第51話 もう一つの決着
黒地子家との戦いは終わった。
その後の後始末は全て神澤さんに任せて俺達はホテルで暮らしている。というか、あの事件で家を失ったあの地域一帯の住民はみんなホテル暮らしである。
どうやって住宅街が滅茶苦茶になった事を処理するのかと思っていたら、
「<先日より行われている山羊野市で起きた住宅街爆破事件は、隕石が上空で爆発したことが原因とされており――――>」
今、ホテルの部屋で付けているテレビのニュースから流れてきたように、どうやら自然災害で片づけられたようだ。
現場を直接見ればアレが隕石による破壊の跡ではない事は一目瞭然であると思うのだが、こんなに大胆にあの惨状を誤魔化す事が出来るなんて政府にどんな伝手があるんだろうと、神澤さんに対して若干の恐怖を覚えてしまった。
「暇じゃのぉ」
「暇だなぁ」
俺はというと、ホテルの一室でお菊と数体のグイムでベッドの上で寝転がっているだけである。
仕事にも行かず、ここ数日ただ惰眠をむさぼるだけだ。
萌愛さんとは食事を共にしているし、偶に矢川とも話したりする。だが、可部和見家や警官の塚村とはあれから一度も会わないし、同じく俺達の味方をしてくれた警官の関は、一度黒いスーツを着た男達と一緒に居たところを目撃して以降一度も見ていない。
「お菊。不調は無いか?」
「む? 特に無いぞ。どうしてそのような事を聞くのじゃ」
「いや……あの土地に居ないと力? が供給されなくなって動かなくなるんじゃないかと思ってな」
人形達が動き出したのはあのアパートがあった土地から謎のエネルギーを吸収したからだ。お菊や他の日本人形達は祖母の家の土地からエネルギーを吸収していたからだろうが、再びあれだけ活発に動けるようになったのはやはりあのアパートがあった土地が原因である。
「そうか……。確かにそのような心配はあるな。
じゃが気にするでない。まだ動かなくなる気配はない。基本的に体を激しく動かしたりしなければ長くこうして話すことも可能じゃろう」
そうお菊は言った後、こちらを見て、
「そもそも、じゃ。そもそも何度も言うようにワシは人形であって本来は動いたり話したりする存在ではない。
動くことも無ければ話したりもしないのが自然なのじゃ。
聖人がそのような心配をする必要は無いんじゃぞ」
と、言い聞かせるように言うのであった。
まるで自分が早く動かなくなることを望んでいるかのような物言いに、何とも寂しく、そして俺の心が何だかモヤっとするのであった。
「最近の人形は動いたり話したりもするんだけどなぁ」
そのモヤつきを吐き出すかのように八つ当たり気味にそんな滑稽な事を呟く。
いや、嘘ではない。最近のAI搭載ロボットとか普通に会話するし。
そんな事を知らないであろうお菊は、
「えっ、そ、そうなのか!? 最近の人形はどうなっておるんじゃ!?」
と、慌てた様子であった。
なんだか申し訳ないが、俺はこのまま彼女達がやがて動かなくなったり話せなくなるのを受け入れる事は難しそうである。
ピロリロリン♪
「ん?」
そんな会話をしていると、スマホに連絡が来た。
電話であり、その電話に俺は出た。
「はい……。お久しぶりです。えぇ、私は無事でした。――――えぇ、はい。わかりました。では後日」
電話を終えると、お菊は心配そうな表情で――――ははっ。人形が表情を変えるなんて今まで考えたことが無かったが、お菊は本当に心配そうな顔になって俺へ近付いてきて、
「どうしたのじゃ? 深刻そうな顔をしていたようじゃが……」
と、言ってきた。
「ん。あぁ、どうやらもう一つの決着を付けなくてはいけない時が来たようだ」
「なんと!? 銃は必要か?」
「いや、それは要らない」
お菊がそう言うと、グイム達も反応しこちらを見てきたので慌てて否定する。
「仕事の件だよ。……だから、俺が決着を付けなきゃいけない問題だ」
そう説明して彼女達を落ち着かせたのであった。
「そういう事であれば、一つお話が」
するとグイム総司令官仕様が俺に声を掛けてきた。
「ん? 話?」
「えぇ。私も詳しくは不明ですが、実は――――」
翌日。
久しぶりに来た会社では俺は注目の的らしく、行き交う社員達の視線からは逃れられず好奇の目に晒されていた。
「おい、あれって」
「あぁ、例のライバル企業のスパイ疑惑があった……」
「元々支社に居た奴だったんだろ? どうして転勤してきて早々あんな事を」
