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7章 死の儚き使い




「あれ、ここは……?」


 夢療法は終わった筈なのに、気付くと僕は何故か再び生家へと舞い戻っていた。

 明かりの消えた夜の屋敷へ、槍を片手に侵入する。おや?今度は子供ではなく、成長した今の姿だ。しかも寝巻きではなく、先程脱いだ筈の衛兵の制服を着ている。

 玄関から葬儀の行われた大広間へ向かうが、見事に誰の気配もしない。夢にしても、折角だから誰か出て来て欲しい―――え?


「あなたは……?」


 棺には昼間と変わらず、祖父が静かに眠っている。だが、彼は一人ではなかった。

 死者の寝床の縁に腰掛けていたのは、白きドレスを纏う者。横顔を覆う長い黒髪は周囲の闇と同色で、ほっそりした全身からは幽玄な雰囲気を漂わせていた。

 遺体に優しく添えられた真っ白な手からは、体温は一切感じられない。けれど、何故だろう?その美しい死神に対し、僕は今までに無い温かな感情を『思い出した』―――そう、正に取り戻したのだ。それだけはハッキリと分かる。

 蛾が明かりに吸い寄せられるように近付く僕に、死を内包する者は全く気付いていない。それはそれで少し寂しい気もしたが、祖父の魂を天へと送ってくれているのだ。邪魔しないでおこう。

 ふと、慰めの手が離れる。次の瞬間、夢とは言え信じられない光景が眼前に現れた。


「お爺ちゃん!?」「おお、アス……!!」


 身長差の逆転した肉親を抱き締め、再会を喜ぶ言葉を告げようとした。が、


 ゴオオオッッッッ!!!「!!?」「拙い!アス、離れろ!!」


 献花台の向こう側の壁が突如崩れ、現れた虚無から圧倒的質量を持った闇が押し寄せてくる。

 粘着質な触手のそれらは、宛ら生と死の冒涜者。僕等と、何よりこの儚き死の使いとは決して相容れぬ下劣な存在だ。


(何だ、これは……足が竦む程、怖くて堪らない……でも!!)


 闇に飲まれようとする彼の人へ、手を伸ばす寸前。抱いていた祖父が、渾身の力で僕の身体を突き飛ばした。


「わっ!?」ドサッ!「お爺ちゃん―――――!!!」


 二人はあっと言う間に触手に覆われ、そこで唐突に目が覚めた。



 翌朝。僕は朝食の席で、セミアさんに治療続行を依頼した。その隣で、微かに眉を動かす女王陛下。

「え?で、でも本当にいいの?今ならまだ」

「いいえ。仮令どんな酷い真実だろうと、僕は思い出さなければならないんです」

 記憶の底に囚われた祖父を―――そして何より、あの人を助けるために。

「決意は堅いみたいだね……分かった。じゃあ午後から早速再開するよ」

「宜しくお願いします」

 だが、この時の僕は、まだ余りに無知だった。死の使いを捕らえる、冒涜的怪物の邪悪さと執念深さに対して……。

 


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