2章 資料室にて
宇宙の中心地。“黄の星”首都シャバム、政府館。
政府創設以来数百年で起こった、ありとあらゆる事件の調査ファイルが詰め込まれた書棚。それが所狭しと並ぶ資料室には今、一人と一匹の侵入者があった。
「ふぁ~……ねむ」「くーん」
閲覧用簡易椅子に座る十四、五歳の金髪の少女は、そう呟いて盛大に大欠伸を掻いた。一方相棒のラフ・コリーは、如何にも暇そうに彼女の足元で丸くなっている。室内に暖房は無く、黒の防寒コートは絶賛大活躍中だ。
見た目未成年者が読んでいるのは丁度百年前、宇宙暦七百年の事件報告書だ。表紙のバインダーは何度か修復されているものの、最早何とか年代が読める程度にまで劣化していた。
再び欠伸した拍子にバサッ、膝に置いたファイルが開いたまま床に落ちる。題名は“七〇〇-M六二 人魚連続失踪事件・追記”。制作者名は詩野 美希。捺印欄の隣に、女性らしい柔らかな筆跡のサインが記されている。
「成程ね……ま、大体読み終わったし、そろそろ帰ろっかボビー」
「くぅん!」
早く昼御飯にしましょう!とでも言いたげに、素早くふさふさのお尻を持ち上げるコリー。と、その垂れ下がった耳が何かに反応した。
キィッ。入口のドアを開けた若い優男は、コーヒーカップ片手に少女達を見やった。「さっきから物音がすると思ったら、君は誰だい?閲覧許可書は?」「御覧の通り無いよ」
両掌を天井へ向け、あっさり白状する。その余りにも飄々とした返事に、金髪の政府員は目を丸くした。
「強いて言うならあなたの曾孫、ラント・アメリアの友達って所だね。副聖王エルシェンカ様」
「……もしかして、君が最近就任したって言うクオル王国の新女王かい?少女でえらく変人の」
彼は叱るのを止め、しげしげと闖入者を眺める。
「成程。宝 那美やラントの報告通り、掴み所の無い子供だ。―――で、こんな所で一体何をしていたんだい?無許可で重要機密を覗き見して、まさか処罰無しで帰れるとは思ってないよね?」
すると少女王、クランベリー・マクウェルは無言のまま手の中のバインダーを掲げた。
「ごめんなさい。でも『家臣』の情報を集めるのは、王として当然の仕事でしょ?」欠伸。「それに、どう誤魔化したら出してくれるか分からなかったし。職員の手間を省いてあげたって事で、一つ見逃してくれない?」
「七百年……暗黒時代か。何故、選りにも選ってそんな物を?」
パラッ。無言で開かれた三月のページ。そこにはセピア色に変色した、一枚の写真が貼られていた。
「!?そいつは……まさか、有り得ない……」
「でも現実に今、クオルには『彼』そっくりな人間がいる。確かめたいなら裁判所に資料を提出してもらえば?」
返答に、責任者はゆっくり首を縦に振った。
「そうだね、後で確認させてもらおう。でも、その事件は百年も前の物だぞ?何故生きて……」
「さあ?で、どうするの。私を捕まえる?」
彼は唸った後、数秒して小さく肩を竦めた。
「―――いや、止めておこう。その話が本当なら、奴は君の管理下にあるんだろう?」閉じられたバインダーを指差し、「生憎クオル王国は治外法権だ。監視を頼む」
気の良い返事に、クランベリーは棚へ資料を戻しニッコリ。
「曾孫と違って、話が早くて助かるよお爺ちゃん。じゃ、バイバーイ」
「くーん」
パタパタ、バタン。一人取り残された責任者は、埃っぽい空気の中で温くなったコーヒーの残りを飲み干し、低く嘆息。
「僕はまだそこまで老けていないよ……だけど」
仕舞われたばかりの背表紙を眺めながら、同じ階で働く友人の顔を思い浮かべる。
「―――まさか、あれで終わっていなかったなんて……誠に悟られないといいけど……」




