EP 11
豊穣のポポロ村と魔性のメロン。公爵様からの甘い贈り物と、逃亡する愚か者
「お願いです! 食べないでください! 隣町のギルドマスターが、実は毎晩カツラを外して磨いているという極秘のネタを提供しますからぁ!」
「とても興味深い三面記事ネタですが、村の収益には直結しませんわね。あなたは予定通り、明日の収穫祭のロールキャベツの具になります」
ポポロ村の広大な農地。
私はバインダーを片手に、収穫箱の中で命乞いをする『ネタキャベツ』を冷酷に(しかし手際よく)仕分けしていた。
いよいよ明日に迫った、ポポロ村最大のイベント『秋の収穫祭』。
村の財政を一手に担う財務顧問として、特産品の在庫管理と屋台の売上予測は完璧にこなさなければならない。
「ギャーッ!」
「あ、コラ! 逃げるな人参マンドラ!」
少し離れた畑では、引っこ抜かれた瞬間に悲鳴を上げて走り出した人参マンドラを、村長のキャルルがマッハの速度で追いかけ、的確なローキックで収穫カゴに蹴り戻していた。
相変わらず、この村の農作物は自己主張が強すぎる。
「ミレちゃん、こっちの『月見大根』と『太陽芋』の収穫も終わったよ! ……あ、ちょっと待って。こっちの畑には近づかないで!」
「え? なぜかしら」
私が近づこうとすると、キャルルが慌てて両手を広げて通せんぼをした。
彼女の背後の畑には、丸々とした立派なメロンが実っている。
「パパ……おみず……すき……」
なんと、その小さなメロンの一つが、舌足らずな片言で喋りながら、蔓を揺らしてこちらにすり寄ってきたのだ。
「あら、可愛い……」
「ダメだよミレちゃん! そいつは『メロロン』のベビー種! 成長すると極上の甘い声で『食べてもいいのよ?』って誘惑してきて、収穫する農家のおじさんたちを骨抜きにする魔性の果実なんだから! 耳栓と鼻栓がないと、あっという間に人生を狂わされるわよ!」
「……そ、そんな恐ろしい果実だったのね」
前世のブラック企業も真っ青な人生クラッシャー(果実)である。
私が思わず後ずさった、その時だった。
「――おや。帝国の国庫よりも厳重に守られるべき私の愛しい人が、メロンごときに心を奪われそうになっているとはね」
頭上から降ってきたのは、メロロンの甘い香りさえも掻き消すような、極上のテノールボイス。
振り返ると、完璧なフロックコートに身を包んだ『氷の公爵』ユリウス様が、優雅な足取りでこちらへ歩いてくるところだった。
「ユリウス様! 今日も帝都からいらしたのですか?」
「明日は君との大事なデート(収穫祭)だからね。帝都の仕事は、向こう三日分まで徹夜で完璧に終わらせてきた」
「て、徹夜……っ!?」
帝国の全財政を担うトップが、辺境の村のお祭りのために三日分の仕事を徹夜で終わらせるなど、職権濫用と過労の極みである。
私が呆気にとられていると、ユリウス様は指先でパチンと軽く音を鳴らした。
パキィィィンッ!
瞬間、ユリウス様から放たれた強烈な冷気魔法が、畑のメロロンたちを最適な温度で『瞬間冷蔵』した。
誘惑の香りは完全に封じ込められ、メロロンたちは「ひんやりして気持ちいい……」と呟きながら、大人しく出荷用の箱に収まっていく。
「な、なんて精密な温度管理の氷魔法……! ありがとうございます、ユリウス様。これで明日の屋台に出す『特製メロンジュース』の準備が整いましたわ」
「君の役に立てたのなら光栄だ。……だが、今日私が来たのは農作業の手伝いだけではない」
ユリウス様は私の前に立つと、背後に控えていた護衛の騎士から、銀色の豪奢な箱を受け取った。
「これは……?」
「明日、私と一緒に祭りを歩いてくれる君への、ささやかな贈り物だ」
ユリウス様が箱を開けると、そこには夜空の星を散りばめたような、美しいミッドナイトブルーのドレスが折りたたまれていた。
生地は最高級のシルクで、首元には魔力を帯びた淡い光を放つ宝石が輝いている。
「こ、こんな高価なもの、いただけません! 明日はただの村のお祭りですし、私は裏方として帳簿のチェックも……」
「ミレイユ」
ユリウス様は私の言葉を遮り、優しく、けれど逃げ場のない熱を帯びた瞳で私を見つめた。
「明日は、ただの『財務顧問のミレイユ・アークライト』としてではなく、『一人の女性』として……いや、私が世界で一番愛するパートナーとして、祭りを心から楽しんでほしいんだ」
「っ……」
「このドレスには、最上級の絶対防御魔法と温度調節魔法が付与されている。君をあらゆる危険と不快感から守るための、私からの『我が儘』だ。どうか、受け取ってはくれないか」
真っ直ぐな愛情と、とてつもない過保護が詰まった贈り物。
前世で「自分の身は自分で守れ」と言われ続けてきた私にとって、彼が与えてくれる『絶対的な庇護』は、あまりにも甘くて眩しすぎた。
「……ユリウス様がそこまでおっしゃるなら。ありがたく、着させていただきますわ」
「ああ。君の美しいドレス姿を想像するだけで、私の心臓が破裂しそうだ」
ユリウス様が嬉しそうに私の手の甲に口付けを落とすと、少し離れた場所で月見大根をかじっていたキャルルが「ミレちゃん、騙されちゃダメだよ! そのドレス着たら、この腹黒公爵の『所有物』って周りにアピールすることになるんだからね!」とヤジを飛ばしてきた。
しかし、ユリウス様は「その通りだが、何か問題でも?」と全く悪びれることなく微笑み返すだけだ。
ポポロ村の収穫祭の前日。
私の心は、明日の彼とのデートへの期待で、かつてないほどに高鳴っていた。
* * *
だが、光が強ければ強いほど、その裏には濃い闇が生まれる。
「ぜぇっ……はぁっ……! ミレイユ……ッ、ミレイユぅぅぅっ!」
帝都の外れ。
帝国査察部による屋敷の差し押さえから、間一髪で隠し通路を通って逃げ延びた男がいた。
元・ルージュ伯爵令息、セドリックである。
彼は今や、貴族の面影など微塵もない、薄汚れたボロ布を纏ったただの浮浪者と化していた。
靴は破れ、顔は泥にまみれ、全財産も、領地も、爵位も、そして愛人だったクロエすらも失った。
「あいつのせいだ……! ミレイユの奴が、俺からすべてを奪ったんだ! 公爵をたぶらかしやがって……許さない、絶対に許さないぞ!」
セドリックの濁った瞳には、もはや常軌を逸した狂気が宿っていた。
彼の手には、屋敷の隠し金庫から持ち出した、禁忌とされる『違法な魔導爆弾』が握られている。
「ポポロ村の収穫祭……! そうだ、明日だ! 明日の祭りで、あいつのすべてをぶち壊してやる! 俺をコケにした報いを、死をもって味わわせてやるぅっ!」
セドリックは狂ったように笑いながら、盗んだ馬に跨り、帝都から辺境のポポロ村へと向かってひた走る。
自分の命を代償にしてでもミレイユを引きずり下ろそうとする、哀れで愚かな男の最後の足掻き。
だが彼は、明日待ち受けているのが【物理最強のヤンデレ兎】と【権力最強の氷の公爵】による、文字通りの『この世の地獄(本命ざまぁ)』であることに、まだ気づいていなかった。
読んでいただきありがとうございます。
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