6章 葬儀
「どうしたの、アス?一昨日より緊張してるみたいだけど」
「何でもありません。早速始めて下さい」
一昨日の厭な宣告を思い出し、無意識に肩が上がっていたようだ。深呼吸でどうにかリラックスし、ベッドに横になる。
(まさか……幾ら女王様の言葉でも有り得ない)
確かに呼吸器こそ装着してはいたが、それ以外は健康そのものに見えた。病院の設備も整っていたし、手術の成功率だって恐らく高いだろう。なのに何故、女主人はああも確信的に、
「うん、準備OK。それじゃ始めるね」
ハープの弦の確認を終え、セミアさんは二回目の治療開始を宣言した。
二日前と同じく意識が落ちていき、下に立つ少年時代の僕と同化。そして周囲を見渡し、余りの驚愕に魂が呻き声を上げた。どうして……!!!?
「主よ。どうか彼に安らかな眠りを―――」
どうやら家に神父様を呼んだらしい。彼は聖水と香油で棺内の遺体……祖父を清めながら、聖書を手に祈りを捧げてくれている。
初めて見る実家は、今いる広間だけでも数百平方メートルあり、内装も豪華だ。窓からは一面の海が見え、正に絵に描いたような豪邸ぶり。遺族はともかく、沢山の仕事関係者が弔問するには、街に建つ古い教会ではスペースが足りなかったらしい。
会社関係者始め父母や伯母夫婦、使用人一同は勿論、僕等三姉弟も喪服姿だ。ふと視界の端で動く物を見やると、弔問客の間から乳母がこちらに小さく手を振っていた。隣には以前一度会った旦那さんを伴い、背を支えられながら立っている。と、その視界がぐにゃりと歪む。
「ひっく……お爺ちゃん……約束したのにどうして……?」
静かに一人涙を流す僕に対し、姉がレースのハンカチを差し出す。
「アス、泣かないで」
頬の雫を拭き取りながら、頭を撫でる。
「お爺ちゃんの事は、確かに不幸な事故だったわ。でもアスがそんな顔していたら、何時まで経っても大父神様の所へ行けないでしょう?」
「そうだぞ兄貴。あ、献花が始まった」
父母達に続き順番が来て、どうにか涙腺は鎮まった。だが棺に眠る祖父の顔を見た瞬間、再びぶわっと溢れ出る。
「お爺ちゃん……何で死んじゃったの?手術もまだだったのに……」
パタ、パタッ……と雫が落ち、胸に置かれた白い花弁を濡らす。
「アス」
「兄貴……」
姉弟を左右にその場へ蹲る僕を、後ろから父が抱えてくれる。
「父さん、ごめんなさい……」
「いいんだよ。最後にここまで孫が悲しんでくれて、父さんもきっと本望に違いない」
ふくよかな胸に抱かれ、献花台を後にする。元の場所で下ろされた僕を、母が心配そうに見つめた。
「あなた。後はお墓へ行くだけだし、この子は……」
「そうだな」
暗赤色のマニキュアを塗った指が、僕の背中を優しく叩く。
「アス、私と家で待っていましょう。昨日は眠れなかったのね。少しお昼寝もするといいわ」
「でも……うん」
離れ難かったが、祖父が冷たい土の下に埋められるのを見るのは忍びない。泣き喚いてこれ以上大人達を困らせる訳にもいかず、僕は両親の好意に甘える事にした。
「大丈夫。俺達が兄貴の分まで見送ってきてやるからさ」
「ありがとう―――お爺ちゃん」
着々と白く覆われていく家族へ、僕は精一杯頭を下げた。
「沢山お話聞かせてくれてありがとう―――さようなら」
セミアさん側の時間の都合もあり、今日の治療はそこで終了した。
「アス……辛い、よね?」
何時に無く暗い顔で尋ねる。
「私もお父さんやお母さんを目の前で亡くしたから、気持ちは分かるつもり」
それから豊満な谷間を押さえ、小さく呻く。
「でも……この先はもっと辛くて苦しいよ?さっきくーちゃんが来て話をしたけど……これ以上は止めた方がいいかも。ほら、水恐怖や暴力衝動も今は術で抑えているし、日常生活には支障無いでしょ?だから……」
「……」
「あ、御免。そろそろ部屋で雑誌の原稿書かなきゃ。またね」
退室した彼女を見送り、僕も自分の仕事へ戻る。だが当然身は入らず、ぼんやりしている内に夕食の時間を迎えた。
「お前、大丈夫か?何か顔色悪いぞ」
レイ皇太子に指摘され、済みません、僕は小さく項垂れつつ謝る。
「リリアさん。僕、今日は食欲が無くて……」
「まあ」
「昼間の治療のせいなの、リリア。片付けは私が手伝うから、今日の所はもう休ませてあげて」
「分かったわ。じゃあお願いね」
心配する一同の視線を背に、一足早く自室へ。暖炉に火をくべて室内を温めた後、寝巻きに着替え、床に敷いた布団(そろそろ部屋を移してもらえるよう、女王様に掛け合おう。矢張りベッドでないとクオルの冬は堪える)へ横になる。
―――祖父の死因は窒息死。昼寝の途中、偶然にも呼吸器が外れてしまったのが原因だ。助けを呼ぼうと、手元のナースコールを掴んだ形跡もあった。が、運悪くコンセントが抜け、使用不能になっていたそうだ。不運が重なった、と言われれば返す言葉も無い。でも……。
(事故にしては不自然だ。だからって、殺される程恨まれていたとも思えないし……)
厳しい人だったが、経営権はとっくに父へ譲っていた。隠居老人の命を奪って、得をする人間がいるとも思えない。とすると、残された可能性は矢張り皆の言う通り、
(駄目だ、疲れで頭が上手く回らない……今日はもう寝よう)
僕は瞼を閉じ、襲って来た睡魔に大人しく身を任せた。




