表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/64

1章 現場検証




 キィ……。「うげ。こりゃあ酷え……」「ミイラ……でしょうか?」


 隙間から入り込んだ砂塗れのタオルに包まれていたのは、紛れも無く人間の肘から先の部分だった。どうやら潮風に長時間当てられ、本来起こる筈の腐敗が防がれたようだ。干物のように茶色く変色しているものの、切断された人体はほぼ完璧な保存状態だった。

「あ、詩野さん!?」

 躊躇い無く遺体に顔を寄せた秘書の行動に、先輩は目を白黒させる。

「どうやら、この腕の持ち主は女性のようですね。見て下さい、爪にマニキュアが」

 暗めの赤に塗られた五本の指を示し、続いて切断面を確認する。

「?これは……刃物で切り離したにしては、傷口がやけに丸い……まるで、薬か何かで溶かされたような……署長。生活反応の有無は?」

「死後三ヶ月以上経過しているので、残念ながら」

「だろうな。他に外傷は?」

「ありません。この後解剖に掛けますが、恐らく死因の特定は不可能でしょう」

「成程。でも、この人の手」変わり果てた同性を見つめ、「まるで、何かを掴もうとしているみたい……」

 死後硬直を経ても遺志を感じさせる形。かつて自身も怪事件の被害者だった秘書は、そこに強い無念を感じ取って目を伏せた。

「宜しいですか?」

「はい。ありがとうございました」

 パタン。

「行方不明者との照合はもう?」

 彼女の問いに、署長は首を横にした。

「そうですよね。街が未だこの状態では」

「いえ。それが―――多過ぎるんです」

「え?」


「このプルーブルーだけでも、二十人以上いるんですよ……例の“連続失踪事件”の被害女性は」

「失踪、事件……?」


 鸚鵡返しに、警官は酷く辛そうな表情を浮かべた。

「私の娘も五ヶ月前、夕食前に出掛けたまま未だに……」 

「っ!!?で、では、この腕があなたの娘さんと言う可能性も?」

「それは有り得ません。あの子はまだ学生でして、マニキュアは校則で禁止されていました。真面目だけが取り柄で、とても規則を破るような子では……」

 ボロッ。

「いえ……辛い事を思い出させてしまって、申し訳ありません」

 ハンカチで涙を拭った父親は、こちらこそ私事を挟んで済みません、謝罪する。

「ラキスさんは御存知なのですか、その事件について。良ければ概略を教えて頂けると助かります」

 頼みつつ、心中は釈然としない思いで一杯だった。あの万事用意周到な上司が、そんな重要情報を伝えず自分を派遣するだろうか、と。

 先輩は頭を掻き、如何にも困った風に口を開く。

「俺もそれ程詳しい訳じゃないが……知ってる範囲では、事件が起こったのは今年の二月から三月に掛けて。被害者は分かっているだけで、住民を中心に延べ三十人以上だ。その内、遺体が発見されたのは一人だけ。周辺海域でもダイバーに因る捜索が行われたが、他はまだ骨一本見つかっていない」

「そんな大事件が、この街で……!?犯人は!?政府館も捜査をしたのですか!!?」

「ああ、オフレコでは」部外者をチラッ、と見やる。「事件は無事『処理』された。現にそれ以降、被害は出ていない」

 淡々とした説明に、未だ肉親の戻らない署長が眉を顰める。気拙い雰囲気の中、秘書は気になっていたもう一つの質問に移った。

「ところで署長。発見当時、この南京錠は掛かっていたのですか?どうやら荷物置き場のようですが、小屋の所有者以外に施錠出来るのは」

「ええ、きちんと掛かっていました。鍵はさっき言った管理者と、後は……ここを使っていた青年に預けていたそうです」

「では、その方にもお話を聞く必要がありそうですね。この街の住民ですか?」

「はい、生まれてからずっと在住です。しかし……それは不可能なのです」

「?」


「彼も、彼の家族も親戚も皆、事件直後から行方知れずなんですよ―――クアス・コンシュ君。娘の数少ない友人は……」


 力無く首を横に振る。

「政府員さん、逆に一つお訊きしても宜しいですか?あなた方は、犯人を……」

「御想像通りだ。あの場合殺すしか無かった、とエルは言っていた」

「エル様もその場にいらっしゃったのですか!?」

 意外な名の登場に、可憐なフィアンセが驚きの声を上げる。

「ああ。と言うより、詩野さんは居合わせた六人全員を良く知っている筈だ。何せ“人魚連続失踪事件”を解決したのは白鳩調査団だからな」

「!!?」

「知らないのも当然さ。シャバムの事件の前の話だからな。後味の悪い事件だったんで、エルも言い辛かったんだろ」

 本当に、それが理由の全てだろうか?送り出した恋人の思い詰めた表情を回想しつつ、核心へ。


「―――あの、ラキスさん。犯人は一体、誰だったんですか?」「それは……」


 自分を見て言葉を濁す彼に、警察官は深く頷いた。

「私はこの街の治安の責任者です。妻でさえ決して口外しません、神に誓って」

「けど……分かった。但し、くれぐれもここだけの話にしてくれよ?殺人犯は―――」

 深呼吸の後、一拍置いて重々しく口を開く。


「―――さっき名前の出た、クアス・コンシュだ」「え……?な、何ですっ」バタンッ!!


 署長の疑念の声は、勢い良く開け放たれたドアの音に掻き消される。小屋に駆け込んで来た六十代の男性は、長年の漁業で浅黒くなった顔を皺くちゃにしつつ怒鳴った。


「そんな、何かの間違いです!!あの優しいクアス坊やが、人を殺めるなんて大それた事をする筈ありません!!!」

 



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