第49話 因縁の相手
―黒地子 大佐武朗落下地点―
※三人称視点
黒地子 大佐武朗は落下してから意識を取り戻すまで約1分を有した。
「う……あがぁ」
半身はブラックホール弾によって消え、再生したものの今度は全身がビームの熱や反物質によって消滅してしまった。
普通の人間であればこのダメージは致死量であるが、呪詛によって強化された彼は生きていた。
「うぅぅ……あぁぁ」
最早人間と分類しても良いのか疑問である彼の思考能力は半減し、まともに話すことはできない。
ただ、土地を手に入れるという執着は残っており、ゆっくりと起き上がった彼は歩き出した。
翼は既に焼け落ち、カメが進むような速度で歩く。
「目標移動開始!」
「攻撃ぃぃ! 残っている武器はなんでも使え!」
地上の残存兵が大佐武朗へ攻撃を開始する。しかし各地から援軍に駆け付けたガゾプラなどの兵器は、まだ付近に多く残る小型大佐武朗の妨害がある為、大佐武朗への攻撃に加わる事ができない。
大佐武朗への攻撃はビームガンやバズーカなどの主兵装だけではなく、対人戦には効果が無いと思われる頭部機関砲なども積極的に使われた。
動きは遅く的が大きい大佐武朗に当てられないわけがない。
攻撃は大佐武朗が意識を取り戻す約1分間の際にも行われていたのだが……。
「馬鹿なっ! 硬すぎる!」
しかし、ガゾプラ達の攻撃は通用しなかったらしく、大佐武朗の歩みは止めることができなかった。
この時、実はガゾプラ達の攻撃は全く通用しなかったわけではない。攻撃によるダメージよりも回復速度の方が上回っていたのである。
そのことがわからなかったガゾプラ達は一斉攻撃を終え周囲に動揺が広まるが、現場指揮官のグイムは再び攻撃しようとする。その時、
「黒地子 大佐武朗、覚悟ぉおお!!」
空から50以上の人形達が真っすぐ大佐武朗へと向かってきたではないか。
中にはもちろん城野家所属のグイムもあるが、矢川家のゾーム、アニダーのプラモデル、聖人が鳥類園に家族旅行に行ったときに買ったフクロウの人形、総司令、そしてお菊達日本人形達の姿もあった。
空にはもう既に黒地子の式神達や小型大佐武朗の姿は見えない。式神と大佐武朗達はグイム達により既に掃討されていたのだ。
「う、うあ?」
そしてその光景を大佐武朗は見た。
空を眺めて大きく片方の目が見開く。
「あぁぁ。ああああああああああ!?」
すると、大佐武朗の頭に残った記憶が激しく呼び起こされたのだ。
大声を出し、焦ったように左半身から触手を出して激しくうねうねさせる。
「あ、あぁぁ。あいつ……らは……あの時……の」
かつて大佐武朗が少年だった頃に鎌田家――現城野家――を襲撃した際、抵抗してきた日本人形達。
あの時の姿のまま再び大佐武朗の前へと立ちはだかったのだ。
あの襲撃が人生をどん底まで落とされるきっかけとなった。
多くの仲間を失い、強力な能力者である神澤という人物と接触して戦いの末、一族全員が行動制限をされることに繋がった痛い記憶だ。
「それがどうした? それにどうした! それをどうした!?」
左頭部から出た大きな口がリズミカルにそう口走ると、大佐武朗の本来の口や残った右目から炎の球と光線が照射された。
「攻撃が来たぞ!」
「散れっ!」
「グワァアアア!?」
その攻撃に対し総司令が指示を出しお菊達は散開するが、光線攻撃が直撃したグイム1体が爆散してしまう。
「これ以上好きにさせるかっ!」
しかし、お菊は攻撃を諦めたわけではない。大佐武朗の攻撃を掻い潜り、真っ先に抱えていた包丁で大佐武朗の触手を切り裂いた。
そう。切り裂いたのだ。
ガゾプラ達の多くが一斉に攻撃しても全く効果が無いと思われるほど高い回復力の中、お菊が切り裂いた触手の一本はまだ回復していない。
「ぐおぉおおおおおお!!!」
お菊に続いて他の日本人形達も次々と極太の針で刺したり、鋏で切断などをしている。
「ば……か、な」
大佐武朗は片言で回復しない体を見て驚きの言葉を漏らした。
「撃て撃て!」
「お菊殿達に続け!」
と、お菊達と共に空から駆け付けた空中戦仕様のグイムを含めた他の人形達も攻撃をしているが、そちらはあまり効果が無いように思える。
理由はわからないが、お菊達の方がダメージを与えられていた。しかし、その答えはすぐに攻撃を受けている大佐武朗自身が解明することになる。
彼もいつまでも意識が朦朧としているほどダメージを負い続けれいるわけではない。時間があればあるほど回復を続け、意識もはっきりとし、退魔士としての知識も戻ってくる。
「なぁにあれー!」
「大きい目玉! 気持ち悪い!」
日本人形達が大佐武朗の変化に戸惑う。
左頭部の大きな口を縮小させ、空いたスペースに今度は巨大な目玉が一瞬で形成された。そして、その目で日本人形達を観測すると、
「付喪神なりぃ~、あっ、強力なぁ~付喪神ぃ~な~りぃ~」
目玉の下に追いやられた小さくなった口からそんな言葉が出された。
付喪神とは、長い時を経た道具などに霊力や魂が宿り、動き出したり話し出す存在だ。
