EP 13
氷の公爵からの正式なプロポーズ!「君の計算式に、私という生涯の伴侶を組み込んでくれ」
収穫祭の喧騒から少し離れた、静かなテントの陰。
ポポロ村の心地よい秋風が吹き抜ける中、私はルナミス帝国筆頭公爵であるユリウス様と、二人きりで向かい合っていた。
「私だけのものになってくれ、ミレイユ」
甘く、低く、鼓膜を震わせるような極上のテノールボイス。
至近距離で見つめてくる彼の、氷のように透き通った青い瞳には、私への底知れない熱情と独占欲がはっきりと宿っている。
前世の私は、メガバンクの内部監査として、ただひたすらに数字と不正に向き合い、会社の歯車として過労死するまで使い潰された。
今世でも、政略結婚の相手であるセドリックのために身粉をにして働き、結果として冤罪を着せられ追放された。
(誰かに甘えることなんて、ずっと忘れていた。自分の価値は、生み出す利益と仕事の成果でしか証明できないと思っていたのに……)
目の前にいるこの人は、違う。
私の能力を誰よりも高く評価しつつ、それ以上に「ミレイユ・アークライト」という一人の女性を、無条件で慈しみ、守ろうとしてくれている。
「……ユリウス様。私は、可愛げのある女ではありませんわよ」
私は高鳴る心臓の音を必死に抑えながら、真っ直ぐに彼を見つめ返した。
「物事を数字や『費用対効果』でしか測れない、仕事中毒の堅物です。公爵夫人になっても、お屋敷の無駄な経費を削り、使用人たちの業務フローを監査してしまうかもしれません。甘い愛の言葉よりも、事業計画書を読んでいる方が落ち着くような女ですわ」
「ふふっ。それがいいんじゃないか」
ユリウス様は私の腰に回した腕をさらに引き寄せ、愛おしそうに微笑んだ。
「君のその厳しくも優しい『監査』が、私の領地……いや、帝国全体をどれほど豊かに導いてくれるか。だが、そんなことはどうでもいい。私はただ、帳簿と睨み合いながら一生懸命に眉間に皺を寄せる君の横顔を、誰よりも近くで、独り占めして眺めていたいだけなのだから」
「っ……」
「君はリスクを計算するプロだろう? 私という男に投資するリスクとリターン、今ここで弾き出してみてくれないか」
熱を帯びた吐息が、私の頬を掠める。
彼に投資するリスク。……そんなもの、考えるまでもない。
帝国最高の権力、莫大な財力、そして何より、私を絶対に裏切らないという強固なまでの愛情。
これほどリターンが確約された、最高峰の『優良資産』が他にあるだろうか。
「……計算、終わりました」
私は彼のフロックコートの胸元にそっと両手を添え、少しだけ背伸びをした。
「リスクは限りなくゼロ。リターンは……計測不能なほど莫大です。私の人生というポートフォリオに、ユリウス様という最大の資産を、生涯にわたって組み込ませていただきます。……途中解約は、違約金が高くつきますわよ?」
精一杯のビジネス用語を交えた私なりのプロポーズの返答に、ユリウス様は一瞬だけ目を丸くし――次の瞬間、堪えきれないように歓喜の笑声を上げた。
「あっはっはっ! 最高の褒め言葉だ、ミレイユ! ああ、違約金など一生発生させない。私のすべては、今日から君のものだ」
ユリウス様は私を強く、けれど壊れ物を扱うように優しく抱きしめた。
彼の大きな背中に腕を回すと、高級な香水の香りと、安心しきったような彼の体温が私を包み込む。
それは、前世からずっと一人で戦い続けてきた私が、初めて手に入れた『絶対的な帰る場所』だった。
「――こほんっ!」
わざとらしい咳払いが聞こえ、私たちが慌てて身体を離すと、そこには巨大な『高級サケスキー』の瓶を抱えたキャルルが、ジト目でこちらを睨んでいた。
「キャ、キャルル! 魚突きゲーム、もう終わったの!?」
「終わったわよ! 圧倒的な動体視力で一番大きいのを仕留めてきたんだから! ……って、私が気を利かせて席を外してる間に、すっかり『ズブズブの関係』になっちゃってまぁ」
キャルルはウサギ耳をパタパタと揺らしながら、ため息をついてユリウス様に瓶を押し付けた。
「ほら、公爵サマ。お土産。……ミレちゃんのこと、泣かしたらマジで『超電光流星脚』だからね。婚約者になったからって、容赦しないんだから」
