現 2
ほのかはもう死んでしまった……。涼が思い出せなかった大事なものとは、ほのかが死んだということだったのだ。夢の中ではほのかは生きている。ほのかが死んでしまったなんて誰も考えるわけがない。だから白く覆われて見えなかったのだ。
ほのかは自分がもうこの世にはいない、今目の前にいるのは幻なのだと知っていたが、絶対に涼には言わなかった。ほのかも自分があんなに残酷な目に遭ったことや、まだ一五歳でこの世を去ることが信じられなかったのだろう。涼がどれだけ過去について聞いても答えなかったのは、「もうほのかは歩道橋で死んだ」という事実を隠すためだ。
だがこのままでは涼が現実に戻れなくなるかもしれないと考え、別れることを決意した。歩道橋の話をしたのは涼に自ら気付かせるためだったのだろう。もうほのかが死んでしまったことを受け入れなくてはいけないと教えていたのだ。涼と離れたくないとわがままを言ってはいけない。ほのかの心の声が涼にはわかった。いつも一緒にいたため、口に出さなくてもお互いの気持ちが伝わるのだ。それほど涼とほのかの距離は近かった。
歩道橋から落ちたほのかが病院に着いたのは、何時間も経ってからだった。よく知らないが、ほのかは頭から落ちてしまったため、もう手の施しようがないと医師は言ったらしい。涼は何度も血まみれのほのかの姿を想像した。気が触れて泣きながら暴れた。それが数日間続いてから、突然死人のようにベッドに横たわっていた。それが夢の世界の始まりだ。
涼が病室の天井を見つめていると、医師が話しかけてきた。
「私にも娘がいたんですよ……」
そっと涼は医師の方に顔を向けた。
「スキーが趣味で、将来はスキー選手になりたいと頑張っていたんです。けれど高校生になって恋人ができて、その夢は諦めた。恋人と一緒にスキーができればいいと」
そういえばほのかもスキーに行きたいと言っていた。高校生になったら涼とスキーに行くと約束した。だがその願いは叶わなかった。
「そして恋人と初めてのデートの時、二人でスキーに行ったんです。しかしいつまで経っても帰ってこない。探したら、深い穴に落ちたようで……」
医師は悔しそうに拳を固めていた。
「……まだ一七歳でしたよ……。しかも大好きなスキーで大事な命を落とした。見つけた時の娘の姿は、今でもはっきりと覚えていますよ……」
そして目頭を押さえた。つられるように涼もぼろぼろと涙を流した。ほのかは雪が大好きだった。雪が降ると必ず外に出て雪とじゃれあっていた。本当に心の底から雪を愛していた。それなのに雪はほのかの足を滑らせ、歩道橋から突き落とした。なんという酷な話だろう。こんな悲劇が起きるなんて誰が想像したか。
「……俺、ほのかのことが好きだったんです……」
震える声で涼が言うと、医師はじっと見つめてきた。
「だから……だから、好きだって伝えようと思ってたんです……。歩道橋を渡りきる前に……」
だがほのかは落ちてしまった。ほのかの答えを聞くどころか、想いを伝えることさえできなかった。何も知らないままほのかは一人きりで死んだのだ。
「それは……」
医師は口を開いたがすぐに閉じた。かけられる言葉が見つからなかったのだろう。
大好きな雪に殺されたほのか。どうしてこんな目に遭うのか。涼は泣き続けた。自分が死んだ方がよかったと何度も思った。




