EP 12
豊穣のポポロ村収穫祭とお忍びデート!特製ずっ友ロコシの半分こで、公爵様の甘い独占欲が爆発します
抜けるような秋晴れの空の下、ポポロ村は一年で最も活気にあふれる『収穫祭』の朝を迎えていた。
村の中央広場には、色鮮やかなテントや屋台が所狭しと並び、特産品の『月見大根』の煮込みや、『太陽芋』のバター焼きの香ばしい匂いが漂っている。ドンガン地下帝国から輸入した魔導ランタンが華やかに飾り付けられ、協賛企業であるタローマンやゴルド商会ののぼり旗が風に揺れていた。
私は村長室の姿見の前で、小さく深呼吸をした。
身に纏っているのは、昨日ユリウス様から贈られたミッドナイトブルーのドレス。
最高級のシルクは驚くほど軽く、付与された温度調節魔法のおかげで、秋の少し冷たい風の中でもふんわりと暖かく快適だ。それに、どんな衝撃も弾くという『絶対防御魔法』の安心感が、今の私には何よりも心強かった。
「……よし。お化粧も崩れてないわね」
少しだけ念入りに引いたリップを確認し、私は広場へと足を踏み出した。
「ミレちゃん! こっちこっち!」
真っ先に私を見つけて手を振ってくれたのは、親友のキャルルだった。
彼女も今日はお祭りのために、タローマン製の可愛いチェック柄のワンピースを着ている。もちろん足元は特注の安全靴だし、背中にはダブルトンファーを背負っているが。
そして、キャルルの隣で私を待っていたのは――。
「…………」
完璧に仕立てられた、少しだけカジュアルダウンした漆黒のフロックコート姿のユリウス様だった。
普段の威圧的な『氷の公爵』の冷たさは完全に鳴りを潜め、今の彼は、ただ一人の女性を待ちわびる極上の紳士の顔をしている。
私が二人の前に歩み寄ると、ユリウス様は息を呑み、しばらく言葉を失ったように私の全身を見つめた。
「あの……変、でしょうか。こんな高価なドレス、私なんかが着てもドレス負けしているんじゃ……」
「とんでもない」
ユリウス様はスッと片膝をつき、私の右手を取って、その甲にうやうやしく口付けを落とした。
「私が想像していたよりも、遥かに……ため息が出るほど美しい。夜空の星をすべて集めても、今の君の輝きには敵わないよ。このドレスを君に贈ることができて、私は本当に幸せだ」
「っ……! あ、ありがとうございます……」
朝一番から致死量の甘い言葉を浴びせられ、私の顔は一瞬でりんごのように真っ赤になった。
「ちょっと公爵! ミレちゃんをからかわないでよ! ミレちゃんは私が一番可愛いって知ってるんだから!」
「からかってなどいないさ。事実を述べただけだ。……さあ、愛しいミレイユ。今日は財務顧問の仕事は忘れて、この私にエスコートさせてくれないか?」
ユリウス様が優雅に右腕を差し出す。
私が恐る恐るその腕に手を添えると、彼は満足そうに微笑み、私の手を自分の胸元へと引き寄せた。
こうして、私とユリウス様、そして護衛(という名目の食べ歩き要員)のキャルルによる、収穫祭のお忍びデートが幕を開けた。
「あっ、ここの屋台の太陽芋、すごく美味しそうね! 原価率を考えると、この価格設定なら利益率は……あ、ダメダメ、今日は仕事のことは考えないって決めたのに」
職業病でつい【絶対監査】のスキルを発動しそうになる私を、ユリウス様がクスッと笑って止める。
「君の勤勉さは素晴らしいが、今日は私が君の財布だ。値段など気にせず、好きなものを好きなだけ頼むといい」
「そうだよミレちゃん! 公爵の奢りなんだから、遠慮したら損だよ! すいませーん! 太陽芋のバター焼き三個と、ピラダイの塩焼き三個くださーい!」
キャルルが元気よく屋台のおじさんに注文する。
屋台のおじさんは私を見るなり、パァッと顔を輝かせた。
「おおっ、ミレイユ先生じゃないか! 先生がゴルド商会とのルートを繋いでくれたおかげで、今年の祭りは例年の十倍の予算が組めたんだ! ほら、バター焼きは特大サイズにしといたよ! 金なんかいらねえ、持っていきな!」
「まぁ、ありがとうございます。でも、お金はきちんとお支払いしますわ」
「おじさん、これで足りるかな?」
ユリウス様がスッと、金貨を一枚(約10000円相当)屋台のカウンターに置いた。屋台の食べ物数個に対して、明らかに桁違いの支払いだ。
「ひぃっ!? こ、金貨!? 釣り銭なんてねえですよ!」
「釣りはとっておいてくれ。私の未来の妻が、日頃から世話になっている礼だ。これからも彼女とポポロ村を支えてやってほしい」
「み、未来の妻ぁっ!?」
おじさんが腰を抜かしそうになるのを横目に、ユリウス様は涼しい顔で太陽芋を受け取り、私に手渡してくれた。
「ユリウス様……! 金貨をポンと出すなんて、金銭感覚が狂っていますわ!」
「君がこの村に生み出した莫大な利益に比べれば、安いものだ。それに、村人たちから愛されている君の姿を見られて、私はとても誇らしいよ」