「あんな奴が出世出来て俺が出来ないってどういうことだよ。ふざけんな」
という声が聞こえてくる。
中にはわざと聞こえるような罵声があったりもするので、俺の胃は痛くなる一方だ。
あぁ、お菊の前ではかっこよくキメたが、早く帰りたい。
そんな気持ちはあるが、今日は俺の処分に対する最終決定を下されるらしいので帰るわけにはいかない。処分されるにしてもせめて自分に正直であろうと決意した。
俺はライバル企業に情報を渡したりなんかしていない。
翼と北見課長、そしてあの時運転手だった竹林。あいつらが俺を陥れる為に仕組んだことは明白であった。
しかし、俺を陥れるにしても当初は全く理由が分からなかった。
俺は一番下っ端だし、本社の環境にも慣れていない。栄転早々に出世したので頭角を現したから――なんて理由ということは無いだろう。おそらくだが、俺の出世も権限を多く与えて冤罪で使用できる情報の扱える幅を広くしたという事から俺を出世たのだろうと思う。
「もしかして、だれでも良かったのか?」
そんな考えがふと過った。
つまり、俺でなくても適当に追い出してしまっても会社の業務に支障が出ない人材を選んだだけではないか。という事に思い至ったのだ。
それが真実だとすれば……。何とも悲しい現実だ。だって俺の能力は微塵も評価されなかったどころか、いなくてもいい存在だと言われているようなものだからだ。
「泣いてもいいだろうか……」
そんな愚痴をポツリと呟くが答えてくれる人なんて誰もいない。
なぜなら近くに誰もいないからだ。
遠巻きに見ているだけで噂話をしているようであり、俺が人の方に視線を移せば慌てて逃げていくざまだ。
仮に俺の冤罪が認められてもこの会社でもう一度働ける気がしない。
やがて、俺は今回の騒動の決着の場となる会議室の前へと立つことになる。
「あっ」
会議室の前には仁井山係長が経っており、俺を見ると慌てて駆け寄ってきた。
「大丈夫か、城野?」
「えぇ、なんとか……」
俺が疑われている状況だというのにも関わらず、仁井山係長は俺の味方をしてくれているようであった。
だから、すこし疑問に思った。
「あの……。係長は、どうして俺がやってないって信じてくれるんですか?」
そんな事を聞いてみると、
「いやぁ、考えれば考えるほど不自然なんだよ。もし城野がこの会社の情報を売ろうとしていたとしてもだ。
どうしてライバル企業とこんなに短期間で会う事ができたんだ? どこかにパイプがあるなら別だし、そもそも転勤してくる前からそんな事をしていたとしたら、もっと前に支社で問題が発覚していてもおかしくないだろう?
なんでこのタイミングで本社に来て早々に問題を起こすのか不思議だったんだ。
やるにしても……直接会って交渉するとか危険極まりないだろう。しかもあんな人目がつくような場所で」
仁井山係長の答えに俺は完全同意だ。
「ふつうは密会するとしたら、1階のレストランとかじゃなくて、2階以上の建物の個室で会いますからねぇ。建物から出る時も別々でしょうし」
俺がそう言うと、
「だろうな」
と、仁井山係長は納得していた。
「そのことを何度も伝えたんだが……。上の連中の一部は納得しなくてな。
とにかく、お前はこのままこの会議室で今後の進退に関していろいろと言われるだろう。
自分がやってないって言える何か決定的な証拠はあるのか?」
「えぇ、一応は」
ホテルを出る前、グイム達は任せておけと言っていた。
証拠を丁度良いタイミングで渡すから。と。
というか、証拠ってなんだよ。そんなものがあるなら教えてくれよ!
あいつら、なんだかんだ言ってこの状況楽しんでないか?
「そうか。なら安心だな。じゃぁ、行ってこい」
そして、仁井山係長は扉をノックし部屋の中に居る上役の人達に俺が来たことを伝え、入室の許可が出たと同時に扉を開け、俺を中へと入れた。
仁井山係長は一緒に入ってこない。
ここからは一人で戦う事になるだろう。
「来たかぁ。城野くぅん」
入室後、正面に座る翼は獲物を目の前にした獅子の――――いや、こんなかっこいい表現など使ってなるものか。
翼は餌を目の前にした野良犬のように目を輝かせていた。
「さぁて、役者も揃ったようだし始めようかなぁ。ねぇ、皆さん?」
翼は周囲の上役達にそう聞くと、彼らは一様に頷いて返した。
メンバーはほとんど前回と同一のようである。
「ふふっ。では、まず処分は決まったようなものであるが、まずは言い訳を聞こうじゃないかぁ?
