高 4
「スキー、いつ行きたい?」
ほのかに言われて、涼は戸惑った。いきなりそんなことを言われてもという感じだ。
「行きたいのはほのかなんだから、俺が決めることじゃないだろ」
そう言うとほのかは、うーんと俯いたが、しばらくして「二年生の冬に行こう」と決めた。
スキーをするのは涼は初めてだ。どんな道具を使うのか、どんな使い方をすればいいのか全て無知だ。呆れたことにほのかも知らないという。
「滑り方もわからないや」
「本当にスキーやりたいのかよ」
ふざけて涼が言うと、ほのかはむっとした顔になった。
何も知らないままスキーをするなんて危険すぎる。二人で本やネットで調べた。田所はまたショックを受けていた。
「それってデートじゃん。いいなあ……。俺もそんな夢みたいなことしてみてえ……」
その言葉を聞いて、涼はこの異常な眠気といつも同じ夢を見ていることについて考えた。どうしてこんなに眠いのか。いつもいつも同じ夢ばかり頭の中に浮かぶのか。またぼんやりとしていた。ほのかに出会ったことも、恋をしたことも、こうして恋人同士になったのも夢のようだ。しかし現実なのだ。
「俺たちが恋人同士になれたのって夢みたいだよな」
するとほのかは目を丸くした。
「夢みたい?」
「だってまさか、こんな関係になるとか……」
言いながら涼は今まで起きたことを思い出した。だがなぜかところどころ白いもやに覆い隠されて見えなくなっていた。
「ねえ、涼は、あたしがかまくらで言ったこと、まだ覚えてる?」
「かまくらで言ったこと?」
涼は首を傾げた。かまくらなんていつ作っただろうか。
ほのかは小さく息を吐いてから話した。
「雪って不思議じゃないって言ったの」
「えっ?不思議?」
ほのかの顔を見ると、もう一度言った。
「あたし、雪に囲まれていると、夢の中にいるような気がする……」
涼の心の中がざわついていた。どこかで聞いたことがあると思った。
「よくわからないんだけどね。もう一人の自分がいて、もう一つの世界で生きてたらとか考えちゃうの」
「何だよ。もう一人の自分って」
「だから、わからないんだってば」
ほのかがそう言った瞬間、突然目の前が真っ白になった。すぐ近くにいたほのかの姿が見えなくなってしまった。
「ほのか?」
白一色だ。なぜか空気が冷たい。雪の中にいるようだ。
「ほのか……?」
もう一度呼ぶと、冷たい強風が吹きつけてきた。男の涼でも体がよろけるほど強く鋭かった。足元ががくがくと揺れ、柵が落ちていくような気がする。どうやらずっと前からある古い歩道橋の上にいるようだ。ぎゅっと目をつぶっていたが、ふとある音が耳に飛び込んできた。以前夢の中で聞いた音だ。今まで生きてきて一度も聞いたことがない鈍い音だ。
急に不安と恐怖が襲い掛かってきた。黒い鉛が胸の中を埋め尽くした。
何か忘れている。涼の人生にとって一番大事なことがある。だが頭の中は空白でそれが何なのかわからない。
「どうしたの?」
ほのかが顔を覗き込んできた。はっと我に返ると、ほのかの細い体を抱きしめた。
「ほのか……よかった……」
「よかったって、何が?」
きょとんとした顔でほのかが言ったが、涼は何も答えられなかった。自分でも何がよかったのかわからなかったからだ。まだ不安は残っていたが、次第に薄れていった。
「ほのかは、高校を卒業したらどうする?」
気になって聞いてみた。
「どうするって?」
目を丸くしたままほのかは言った。
「いや、その……例えば……」
照れて顔が赤くなってしまった。涼が言いたいことに気が付いたらしく、ほのかはにっこりと笑った。
「もしかして、結婚とか?」
「あ、う、うん……」
情けなく目をそらしてしまった。ふふっとほのかは微笑み、上目遣いになった。
「あたしのこと、幸せにしてくれる?」
勇気を出して涼はほのかの顔を見つめた。
「当たり前だろ」
ほのかは飛び込むように涼に抱きついてきた。胸がどきどきと速くなる。
「二人で幸せになろうね」
ほのかの柔らかい声がすぐ近くから聞こえる。
「幸せになろうな」
涼もしっかりとほのかを抱きしめた。