「ああ、喜んで受け取ろう。親友殿の厳しい監視の目があるからこそ、私も気を引き締めて彼女を愛することができる」
ユリウス様が爽やかにサケスキーを受け取ると、キャルルは「ふんっ」とそっぽを向きながらも、その口元は嬉しそうに緩んでいた。
本当に、素直じゃない最高の親友だ。
「さあ、祭りはまだこれからだ。私の『婚約者』として、堂々と広場を歩こうか」
ユリウス様にエスコートされ、キャルルと共に再び光り輝く広場へと戻る。
村人たちの笑顔、美味しい屋台の匂い、そして隣には最愛のパートナーと親友。
私の幸せは、今まさに絶頂を迎えようとしていた。
* * *
だが、光り輝く祭りの裏側、ポポロ村の境界線である暗い森の中。
泥と悪臭にまみれた『愚か者』が、狂気の瞳をギラつかせながら、ついに村の領域へと足を踏み入れていた。
「ぜぇっ……はぁっ……。ここだ、ここがポポロ村……!」
元・ルージュ伯爵令息、セドリック。
すべてを失い、浮浪者と化した彼の手には、帝都の闇市で全財産を叩いて手に入れた『違法魔導爆弾』が握られている。
起動させれば半径50メートルを火の海に変えるという、恐るべき大量破壊兵器だ。
「ミレイユ……! お前さえ、お前さえいなければ、俺は今でも優雅な貴族だったんだ……! なのに、俺を差し置いて公爵といい思いをしやがって……!」
セドリックはドロドロに汚れた靴で、村の境界を越えた。
彼のような無能には気付けないが、今のポポロ村には、私がドンガン地下帝国の技術を取り入れて構築した『最新鋭の魔導防衛フィールド』が張られている。
彼が境界線を越えた瞬間、村長室の防衛システムと、私の魔導デバイスにはすでに【不法侵入者あり・危険度S】のサイレントアラートが送信されていた。
だが、セドリックは自分が完全に「奇襲」に成功していると信じて疑わない。
「ひひっ……あはははっ! 死ね! あの女も、この生意気な村も、全部俺の道連れだぁぁっ!」
森を抜け、祭りの提灯が眩しく輝く中央広場へと、セドリックは狂ったような奇声を上げながら飛び出した。
彼の視線の先には、美しいミッドナイトブルーのドレスに身を包んだミレイユと、長身のユリウス、そしてウサギ耳のキャルルの姿がある。
「ミレイユゥゥゥッ!!」
突如として広場に現れた、悪臭を放つ泥まみれの狂人。
村人たちのざわめきがピタリと止まる。
「セドリック……?」
私がその男の正体に気づき、小さく名前を呼んだ瞬間。
「死ねぇぇっ! お前も、俺の人生も、全部これで終わりだぁぁぁっ!」
セドリックは高らかに笑いながら、手に持った『違法魔導爆弾』の起動スイッチを乱暴に押し込んだ。
ドクン、と不気味な赤い光が爆弾に灯り、膨大な魔力が圧縮されていく。
「ひっ!? な、なんだあいつ!」
「爆弾だぞ! 逃げろ!」
悲鳴を上げる村人たち。
だが、私たちは誰一人として、その場から一歩も動かなかった。
「……おや。まだ掃除しきれていないゴミが残っていたとは。帝国の財務卿たる私の警備の甘さだな」
ユリウス様は焦るどころか、氷のように冷酷な瞳でセドリックを見下ろし、私を庇うようにスッと前に出た。
「ミレちゃんのお祭りを台無しにするなんて……ホント、どこまでも救いようのないクズね」
キャルルは一切の感情を排した声で呟き、背中から『ダブルトンファー』をゆっくりと引き抜く。
そして私は。
パチン、と扇子を開き、自暴自棄になって笑う元婚約者の手元にある爆弾へ向けて、静かに【絶対監査】のスキルを発動していた。
網膜に浮かび上がる、兵器の流通経路、部品の材質、そして魔力回路の構造。
その結果を見た私は、思わず呆れたようなため息を吐き出した。
「セドリック。あなたは本当に……最後まで『買い物』の下手な方ですわね」
自分の命を懸けた最後の自爆テロすら、元・鬼監査OLと最強の親友、そして絶対権力を持つ公爵様の前では、ただの『滑稽な余興』に過ぎない。
愚か者への最終決算(本命ざまぁ)の幕が、今、静かに上がろうとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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