聖人達が住む土地の影響で即席で魂が宿り動き出したプラモデル達とは違い、日本人形やカリーヌ達は付喪神となる条件が揃っていたのだ。その中でも特に古くから鎌田家に居たお菊の霊力は段違いであった。これにより大佐武朗の傷の修復速度は霊力の差によるものであると大佐武朗の新たな目は解析した。
「成敗!」
お菊は今まで以上の速度で大佐武朗の体を他の人形達と共に切り裂く。
「「人形がぁあああ! 人形ごときが再び黒地子の夢を壊そうと言うのかぁああ!!」」
意識がはっきりとしてきた大佐武朗の通常の口と左側頭部に形成された口は揃ってそう喚き触手を振り回しながら暴れるが、お菊達は難なく躱す。
常人では捉えることができない速度。もしこの力が城野 聖人があのアパートへ引っ越してきた当日振るわれていたのであればきっと彼は命が奪われていただろう。
「すごい……」
「は、早すぎる」
戦闘が専門のはずのグイム達も思わず見とれてしまうほどの速度であり、
「お菊お姉さま!」
「我よりも早いだと!?」
付喪神の条件を満たした他の日本人形達をも凌駕する力を見せた。
民間ドローンや鳥といった速度をも上回っている。淡い黄色の光りの軌跡を残しながら、縦横無尽に移動し大佐武朗へ着実に傷を負わせていった。
その圧倒的な戦闘能力はお菊だけではなく、カリーヌも発揮していた。お菊と連携して次々と大佐武朗へ銃創や切り傷をつけていった。
「何が夢じゃ! 無関係の人間を傷つけ、苦しめ、殺めて。そんな事をしてまで成し遂げた夢など塵以下の価値じゃろう!」
と、お菊は怒る。
出会った頃は敵対していたが、今は大切な存在となった聖人を殺めようとしたことは許せない。何よりもトメが残した子孫を傷つける事など言語同断。自分もやってしまった過去の過ちの怒りを乗せる。
「そうよっ! あんたたちが萌恵にやったこと。許されることじゃないのよ! 本当はあいつらを殺したことはよくやったって言ってやりたいけど、お前達はそれ以上に人を傷つけすぎた!」
カリーヌの肯定は長年萌恵の一家が親戚たちに苦しめられてきたことをによる発言であったが、萌恵の誘拐や萌恵の家族を洗脳した件は黒地子が指示を出し暗躍していたことは明白だ。
そのため、その恨みを全て大佐武朗へとぶつけたのだ。
カリーヌもお菊並みに早く、力が強い。
二体の連携攻撃は予想以上に大佐武朗に傷をつける事が出来たのである。
「「ふざけるな! あのような輩がいくら苦しんで死のうが、高貴なる黒地子の繁栄の為なら名誉なことだろう! 喜んで死ねぇ、人形共!」」
人形達の攻撃により魔性が消失し知性が戻ってきたのか、残った右目でしっかりとお菊達を睨みながら大佐武朗はそう言う。
「身の丈に沿わない野望を持ったことが運の尽きじゃったな! せいぜいあの世で反省していろ!」
終わりの時は近かった。
大佐武朗の頭上に突き出したお菊の包丁は、光り輝き、その光の粒子が刃を形成する。そしてお菊が持っていた包丁は、巨大化して急降下をした。このまま落ちれば黒地子の頭上へと突き刺さるだろう。
「「させるかぁああああ!!」」
危機を感じ取った大佐武朗は、人間である部分の右腕も触手へと変貌させ、10本以上の触手がお菊へと迫る。
「それはこっちのセリフよ!」
「そうですわ。お菊お姉様には触手プレイは早すぎます!」
「お菊には指一本触れさせはせん! そうだろう、皆の衆!」
「「「「おぉおおおお!!」」」」
カリーヌ、お涼、お辰、そして他の日本人形達はお菊へと伸びる触手を切り裂いた。
切り取られた触手は地面へと落ち、ズブズブと黒い煙をあげながら消えていく。
「「なんだとぉおおおおお!?」」
この事態を大佐武朗は受け入れられず、目の前の光景を否定した。
術者として最高位であると自負していた大佐武朗は、過去に対決して負けた神澤という男よりも実力は上になったとも思っていた。
それなのに、ただのぼろぼろの古い人形に負ける。そんな現実を受け入れることは到底できない大佐武朗はただ叫んでいるだけだった。
「これで終わりじゃぁあああ!!!」
「散々見下してきた私達の力、思い知れぇぇええええ!!!」
お菊の包丁とカリーヌの鋏がそれぞれ光を纏い、その光が人が持つ刀程の大きさまで伸びる。
そして、それぞれの光の刃は重なり合い大佐武朗の体を縦半分に切り裂いた。
「「ぎぃやぁああああああ!!!!! ワシの霊力が、霊力が暴発するぅぅぅぅぅぅ」」
切られた大佐武朗は断末魔を上げ、爆発する。
体の中にため込んでいた霊力は一気に解放され、即席人間爆弾となった。
「うをぉおお!?」
「うわぁ!!」
「きゃーーーー!!?」
吹き飛ぶ人形達。
「メーデーメーデー! こちら第三防衛ライ――――!!」
そして、爆発による光に飲まれるその他のプラモデル、人形達。
爆発の光が消えると、そこには瓦礫が多く残されているだけの土地となっていた。
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次話は2日後の予定です。