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12章 疵



 そこで本日の夢療法は終了。その足で宮廷魔術師の部屋へ向かう。


「あらあらアス。今日の治療はもう終わったのかい?」


 もうすぐ齢百五十を迎えるキュクロス・レイテッドお婆さんはそう言って、ストーブで炙っていたマシュマロを一つ手渡した。

「ええ、ついさっき。ありがとうございます」

 刺さった串を持ち、ふーふーと充分に息で冷ましてから一口。

「あみゃい!」

「だろう?そこにでも座って、ゆっくり食べていきなさい」

「いえ、まだ仕事が残っているので。ゴミはあれだけですか?」

 入口付近に置かれた袋を示し、いつもありがとうねぇ、薬缶の湯を紅茶ポットに注ぎつつ言う。

「いえ。僕に出来る事はこれぐらいですから」

「謙遜しなくてもいいじゃないか。アスが働き者なのは、王国の皆がよく知っているよ」

 にっこり。

「治療で疲れているだろう?折角だから何処かで少し休んでおいで。はい、もう一個あげるから」

「は、はあ……」

 膨れた菓子と燃えるゴミを手に部屋を追い出され、僕は仕方なくキッチンへ。カラカラの咽喉に砂糖がへばり付き、正直少し不快だったからだ。

 夕食の仕込みにはまだ早い時間帯なので、炊事場にリリアさんの姿は無かった。ゴミ捨ての後、薬缶に水を張り、コンロへ火を点ける。

(まだ少し違和感はあるけど、大分怖くなくなったな、水)

 この間那美さんに貰った煎茶を淹れ、シンクに凭れて一息吐く。―――うん。思った通り、飲み物有りのマシュマロ焼きは一層美味しい。

(さてと……この休憩が終わったら、取り敢えず王国の見回りかな)

 窓の外を見ると、治療中にもまた一雪来たらしい。今夜もまた降ると言う話だし、今の内に下ろせるだけ下ろしておかないと。

 独居老人や母子家庭の数軒を脳裏に描き、二杯目を注いで静かに息を吐いた、その時だった。


「―――アス君」「!委員長……!?」


 一体何時の間に来たのだろう?入口に立つ彼女は、真冬にも関わらず何故かセーラー服姿だった。それに……年を、取っていない?

「寒くないんですか?」羽織っていた毛皮のコートを脱ぎ、「待って下さい。今掛けますから」

「お願い……」

「え?」

 同級生が頭を横に振ると、その動きにつられて眼鏡がズレた。

「もう私達の事を思い出さないで。このままだと、『あいつ等』が覚醒してしまう……」

「『あいつ等』?一体何の―――っ!!?」

 委員長の向こう側に佇む人物。間違えようが無い、あの人だ!!


「待って下さい!!」「アス君、行っちゃ駄目!!」


 後ろからの制止を無視し、廊下へ飛び出す。

 身を翻した死の使いは、相変わらず存在感と体重がまるで感じられない。無人の大広間を抜け、ふわふわと玄関へ向かう。

(何故だ?)

 脚は僕の方がずっと速い筈なのに、一向に追い付けない。


「止まって下さい!僕は―――あなたを助けたいんです!!」「は?」


 不意に幽玄が掻き消え、代わりに見慣れた現実が現れた。面食らう僕の視界に、への字に曲がった唇が映る。

「お前、何寝惚けてるんだ?」

 グレイオスト・クオル皇太子は呆れ気味に呟き、取り敢えずちゃんと着ろよそれ、風邪引くぞ?半脱ぎのコートを指差した。

 

 

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