十中八九金の為だろうけど、なぜこの会社を裏切ったんだぁい?」
裏切ってもいないから理由なんてないのだが、言いたいことは言わせてもらおう。
「私は何度も言いましたが、私はこの会社の情報は売ってません! あの日、翼さんや北見課長に紹介され、あの人と会ったんです!」
俺ははっきりとそう言うと、
「いい加減にしろよ貴様! 見苦しいにもほどがあるぞ!」
と、北見課長が顔を真っ赤にして怒鳴る。
今一番見苦しいのは悍ましい顔をしているお前だろうに。
「反省の色が見えませんなぁ」
「以前話した時と同様、他人に責任を押し付けようとしているようにしか見えない」
小倉常務を含む取締役員達数名が俺を犯罪者を見るかのような目をしながら言っていた。
ダメだこれ……。完全に俺が悪いという方向になってしまっている。
おいおい、グイム達よ。策があるとか言っていたけど、何をする気なんだ? この状況から覆せるほどの何かが本当にあるのか?
ガタン!
すると、会議室の扉が勢いよく開かれた。
「え?」
なんだろうか。と思い、俺は振り向く。そして、
「は!? えっ!」
入ってきた人物を見て固まってしまった。
会議室に入ってきた人物は、よく見知った人物であった。しかし、この場に居る事はおかしい人物である。
「なんだ!?」
「まさか……なぜ今あなたがここに!」
そんな声が次々と上役の人達から発せられた。
知っているのか? この場にいる人たちは、今入ってきた"この人"を?
「馬鹿な……貴女が裁かれるのはこの裏切り者の後です。それまで別室に待機しているようにと言っていたはずですよ"姉上"!」
翼がそう余裕のない焦った声を出しながら部屋に入ってきた人物に向けて言った。
姉上? 姉……上? え、この人翼の姉なの!?
「あら、久しぶりねぇ。元気だったかしらぁ? お客さん」
その女性は俺を見てそう言ってきた。
やっぱりそうだ。見間違いなんかじゃない。この人はあのお店に居た――――、
「店長代理……」
そう。この街に引っ越してきてからお世話になっていた模型店の店長代理がこの場に居たのだ。
って、なんで店長代理がここに?
というか、翼はこの人も裁くとか言ってたよな? え? なんで模型店の店長代理が裁かれるの??
「ふふ。ごめんなさいね今まで隠していて」
「え? あ、いえ。それは別に……」
そんなことはどうでもよかった。
それよりも知りたいことは他にも沢山ある。
「何を呑気に話しているんだぁ! 今は裏切り者を裁く時であって、その裏切り者を引き抜いてきた無能を裁く時間じゃぁないっ! そんなに裁いて欲しけりゃ後で存分に責任を負わせて差し上げるから、今は出しゃばるな!
いくら姉上でも今は我々の方針い従っていただくぅ!」
唾を飛ばしながら机をバシバシ叩きそう言っていた。
いつもの余裕が消え、まるで追いつめられた下っ端の悪党のようではないか。
「あらあら。そんなに怯えるほど私が怖いのかしらぁ?」
「な、なんだとぅ! ぼ、僕が姉上を怖がる!? 笑えない冗談は止めてもらおうか!」
翼は怖がっているのか、声を震わせ虚勢を張っているようである。
「優羽さん、いくら次期社長候補筆頭であった貴女とはいえ、今は責任を追及される立場。このような事態になってしまった事を認めたくはないのでしょうが、結果は出ているのです。弁えていただきたい」
小倉常務が優羽と呼ばれた店長代理を睨みながらそう言うのだが、
「弁える? へぇ、妙なことを言うのねぇ……。本当に裏切っていた人物がそんなセリフを吐くなんて滑稽で堪らないわぁ」
優羽さんは、小倉常務のセリフに対して鼻で笑いながら言い返す。
本当に裏切っていた人物……?
