8章 あるキャンパスの男女
“黄の星”首都、シャバム。
宇宙の中心地に建つ大学は、三十を超える科を持つマンモス校だ。生徒数は約三千人。その殆どが地方からの留学生、つまりは寮住まいだった。
校舎間を走る小道には、休憩のために所々ベンチが設置されている。その一際日当たりの良い場所で、一人の男子学生が蹲っていた。
「あの、どうしました?」「!?」
突然掛けられた声に、二十歳前後の小太りの青年は脂汗塗れの顔を上げる。強く握り締めた掌からは、“蒼の星”にある精神科クリニックの処方箋袋が覗いていた。
彼の目の前にいたのは、同年代の利発そうな女性だ。片手に抱える教科書の束から、彼女が医学部所属だと分かる。
サッ!と隣に座り、脈を診ながら女学生は言う。
「心拍数が高いですね。薬を飲んだ方が良い感じですか?水、酌んできましょうか?」
「あ、はい……お願い、します」
数分後。冷水で三個の錠剤を飲み込み、ようやく青年は落ち着いたようだ。
「ありがとう。君には是非ともお礼をしたいんだが」
「そんな。苦しんでいる人を助けるのは、医学生として当然です」くすっ。「尤も、私の専攻は薬学ですけど」
「そんな、ちっとも卑下する事無いじゃないか。私こそ物覚えが悪いのに、父親の命令で経営の勉強をさせられているんだ」
「あら、家で事業を?―――まあ、大会社じゃない!」手を叩く。「私の家なんて、個人経営のしがない薬局で―――」
一年後。
「やあ、そろそろ来る頃だと思っていたんだ」
「待たせたかしら?」
そう挨拶を交わし、初めて会った時と同じベンチへ座る。その雰囲気はとても穏やかで、二人の仲が相当に進展した事を如実に示していた。
いつものようにランチを広げようとした彼女に対し、少しいいかい?青年が言った。
「ええ。もしかして……昨日私が尋ねた件について?」
肩を窄め、小さく頭を下げる。
「ごめんなさい。誰だって話したくない事ぐらいあるわよね」
「いや、その……カウンセラーにもずっと内緒にしていたんだが、君になら……」
恥ずかしげにボソボソ話した内容は、確かに医者にも些か相談しにくい内容だった。
「つまり、あなたの神経衰弱の原因は、昔亡くなったお兄さんなのね?」
「ああ……私が兄さんを殺したも同然なんだ。あの時、意地でも父達を止めていれば……」
「一ついい?その、人魚の虐殺は本当にあった事なの?」
妄想の可能性を、だが男子学生はキッパリ否定した。
「信じられないかもしれないが、本当に愚かな一族だよ私達は……あんな残虐な事をしでかして、何時か天罰が下るに決まっている」
罪悪感に頭を押さえた彼の肩を、医学生がそっと抱く。
「それに、未練たらしいったら無いよ……未だに兄さんの」
ごにょごにょ。「え?」
「ご、誤解しないでくれ!私は変態じゃない!!」バッ!身体を離して叫ぶ。「た、ただ……あの頃は尊敬し過ぎてて、兄の物なら何でも収集せずにはいられなかったんだ……」
顔を真っ赤にあたふたと弁解する姿に、女学生は厭味無くくすくすと笑った。
更に二年後。
「へ……じ、人工授精?」
「まだ臨床実験中だが、恐らく可能だろう」
医学部棟、生命科学科研究室。
教授の予期せぬ言葉に、経済学部生は口をぽかんと開けたまま閉じられない。彼に代わり、同席した医学生が言葉を継ぐ。
「聞いた限り冷凍状態は完璧みたいだし、試す価値は充分あると思うわ」
「治療許可が降りるにはまだ数年掛かるが、それまで待てるなら私の病院で処置しよう」
「それで、本当に兄さんの子供が……」
唾を飲み込みつつ、狐に抓まれた表情を浮かべる。
「ところで卵子はどうする?こちらで提供者を募ってもいいが」
「あ、そうか。流石にあれだけでは……」
その時スッ、と彼女が手を挙げる。
「私が提供します、教授。―――それに、出来れば最後まで」「はへ?」「勿論、健康診断の結果次第ですけどね」
完全に頭が真っ白な恋人へ、プロポーズした女学生はしてやったりと笑顔を向けてみせた。




