第31話 社長令息からのお誘い
次の日。
あんなことがあっても、俺は日常生活をしていた。
護衛が増えたこともあり安心していたのだと思う。
「はい、ありがとうございました……ふぅ」
俺の身の回りでおかしなことが起こり続けても、日常は続く。つまり生活費を稼がなくてはいけなくなる。
緊急で戦力が必要だとされ転勤してきた身としては、必要以上に有給を使わず通い続け、日々の業務をこなしていく。
一日電話対応だけというのも疲れるものなのだ。
「城野君、ちょっといいかね?」
業務時間もあと少しというところで、北見課長から呼び出された。
「はい、なんでしょうか?」
「うむ、実はな翼君からのお誘いでな。取引相手との接待を君と一緒にしたいと言っているのだ」
「えっ。私とですか!?」
翼というのはここ、桃谷商事の社長の息子、桃谷 翼の事だ。
そして、俺がこんな珍妙な日常を送ることになった原因を作った奴でもある。
できれば関わりたくない人物だ。
「しかし課長。私は営業ではありませんよ? 担当外の事をすれば、営業部の人たちに睨まれるのでは?」
俺が心配になってそう言うと、
「まぁまぁ。営業の連中の事は大丈夫だ。そもそもこのセッティングをしたのが翼君だぞ? それなのに君を睨みでもした奴が居たとすれば、そいつはよほどの地位に居るか大馬鹿かのどちらかだ」
「それは……まぁそうですが……」
わざわざ社長の息子に喧嘩を売るような奴は居ないってわけか。
「それに君は元々営業もこなしていたんだろ? その腕前も見たいと言っていたんだよ」
「なるほど。地方の営業手腕を次期社長が直接見たいというわけですか?」
なんとなく鼻につく奴だったが、それなりに将来の事を考えているのだな。
「その通りだ。話が早くて助かる。彼もさらに上に登って簡単に身動きができなくなる前にいろいろと見たいらしい。是非とも協力をしてくれ」
「そういう事ならわかりました」
上に立つ者がしっかりしていれば、下の者は安心できるからな。俺が了承すると北見課長はものっすごくいい笑顔になる。
北見課長と最初に出会った時の仏頂面が嘘のようだった。
「では、この後すぐに総務に居る翼君の所に向かってくれ。頼んだぞ」
「はい。かしこまりました」
こうして俺は翼が居る部署である総務課へと足を運ぶ。
途中、スマホで電話するふりをしながら透明化しているグイムに『今夜は遅くなる』という事を伝えて自宅に連絡を入れてもらった。
なにせ自宅には固定電話は無いし萌恵さんもスマホを持っていない。そのためグイムを使って連絡を取り合うしかできないのだ。
「今日はグイムを調達できないな」
などと、考えながら総務課の部屋へと入ると、
「いやぁ。待っていたよぉ城野くぅん」
鼻につく喋り方で俺を迎える翼。
なんで毎回この話し方なんだろうか。桃谷家はみんなこうなのだろうか。
「本日はお誘いいただきありがとうございます」
「うんうん。なぁにそれほどかしこまる必要は無いさ。話は北見君から聞いているよねぇ?」
「はい。営業に関わるお話だとか」
「なら話は早い。それじゃぁ行こうかぁ」
それから翼が用意した車で目的地まで向かった俺達。
用意した車は社用車であった。高級車として名高い車種の後部座席に乗り、運転手は専属の人が居る。
まるでVIPのような待遇に俺は委縮してしまうのだが、翼は慣れているようで足を組んで鼻歌を歌いながら窓の外を見ていた。
典型的なボンボンを絵にかいたような外見だが、支社から来た俺の営業の仕方などを見たいなど意外と会社の事を考えているようなので侮れない。
「そろそろだねぇ。竹林くぅん。ここで下してくれ給え」
「はい。かしこまりました」
竹林という運転手に翼は指示をして、目的地付近に到着する俺達。
そして車を降りた後、帰りの時刻を指示しているのか竹林さんと翼は少し話した後、
「それじゃぁ行こうかぁ」
と、翼は先頭に立って歩き出す。
そして行き着いた先はビルの1階にある高級レストランであった。
人生で無縁だろうと思った場所に連れてこられたのだ。少しガクブルしながら翼の後をついて行く。
「確か待ち合わせ場所は……あぁ、居た居た」
今日会う人物を見つけた翼はスタスタと歩いていく。
俺は慌ててついて行きながら周囲を見ると、やはり富裕層の客が多いのかそれなりにいい格好をした客が多かった。
だが、ものすごい金持ちというわけではなさそうで、そこそこの金持ちって感じの客層だった。
「あぁ、桃谷さんお久しぶりです。それと……」
「うん。彼が話していたうちの超エリート社員、城野だぁ」
「城野です。本日はよろしくお願いいたします!」
「こちらこそよろしくお願いいたします。私、倉間と申します」
紹介されたので俺は自己紹介をする。
翼からの追加情報によれば、倉間という男は桃谷商事本社の重要な取引相手とのことだった。
彼は爽やかな見た目であり、いかにも人受けがよさそうな印象である。
その後、互いに名刺を交換した俺たちはテーブルに着いた。
そこから話を切り出したのは倉間からだった。
「いやぁ、お噂はかねがね聞いておりましたよ。城野 聖人さん」
「えっ? 噂ですか??」
エリート社員だと紹介されること自体堪ったものではないが、俺は何にも噂になるような事をした覚えはないぞ?