甘く囁かれ、私は太陽芋よりも熱くなった頬を誤魔化すように、ホクホクの芋を口に運んだ。
バターの塩気と芋の強烈な甘みが、口の中でとろけていく。
その後も、私たちは村の屋台を満喫した。
ユリウス様の「ルナミスデパート・プレミアムラウンジ年間パスポート」を大活用し、キャルルは『メロロンの完熟特大パフェ』を抱えて満面の笑みを浮かべている。
「ミレちゃん、私、あっちでやってる『ピラダイの魚突きゲーム』に参加してくるね! 優勝賞品の高級サケスキー、公爵サマのお土産に取ってきてあげるから、ちょっと二人で待ってて!」
キャルルはパフェを平らげると、気を利かせたのか、あるいは単に魚突きに惹かれたのか、マッハの速度で人混みへと消えていった。
ポツンと、私とユリウス様の二人きりになる。
周囲は祭りの喧騒に包まれているのに、彼と腕を組んでいるこの空間だけが、まるで魔法にかけられたように甘く静かだった。
「キャルル殿は、本当に君思いの素晴らしい親友だな」
「ええ。彼女がいなければ、私は今頃どうなっていたか……」
私たちがゆっくりと歩いていると、ふと、甘く香ばしい醤油の匂いが漂ってきた。
見れば、こぢんまりとした屋台で、こんがりと焦げ目のついたとうもろこしが焼かれている。
「あら、あれは……『ずっ友ロコシ』?」
「ずっ友ロコシ?」
「はい。ポポロ村で稀に収穫される、信じられないほど甘くて美味しい禁断のとうもろこしです。言い伝えでは、これを半分にして相手に渡せば、これまでの関係をすっ飛ばして『ズブズブの深い関係(ずっ友)』になれるとか……。あまりの美味しさに、帝都の汚職の賄賂に使われたこともあるそうですわ」
私が前世の汚職事件を思い出しながら解説すると、ユリウス様の青い瞳が、キラリと妖しく光った。
「……深い関係になれる、か。それは素晴らしい」
ユリウス様は屋台に歩み寄り、またしても気前よく銀貨を弾いて、熱々の『ずっ友ロコシ』を一本買い求めた。
そして、私の目の前で、それをパキリと綺麗に半分に割ったのだ。
「ミレイユ」
「は、はい」
「伝説の通りなら、これを分け合えば、君と私は『ズブズブの深い関係』になれるらしい。……受け取ってくれるか?」
差し出された半分ずつのとうもろこし。
彼の手からそれを受け取ると、指先が触れ合い、ビクンと心臓が跳ねた。
熱々のとうもろこしを一口齧る。
瞬間、脳が溶けるかと思うほどの強烈な甘みと、醤油の香ばしさが口いっぱいに広がった。
「んっ……! すごく、美味しいです……っ」
「ああ。本当に甘いな」
ユリウス様は自分の分を食べるのではなく、とうもろこしを齧る私の唇を、熱を帯びた瞳でじっと見つめていた。
「ゆ、ユリウス様も、冷めないうちに……」
「ミレイユ。このとうもろこしの名前は『ずっと友達(ずっ友)』だったな」
「え? ええ、そうですが……」
ユリウス様は私の腰にスッと腕を回し、人混みの死角になるテントの陰へと、私を優しく引き寄せた。
「困ったな。私は君と『友達』のままでいるつもりなど、毛頭ないのだが」
「っ……」
至近距離で囁かれる極上のテノールボイス。
彼の顔が近づき、私の唇の端……ほんの少しだけついていた醤油ダレを、彼が自身の指でそっと拭い取った。
そして、その指先を、彼自身の艶やかな唇で舐めとったのだ。
「甘いな。……君が口にしたものなら、すべてが極上の蜜のようだ」
「ゆ、ゆりうす、さま……っ!」
「君を誰にも渡したくない。過去のしがらみも、君を傷つけた愚か者たちも、私がすべて消し去る。だから……私だけのものになってくれ、ミレイユ」
それは、甘く、重く、逃げ場のない愛の告白だった。
彼の真摯な瞳に射抜かれ、私の心拍数は限界を突破しようとしていた。
【絶対監査】のスキルを使わなくても分かる。彼が私に向けている愛情に、嘘も誤魔化しも、一切の無駄もないということが。
「私……」
私が小さく頷こうとした、その時だった。
* * *
「笑っていられるのも、今のうちだぞ……ミレイユ……っ!」
ポポロ村の境界、華やかな祭りの光が届かない深い闇の森の中。
ボロボロの浮浪者のような姿になり果てたセドリック・ヴァン・ルージュが、木の陰から憎悪に満ちた目で村の広場を睨みつけていた。
彼の手には、帝都の闇ルートで手に入れた『違法魔導爆弾』が握られている。
起動させれば、ポポロ村の広場を跡形もなく吹き飛ばす威力を持つ、最悪の兵器だ。
「すべてを奪ったお前を……俺の手で、粉々に引き裂いてやるぅっ!」
狂気に囚われた愚か者が、破滅の足音を立てて、平和な村の結界を一歩、また一歩と踏み越えようとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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