「何を言うか! その言い方ではまるで私が裏切り者だと言っているようなものではないか!」
などと小倉常務は怒るが、
「そう言っているのよ。証拠もあるわ」
優羽さんがパチンと指を鳴らすと、再び会議室の出入り口が開き、そこから仁井山係長がノートパソコンを持って現れたではないか。
仁井山係長は緊張しているようで、カクカクとした動きをしながらこちら側にノートパソコンの画面を見せてきている。そこには一枚の画像が大きく映し出されているようで、こちら側に近づくにつれはっきりとその画像が何を写しているかが見て取れた。
「あっ!」
まず、俺がその画像が何なのか気付いた。
「馬鹿な!」
そして、次に北見課長が俺の後に反応をする。
「なんだ? 何を持っているんだ」
俺の体がノートパソコンの画面を遮っていたため、何を映し出されているかわからなかった翼の声が聞こえたため、俺は体の位置をずらす。すると、
「はぁ!? な、なぜ! なんだそれはぁあああ」
翼はその画像にすぐに反応をした。
「なんだそれはって、決まっているでしょぅ? 城野主任が会社のデータを渡したというその日、貴方もあの場所に居たという証拠よ」
「な、ななな……」
優羽さんの言葉に翼はこれまで以上に無い動揺を見せていた。
そう、仁井山係長が持っているノートパソコンには、あの日取引先と称されてライバル企業の社員と会っていた時のレストランでの写真が、俺とライバル企業の社員はもちろん翼も俺の隣で笑顔で座っている写真が映されていたのであった。
「ふふふ、まだこれだけじゃないわよ? 仁井山係長。次の写真を映してちょうだい」
「は、はい!」
優羽さんの指示により、仁井山係長がノートパソコンを操作し、次の写真を映しだした。そこには、
「なんという事だ……」
「これは――――」
「竹林!!」
そう。あの日、運転手をして俺に冤罪を着せた写真を撮った竹林が、俺と翼を乗せた車の運転手の席に座っている姿が映し出されていたのだ。
車は停まっており、背景にはあのレストランがある入口が映されている。
「おかしいわよねぇ。竹林君の証言では、この日たまたま通りかかった時に城野主任とライバル社の社員がレストランで会合をしていたと言っていたわよねぇ。だけど、この写真では偶々通りかかったというには苦しいんじゃないかしら? だって、竹林君はしっかりここまで城野主任を連れてきている張本人じゃない」
勝ち誇った笑みを浮かべながら優羽さんがそう言った。
ここでようやく俺は冷静な頭になってこの画像の出どころがどこかを思い浮かべることができた。
「(グイム達か!)」
それしかない。隠密仕様のグイムであればあの時も俺の護衛に張り付いていたはずだし、映像を記録していることもできる。
だったら今日も家を出る前にそう言ってくれたらよかったのに。という不満はあるが、とりあえずは感謝をしておこう。この画像が無ければ俺は今も陰謀に嵌められた者ではなく裏切り者扱いだ。
「翼さん、どういう事ですか!」
「これは説明していただく必要があるようですな」
上役達の一部が翼に説明を求めるのだが、
「ふ、ふざけるな! そんな画像合成写真だ!」
そう、翼は喚く。
「あら? だったら竹林君が撮ったとされる城野主任の画像も疑わしいものねぇ」
と、優羽さんも言い返す。
「くっ……!」
翼は俺を嵌めるための証拠写真も怪しいと言われて黙ってしまった。
ここで「だったら写真を調べてみろ」と言わないあたり罪を認めているも同然だろう。なぜなら、写真を調べるイコール優羽さんが持ってきた写真も当然調べることになる。そうすればその写真が合成じゃないことが判明してしまうからだ。
つまり、翼は詰みの状態である。
「ふ、ふふふ。ふはははははははははは!」
すると追いつめられた翼は笑い出したではないか。
「何がおかしいのかしら?」
優羽さんはそんな翼に対して冷たく問うと、
「いやぁ、失礼したねぇ城野くぅん。
どうやらこの問題に関していろいろと行き違いがあったようだぁ」
などと言い始めたではないか。
「は? 行き違い?」
理解できない発言に俺は目が点になってしまう。
「そうさぁ。行き違い。どうやらこの写真は偶々ライバル企業と会食をした時の写真だったみたいだねぇ」
と、翼は自分が持っている俺とライバル企業の社員が写った写真を片手に笑いながらそう言った。
「は? え?」
何を言い出したんだと思っていると、
「いやぁ、あの日の事はよく覚えているよ。僕はねぇ、確かにあの日君を会食に招待した。
だけど、この写真には日付が無い。僕が一緒にいる時だとは思わなかったんだよ。
よく見れば服装も一緒だ。ネクタイの色もそうだ。なら、これは確かに同じ日にあの場で共に食事をした日と証明されたようなものじゃないか。
疑って悪かったねぇ城野くぅん」
などと、気持ち悪い猫なで声で俺にそう言ってきた城野。
「へぇ、ライバル企業と食事会ねぇ。一体何を話していたのかしら?」
そんな言い訳に優羽さんがそう指摘をすると、
「姉上ぇ。ライバル企業だからといって常にいがみ合っている必要はないでしょぅ?