変わったことと言えば、幽霊屋敷には住んでいるけどな。どっかのボンボンのせいで。
「えぇ、なんでも支社では営業、サポート、企画開発。様々な分野で仕事をなさっていたとか?」
「それは小さな支社だったので、誰でもやっていたことですよ」
俺の噂とやらを聞いてみれば、何のことは無い内容であった。
確かにそこだけ切り抜いて聞いてみればものすごく仕事ができる社員のように聞こえる。だが、実際の話小さな会社であれば、なんでもこなすなら当然の事だろう。
一応俺が勤めている桃谷商事はいくつも支社がある企業ではあるが、俺の支社自体はとても小さな場所なのだ。
「はははっ、ご謙遜を。桃谷さんがおっしゃってましたよ? 今回偶々自社のサポート要員が欠員してしまったからそこへと入れたものの、本来であれば自分の直属の部下にしたかったと」
「えぇ。そんな事を!?」
勘弁してください。気に入らないで下さいマジで。
「おいおい。それは言わないでくれ給えよ。結局僕は引き抜く力がないみたいで恥ずかしいじゃないか」
「ははは、これは失礼。ですがゆくゆくはそうなるのでしょう?」
「まぁ、そうなる可能性は高いよぉ」
マジかよ。おいやめろ。なんで俺の評価が爆上がりしているんだよ。
自分の認識と全くあってなくて不釣り合いだから背中が痒くなるんだよぉ!
俺、そこまで優秀な社員じゃないんですけどぉ!
「おやぁ?」
と、ここで翼がスマホを取り出した。
どうやら電話がかかって来たらしく、
「失礼。少し席を外しますよぉ。城野くぅん。倉間さんのお相手、頼むよぉ?」
そう言って席を離れていった。
おいおい。どうすんだよこの状況。
何故か俺の評価が爆上げされた状態で他社の人と何を話せばいいんだ!?
まぁ、いいや。ここは世間話をしながら翼の帰りを待てば――――、
「ははっ。しかし、すごいですね城野さんは。あの桃谷さんに気に入られるなんて相当ですよ?」
「そうなんですか?」
俺が話題を振ろうとしたら、倉間さんから桃谷さんの話をされる。
「えぇ、次期社長ともてはやされてからは、かなりの人が彼に気に入られるため近づいたそうです。
しかし、それは自らの利益を得ようとしている下心しかない連中だとあの方は見抜き、見切っていったそうです」
「あぁ、よくありがちな話ですね。例えは悪いかもしれませんが宝くじが当たった際新しくできた親族や友人達と同等なのでしょう」
「ははっ。面白い例えをしますが、まさにその通りです。
しかし、城野さんは違った」
「え?」
俺は違う?
まさか無意識の内に翼を遠ざけているのが気づかれたか?
