56章 虜囚の魂
「蛇よ!!」「はあっ!!」
姉の手から勢い良く放たれた三匹を叩き落し、すぐさま右へ構える。
「そうれっと!」
長大な弟の尾の一撃を回避し、カウンターでほぼ中央へ突き込む。覆う鱗が飛び散り、肉が裂ける感触があった。だが、奴等はどんな傷もすぐさま再生させてしてしまう。深追いはせず、抜き取りざまに刃先で側頭部を殴打して逃走を再開した。
(拙い!このままだと何れは捕まる。何か、何か有効な攻撃手段は無いのか!?)
考える頭の隅がモヤモヤする。僕は既に知っている筈なんだ、奴等を完全に滅する方法を!!
「はぁっ……っぁ……!」
「済みません。後少しだけ我慢して下さい」
僕のイメージのせいだが、矢張りこの小晶さんも体力が無い。必死に付いて来てはいるが、両脚が今にももつれそうだ。このままでは何れパーティーの時のように、
「でやっ!!」ザシュッ!!
回り込んできた子蛇を始末しても、まだ出口の階段は遠い。今は考え込んでいる場合ではない。集中を切らしたら終わりだ。
予想外の事態が起こったのは、一呼吸して次なる一歩を踏み出そうとした、正にその時だった。
「え!?」「クアス、伏せろ!!」「は、はい!!」
目の前の通路に立つ人物に命ぜられるまま、僕は小晶さんの頭に手を添え姿勢を低くした。次の瞬間、拳銃よりも大きな発砲音が二度響き渡る。
「「ぎゃっ!!」」
振り返ると、綺麗に『蛇』の二つの頭が吹き飛んでいた。ドクドク……首の傷口から幼体が溢れ、即座に修復を開始する。
「クアス坊ちゃん!」「大丈夫か!?」
再び前方を仰ぎ、無意識に涙腺が緩んだ。もう二度と会えないと思っていたのに……。
猟銃を構えたスーツ姿の祖父と、彼の傍らに立つ乳母は、歩み寄った僕等に向けて微笑む。
「お爺ちゃん、小母さん……!?」
嬉しさに落涙する僕の頭を、乳母の手がそっと撫でてくれる。
「泣くのは後です。坊ちゃん、向かうべき場所はもうお分かりですか?」
「!?それが、まだ……ずっと考えてはいるんだけど……」
その返答を予め察知していた魂の囚人は、昔と寸分変わらず笑んだ。
「ヒントは何度か出ていた筈ですよ?かく言う私達も、一度大旦那様の病室でお話したじゃありませんか。さあ、落ち着いて思い出してみて下さい」
病院で?えっと、確かあの時三人で喋ったのは――――あ!!
「閃いたようだな。ま、儂の孫なら当然だが」
「もう、大旦那様ってば」
くすくす。
「坊ちゃん、どうか気を悪くなさらないで下さいね。こう見えてこの方は意外とお優しいんですよ。御結婚なさったのだって、未婚の母になってしまった大奥様を不憫に思われての事で」
「こ、こら!そんな古い話を持ち出すな!!」
顔を真っ赤にした祖父に、十歳近く年下の乳母は苦笑する。
「ついでだから告白しますけれど、大旦那様が初恋だったんですよ、私?ふふっ、玉の輿も少し狙っていたのに」
「そうか……それは済まなかったな」
照れ臭そうに向かい合う老人のシャツの襟を、彼女は愛しげな手付きで直す。
「謝らないで下さい。先に逝った大奥様がお気を悪くなされますよ―――こうしてもう一度御一緒出来ただけで、私は充分満足ですから」
パンッ!掌同士を叩き、如何にも辛そうなタバスコの瓶を複数出現させる。
「おい、まさかそんな物で戦うつもりか?」
「勿論!さあ、坊ちゃんが現世へ帰るため、少しでも長く奴等を足止めしましょう!!」
その言葉を待っていたかのように、怪物達の再生が終わる。
「この糞老いぼれ共が!」「今度こそその魂、一飲みにしてやる!!」
呆気に取られる小晶さんの腕を引き、僕は彼等に頭を下げた。
「ごめんなさい、二人共。死んでまで迷惑掛けて」
「気にするな、クアス。お前は儂へ、最後に『夢』と言う最高のプレゼントをしてくれた。仮令途絶えて無くなってしまっても、お前は我がコンシュ家の誇りだ。さあ、手を出せ」
「うん」
コツン、コツン。昔のように拳同士を突き合わせ、互いの固い意志を確かめ合う。
「出来ればもっと長く生きて、お前と酒を飲み交わしたかった―――行け!!」
「はい!!」
耳を劈く銃声と、二種類の狂笑。それらをバックミュージックに、僕等は地上への階段を駆け上がった。