時には共に健闘をたたえ合う必要もあると思い、そういった意味で交流を深めようとして何がいけないのかなぁ?」
などと言い始めた。
「そう。確かにライバル企業だからと言って話してもいけない。食事をしてもいけないというルールは存在しないわ」
優羽さんがそう認めると、
「ですよねぇ? 例えばうちではなくともライバル企業同士に親兄弟や親友が勤めていたとしても、会話が無くなってしまうなんてことは有り得ないでしょぅ」
と、安心したかのように椅子に座った翼が言った。だが、
「だけど、それだと竹林君の証言がおかしいって事じゃないかしら?
確か城野君がライバル企業の社員に情報を渡したという趣旨の発言をしたとか言っていたじゃない。
それをあなたはみすみす見逃したという事もあり得るわよ?」
「そ、それは……竹林君の勘違いなんじゃ……」
「ありえないわよ。竹林君、いらっしゃい」
と、バッサリ翼の話を否定した優羽さんは、竹林を呼んだではないか。
ちなみにこの会議室には竹林の姿はない。
ならばどこから来るのか。それは――――、
「し、失礼いたします……」
消え入りそうな声で会議室に入ってきた竹林は、カバンを片手に挙動不審な動きをしながら優羽さんに近づく。そして、
「も、もうしわけありませんでしたぁあああああ!!」
と、土下座をしながら持っていた持っていたカバンから紙を一枚取り出し、優羽さんに渡したのだ。
「ありがとう竹林君」
そう言って竹林から紙を受け取った優羽さんは、
「ここにはとある人物同士の契約が書かれているわぁ。
内容はこの会社と今問題になっているライバル会社が合併した場合、優先的に高い役職に就けるような約束事が書かれているようねぇ」
「ま、まさか!」
「でたらめだそんなもの!」
血の気の引いた顔でその書類を見つめる翼。
その中でも小倉常務の方はというと優羽さんが持っている書類は偽物だと言っていた。
「へぇ、これが偽物であると言いたいのね?」
「そ、そうだ。そんなもの証拠にされても――」
「筆跡を見ると、ひとりで書いたわけじゃなく、複数人で書いてあるようね。この筆跡を調べれば誰のものかはっきりとするんじゃないかしら?」
「ぐっ!?」
俺にもその書類に書かれている名前の一覧が見えるので、裏切り者の名前がはっきりと見て取れた。
その書類には翼の名前だけではなく、小倉常務、北見課長、他数名の役員の名前も記載されいる。一番最後にただの社員である竹林の名前もあった。
つまり、裏切り者は俺に冤罪を掛けた翼や北見課長だけではない。積極的に俺に責任を取らせようとした会社の役員数名が真犯人だったのである。
「さて、言い訳はもうないのかしらぁ?」
目は笑っていないが、クスクスと笑う優羽さんは真犯人達を順番に見ながら、
「では、もういいわよね? あなた達の処分はお父様――いえ、社長が退院してからしっかりと裁いてもらうから」
そう言うと、
「た、退院してから? 退院の見込みは無いのでは!?」
と、取締役員の一人である中野が慌てたようにそう言った。
その言葉を聞いた優羽さんは、中野の方を向いてニンマリと笑い、
「あらぁ? その噂、本気で信じていたの? 『父は治る見込みもない大病を患っている』という話。私が意図的に流して会社で不穏な動きをする連中を釣ろうとしていたデマだったというのに」
そう優羽さんが答えると、ガタッとその取締役員は立ち上がり、
「竹林ぃいい! なぜそんなものを持ち歩いていたんだ! 金庫かどこかにしまっておけばよかっただろうがっ!」
と、なぜか竹林に怒りの標的を向けていた。
「おい!」
それを慌てて翼は止めようとする。
そりゃそうだ。いまそんなことを言えば、自ら罪を認めているようなものだ。
「そんな! あなた達が常に持ち歩いて誰にもとられないようにしろと言ったから持ってただけです!」
と、今度はあの書類が自分が持っていたものだと今度は竹林が自白した。
なんだこいつら。次々と証言してくれるなぁ。
「馬鹿ぁ」
もう翼は両手で顔を覆い、ガックシと項垂れてしまっている。
「ふふっ、これにて一件落着ね」
そして一人優羽さんは満足そうにしているのであった。
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次話は3日後の予定です。