「桃谷さんは話してくれましてねぇ。なんでも君の住居を手配したのは桃谷さんだったそうですが、桃谷さんの正体を知らないままいい所を選んでくれたとお礼を言ったそうじゃないですか?」
「えっ、あぁそうです。それは本当の事です」
「どうやら桃谷さんはそれがとても気に入ったようでしてねぇ。初めて自分が社長の息子ではなく一社員としてお礼を言われたと喜んでいましたよ」
「そ、そうなんですか?」
どうしよう。本当に俺の評価が高いらしい。
しかもきっかけは文句を言おうとしたあの時だ。
違うんだ翼。本当はあの時お前に文句を言いに行ったんだ。だけど北見課長が社長の息子とか最初に余計な情報を与えたから文句を言えなかっただけなんだ!
「そうなんですよ。ですから、私も長年桃谷さんと一緒に頑張って来た身としては彼が喜んでいる姿は私もうれしいんです。
城野さん。これからも桃谷さんを支えていってください。私も取引相手というだけでなく、戦友としてお願いしたい」
「えっ。あ、はい」
倉間さんが手を差し伸べてきたので、反射的にその手を取って握手をする。
その最中、「今からでも文句を言って翼を殴れば誤解は解けるだろうか」と考えたのだが、それをすれば人生は終了すると考えに簡単に行き着き、精一杯作り笑いを続けるしかなかった。
こうしてあとは翼が戻ってきた後何気ない会話をしてこの日は解散となった。
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―とある山中―
「可部和見 亜矢子。それで人形共にしてやられておめおめと帰って来たと?」
暗い20畳程の広さの部屋の中。
複数の人間が話をしていた。
その中には城野を誘拐しようとした亜矢子を含め、グイム隠密型部隊に脅されて帰った者たちも居る。
「それは相手の実力が未知数だったからで……」
と、亜矢子は弁明をしようとするのだが、
「ふん。術者でもない人間の実力が未知数? 馬鹿を言うな。こちらが何も知らぬと思っているのか?」
亜矢子は白を基調とした服装であったが、亜矢子を非難する者達の服装は基本服装そのものは似通っているが、黒を基調としていた。
「可部和見家の跡取り殿。お前が対峙した男は城野 聖人。ただのしがないサラリーマンじゃ。
そんな男の実力を見誤ったと言いたいのか?」
「それが本当だとしたらあの阿部和見家も落ちたものだ……」
「かつては我ら黒地子家と対をなす存在として名をはせた一族が、一般人に後れを取るなど……」
などと、好き放題言う黒い服を着た術者達。
あまりの馬鹿にした言い様に、亜矢子は怒りで震えだす。
「くっ、好き放題言ってくれる! 我らは共に同じ志を胸にする同志ではなかったの? 危険を感じ、慎重に事を進めようとすることのどこが悪いの?」
と、立ち上がり怒りの感情を剥き出しにして言った。
「ふむ。我らは慎重になることが悪いとは言ってはおらん」
「そうだ。それに勘違いしてもらっては困る。やろうと思えば我ら黒地子一族だけで今回の件は対応できた。
それを貴様等の活躍の場をわざわざ用意したにすぎん」
「それに協力を申し出たのもおぬしらがこのままではただ消えゆく存在であったのをしのびないと思い、わざわざ声をかけてやっただけだ」
「ぐぎひひひ。何を勘違いしたのかしらねぇが、我らの目的は我ら黒地子家だけで遂行できる願いなんだよなぁ!」
「まったくだ。貴様の御父上が病床に伏していなければ、まだ対等と言い張れただろうが、今の貴様の実力では……なぁ?」
だが、黒地子家側は亜矢子の言い分を笑う。
彼らは完全に亜矢子達白の術者達を下に見ていたのだ。
さすがにこれだけ言われて我慢はできない亜矢子は、
「なら、私達だけであの土地をとって見せる! そして、あのロボット共も全部始末してやる!」
そう言って部屋から足音をドスドスと鳴らして出て行ったのであった。
「亜矢子様ぁ!」
「お待ちを! 亜矢子様ぁ!」
白の術者達は亜矢子の後を追い、部屋から出ていく。
それを見送った黒地子家の面々は、
「まったく。風前の灯火の可部和見家次期ご当主様はとんだじゃじゃ馬娘ですなぁ」
「ふん。だが、汚れ仕事を自らしてくれるというのであれば我らも口を挟むことはせん」
と、いやらしい笑みを浮かべながら見送ったのであった。
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