『投資』よ」
「……投資?」
私はほかほかに温まった『特製タローソン・デラックス幕の内弁当(ご飯大盛り)』と、肉汁が滴るフライドチキンをリーザの手に強引に握らせた。
「アイドルなら、身体が資本でしょう? そんなペラペラのジャージで雑草なんて食べていたら、ステージで最高のパフォーマンスなんてできないわ。ポポロ村に居候するなら、私があなたのスポンサー(プロデューサー)になってあげる。だから、今は何も言わずに食べなさい」
「っ……」
ほかほかのお弁当から漂う、圧倒的な暴力とも言える白米と肉の匂い。
リーザの大きなお腹の虫が、きゅるるるぅぅぅ……と、タローソンの店内に響き渡るほど盛大に鳴った。
「……いただきますぅぅっ!」
もう我慢の限界だったのだろう。
リーザは店内のイートインスペースに座り込むと、涙をボロボロと流しながら、フライドチキンと幕の内弁当を猛烈な勢いでかき込み始めた。
「あむっ、んぐっ……美味しい……お肉が、ぶあつい……っ! 白いご飯が、あたたかいですぅぅ……っ!」
「ゆっくり食べなさい。お茶もあるわよ」
私は彼女の背中を優しく擦りながら、温かいお茶のペットボトルを開けて手渡した。
前世で、後輩にご飯を奢っていた頃の『お姉さん気質』が完全に爆発している自覚はある。だが、不思議と悪い気はしなかった。
「ミレイユさん……あ、ありがとうございます。私、こんなに美味しいご飯を食べたの、ルナミス帝国に来てから初めてかもしれません……っ」
口の周りにご飯粒をつけながら、満面の笑みで私を見上げるリーザ。
その笑顔は、彼女が着ているダサいジャージを補って余りあるほど、純粋でキラキラと輝く『本物のアイドル』の光を放っていた。
「ふふっ。いい食べっぷりね」
「私、絶対にお返ししますから! 私の歌で、ポポロ村のみんなとミレイユさんに、宇宙一の幸せな時間をプレゼントしますわ!」
「ええ、楽しみにしているわ」
氷の公爵様との極上の恋もいいけれど、こういう騒がしくて愛おしい日常も、悪くない。
極貧の限界地下アイドルという、とんでもない新メンバーをポポロ村に迎え入れ、元・鬼監査OLの私の異世界ライフは、ますます賑やかでカオスな方向へと加速していくのだった。
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