高 5
あっという間に月日は流れ、二人は二年生に進級した。スキーをするために必要な道具を揃えなくてはいけないとほのかに言われ、涼は買い物に付き合うことになった。まずはウェアや帽子などの身に着けるものからだ。いろいろな店を見ながら、ほのかは何度も「早くスキーをしたい」と言った。涼もスキーをするのは乗り気ではなかったが、ほのかとデートをすると考えると楽しみだった。
ほのかは白や淡い色が好きだったが、なぜか目に痛い赤ばかり選んだ。涼は何となく残念な気持ちになった。ほのかのイメージカラーは白だと思っていたからだ。
「ほのかって白が好きだったじゃないか」
そう言うとほのかは目をそらした。
「人の好みは変わるんだよ」
「でもだからって赤はよくないよ。赤ってなんか」
血みたいじゃん、と言いそうになるのを堪えた。またあの不安が押し寄せてきた。暑くもないのに汗が流れる。
「わかった。じゃあ白にするよ」
ほのかが諦めると、その不安は徐々に消えていった。
この気持ちはどこからくるのだろう……。歩きながら涼は考えた。こうなるのはいつもほのかについて考えている時だ。本当にスキーの約束をしたのか。かまくらを作ったのか。涼が眠っている時、ほのかがどこか違う世界に飛んでしまっているような気がしてならない。「もう一人の自分がいて、もう一つの世界で生きている」とほのかは言った。まさかもう一つの世界でもう一人の涼と会っているのか。そして、涼が何か聞こうとすると必ず「どうでもいいじゃない」と言って話を終わらせてしまうのはなぜだ。過去に起きた出来事を涼に知られたらまずいのか。どうしてはっきりと言ってくれないのだろう。もちろん「どうしてはっきりと話してくれないのか」と聞いても、また「そんなことどうでもいいじゃない」と返されるだけだろう。
涼は頭を振った。変な妄想を考えている暇があったらスキーの勉強をした方がいいと思った。
スキーに行く予定日に、ほのかは風邪をひいてしまった。
「大丈夫か」
涼が声をかけると、ほのかは小さく頷いた。
「うん。今は……」
先ほどまで頭が割れそうに痛いと涙を流していた。喉も痛いしベッドから起き上がれない。
「何か食べたいものとかほしいものとかあるか?買ってくるけど」
「ううん。何もいらない。どこにも行かないで。ここにいて……」
弱弱しく呟いた。
「こんなに熱が出ちゃうなんてな……」
額に手を当てるとかなり熱かった。ほのかはそっとその手を握り、震える声で言った。
「前にもあたし、風邪ひいたよね……」
「え?」
そうだったかなと涼は首を傾げた。
「それで、早く風邪が治るようにって雪ダルマ作ってくれたよね」
「雪ダルマ?」
涼は目を丸くした。ほのかは小さく頷きもう一度言った。
「そうだよ。あたしがわがまま言って……」
何の話をしているのか。涼にはそんな記憶などない。
「その後も一緒にかまくら作ってくれたり……。あたしって、いっつも涼に無理ばっかりさせて、本当に迷惑な奴だったよね」
すぐに涼は言った。
「そんなことないよ。ほのかのこと迷惑だなんて思ったことなんか一度もないよ」
「いいんだよ。はっきり言って。もう恋人同士なんだから、何だって言えるでしょ?」
涼は心の中に浮かんでいる言葉が出そうになるのを飲み込んだ。お前の言っていることがわからない。俺は雪ダルマを作ったことなんかないし、かまくらだって作ってない。スキーの約束もした覚えがない。誰かと勘違いしてるんじゃないか……?
「何か聞きたいことあるんでしょ?」
「ないよ。そんなもの……」
あいまいに答えると、ほのかは質問してきた。
「もし、もう一つの世界があって、そこでもう一人の自分が生きてたらどうする?」
涼の体からなぜか冷や汗が噴出した。また不安な気持ちになった。
「ど、どうするって?」
「もう一人の自分が、目の前に現れたりしたらどんなことをする?」
「もう一人の自分が現れたら……?」
突然意識がなくなったように涼は目を閉じた。真っ白に覆われた場所に一人で座っている。ここはどこだろう……。
「ねえ、涼くんの夢ってなあに?」
すぐとなりでほのかの声が聞こえた。涼の夢はほのかと恋人同士になることだ。もう夢は叶ったはずだ。それなのになぜ今更そんなことを聞いてくるのか。
「涼、聞いてる?」
はっと目を開けると、ほのかの苦しそうな顔があった。
「ごめん……。またぼうっとしてた……」
ほのかの看病をしなくてはいけないのにぼんやりしてしまった。もっとしっかりしなければ、と強く自分に言い聞かせた。
ある日涼は自分の学生鞄の中に何か入っているのを見つけた。取り出してみると、鈴の付いた小さな雪ダルマのキーホルダーだった。すぐに涼はほのかに持って行った。
「これ、お前のだろ」
ほのかは驚いた顔で首を横に振った。
「えっ?違うよ」
「じゃあなんで俺の鞄の中に入ってたのかな」
首を傾げると、ほのかが悲しい顔つきになった。
「……高校、二人とも合格できたっていうお祝いで、あたしが涼にプレゼントしたんじゃない」
「え……そうだっけ……」
「二人の思い出の品にしようと思って、ちょっと高かったけどお小遣いで買ったんだよ」
そして自分のキーホルダーを取り出した。ほのかの雪ダルマはピンク色だった。
「忘れちゃったの?」
俯きながら言うほのかを見て涼は焦った。
「い、いや、覚えてるよ。ちょっとど忘れしてたみたいだ。そうだな、入学式の時にくれたんだよな」
「違うよ。受験の結果発表の次の日に渡したんだよ」
完全に動揺していた。もう何も覚えていない。頭の中がからっぽで空白でわけがわからない。
「そうだった。ちょっと最近ぼけちゃっててさ……」
ははは、と苦笑するしかなかった。しかしほのかは黙ったままずっと俯いていただけだった。




