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序章 派遣された秘書

※この話は『神殺し篇一 人魚と人と死と』、及び『神信じ篇』のスピンオフです。また『花十篇 カーネーション』とも関連するエピソードになります。本編を読む前に、出来ればそちらを御一読頂く事を推奨します。



「大分元通りになってきましたね……」


 “蒼の星”プルーブルーの、街並みを象徴する白い家々。その残骸が撤去された通りを行く女性政府員は、安堵と共にそう呟いた。肩までで切り揃えられた黒髪が海からの風になびき、きちんと着込んだ制服に塩の微粒子を付着させていく。

(現場は島の全景から見て、船着場の反対側。観光ビーチの看板を辿れば迷わないと、エル様は仰っていたけれど……)

 薬指に嵌めた婚約指輪に触れ、今朝玄関で見送ってくれた上司兼フィアンセの真剣な表情を思い返す。


―――美希。君は現地警察の現場検証に立ち会って、事件資料を受け取ってくるだけでいい。僕が思うに、恐らくこの事件は……既に終わった物だ。もう僕等に出来る事は何も無い。


 意味深な命令を回想していると、詩野さん!前方から大声で呼ばれた。

「あ、ラキスさん」

 伊達モノクルを装着した男性政府員は、既に地元警察官と合流していた。

 彼等が立っているのは、海沿いに建つ木造小屋の前。ドアの上には剥げかけたペンキで、『海の家』とある。が、建物は穴こそ開いていないものの全体的に老朽化し、営業停止から何年も経過している事は明白だった。

「ラキスさん、どうしてここに?」

「さっきエルから急に電話があったんだ。詩野さん一人じゃ倒れるかもしれねえから、お前も付き添えだってさ。―――ああ、大丈夫。俺の方の仕事はもう済んでる」

 そう説明し、小脇に挟んだ統計資料入りの茶封筒を示す。

「倒れるだなんて、相変わらずエル様は心配性ですね」クスッ。「そんなに酷いんですか、現場は?」

「生憎俺もまだ見てない。あんたは?」

 見張り役の若い警官は、如何にも生真面目そうに首を横に振る。

「ですが、発見されたのは一部分だそうです。詳しくは中にいる署長が御説明します」

「そうですか。済みません」

 一ヶ月前の悪魔の襲来で、地元警察にも少なからぬ殉職者が出たと言う話だ。そんな人手不足の折、わざわざ自分達のために時間と手間を割かせた件を詫びる。

「いえ。お互い仕事ですから気になさらず、お嬢さん。―――では、狭い所ですがどうぞ」


 ギイィィッ……経年劣化に因る軋み音を立て、ドアがゆっくり開かれる。「失礼します。連合政府の者ですが……」


 秘書の呼び掛けに、中にいたぽっちゃりめの中年警察官が振り返った。

 小屋内の設備は、かつて営業していたとは思えない程殺風景だ。身体を洗うシャワーは設置されておらず、あるのは蓋に鍵が付いた木箱が三個のみ。純粋に荷物置き場として利用されていたようだ。

 格段に風通しの良くなった空天井を見上げると、ここだけは被害に遭って幸いだったかもしれません。街に一つしか無いバッジを胸元に付けた署長は、声を潜めながら言った。

「持ち主の話では、こうして壊れなければ撤去はまだ当分先にしていただろう、と」

「その方が第一発見者ですか?」

「ええ。本業は漁師でして、もうそろそろ街へ戻って来る頃です」

「分かった。―――じゃ、早速問題のブツを」

「はい。こちらです」

 彼はそう言うと、一番手前の箱の蓋へ徐に手を掛けた。




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