46章 救済を求めて
「はぁっ……はっ……!」
罪悪感から思わず彼女を置いてきてしまったが、拙い事になった。あの聖族が早目に戻って来てくれればいいが、もし運悪く姉達と遭遇してしまったら……。
僕の魂に救いがあるとすれば、それは最早あの人の存在だけだった。けれど、この身はとうに人喰い化物の巣。到底側にはいられない。
パーティー会場をフラフラ彷徨いながら、心を占めていたのは圧倒的な孤独だ。監禁されていた時とは比べ物にならないぐらい、今の僕は独りだった。
ゲスト達は皆、料理片手に楽しそうに談笑している。あなた達は知らないから、そうやって笑っていられるのだ、この屋敷で起こっている悲劇を。教えられればきっと、恐怖で我先にと逃げ出す―――あの人なら一体どうするだろう?あの静寂の瞳にも嫌悪が宿るのか。それとも、
「兄貴!」後ろから声がした。「何やってるんだよ?」「あ……」
我に返った僕を、弟は心配そうに覗き込む。
「どうしたんだよ、顔真っ青だぞ?あの子の介抱はどうした?」視線を落としギョッ!「!?とにかくこっち来い!!」
腕を引かれるまま大広間を抜け、奥の居住区の廊下へ。
「?どうしたんだ……?」
「どうしたじゃねえよ!袖、血だらけじゃねえか!?」キョロキョロ。「誰も気付かなかっただろうな……!?」
指摘された箇所を見てみると、さっき掴まれた手首から下が真っ赤になっていた。傷自体はもう塞がっているが、確かにどう見ても異常だ。
「まさか自分でやったのか?いや、前に自殺は出来ないって俺教えたよな……とすると、誰にやられたんだ?」
縋るような目。
「こんな酷え真似、俺ぜってー赦さねえ!なあ、頼むから教えてくれよ!?」
「……姉、さんに、掴まれて」
抉られた感触が蘇り、無意識に震えが起こる。
「なあ。お前も、僕と結婚したかったのか……?」
その囁きで察したのか、やれやれと頭を振る。
「姉貴の奴……おい、他には何処も乱暴されなかったのか?」
「僕はされてない。でも父さんと、彼女が………あぁっ!!」
フラッシュバックに震えた僕を、変温体質の腕が抱く。そうされていると何故か、普段乱暴される時よりも温かく感じた。
「あのアマ、兄貴の目の前で何つう事を……」ギュウッ。「俺の輪廻転生のくせに、気でも違ったのか?」
「僕が、全部悪いんだ……姉さん以外の人に目を向けるから、だから」
「何も悪くねえよ、兄貴は。あいつは頭おかしいんだ。下手に女に生まれちまったせいで、家庭を育めるかもなんて妄想を持っちまった。俺みたいな男だったらんな事、想像する余地も無かったのによ」
「じゃあお前の愛情は、姉さんとは違うのか?」
「ああ。俺の希望はあくまで恋人同士だからな。そりゃあ可愛らしいから、偶にドレスを着せたりはするけどさ。でも、俺はあの子と結婚しても素直に祝福するぜ?兄貴が好きなら無理に引き離したりしない」
頭をボリボリ掻きつつ、腰に手を回す。
「だからさ―――俺を選べよ、兄貴?あんなヒス女はとっとと始末して、あの子と三人で面白可笑しくやろうぜ、な?」「止めろっ!!?」
口付けを手で制止した僕を、『雄蛇』はニヤニヤ見つめてくる。今更純情ぶってどうするつもりだ、と言わんばかりに。
「何しているのアス?捜したわよ」「!!?」
続いて聞こえた氷柱のような姉の声に貫かれ、一瞬頭が真っ白になった。慌てて弟がフォローに回る。
「姉貴!いや、これはその、兄貴がまたいつもの情緒不安定を起こしちまったからさ」
「あんたには訊いてないわ。―――アス、不死族をちゃんと見張っておくように言ったわよね?まさか私の言いつけを破ったの?」
「不死!?マジかよ、あの可愛い子ちゃんが!?」
爛々と卑しい欲望に瞳を輝かせ、弟が低く叫ぶ。
「ええ、そうよ―――まあいいわ、その事であんたを呼びに来たの。付いて来なさい」
そう命じた『雌蛇』は冷笑を浮かべ、俊敏な動きで僕の首筋に毒牙を突き立てた。




