13章 海と少年と少女
そして迎えた治療四回目。僕の意識は又もや委員長と同化した。
視界の端に映るセーラー服と、夕暮れの海辺の道。どうやら学校からの帰宅途中のようだ。
怪我を負った僕は、あの後一体どうなったのだろう?そう疑問に思っていたのも束の間だった。
「アス君!?」「ん……ああ、委員長。そうか、丁度下校時間でしたね」
砂浜に突き出す、ゴツゴツした岩の上。私服姿の僕は体育座りでボーッ、と海を眺めていた。
「こっちに来ませんか?今日は一段と海が綺麗ですよ」
僕はそう言って手招き。好ましく思っている彼女は当然断らなかった。巨岩にスニーカーの爪先を引っ掛けて登り、隣に座る。
「思ったより元気そうで良かった……」
事故の光景を思い出し、うっすらと涙ぐむ。
「あれから全然学校に来ないから、凄く心配していたのよ。もう歩けるの?」
「昨日病院で抜糸してきた所です。まだ少し痛みますけど、僕には毎日天気が良いのに泳げない事の方がよっぽど辛いです」
幼い頃からだが、昔の僕は随分海と親しい生活を送っていたらしい。今は術が掛かっていなければ、蛇口の水を直視する事すら難しいのに。
「そうなんだ。ところで学校は何時から来るの?明日?それとも来週?」
その口調から、数少ない友人の不在に対する寂しさが伝わってくる。
だがその質問に、何故か僕は悲しげな表情をした。
「やっぱり先生、まだ皆には言っていないんですね……」
「何を?」
酷く物憂げな表情を浮かべながら、過去の自分は重々しく口を開く。
「―――実はあの事故の翌日に僕、父に中退させられたんです」
寝耳に水だった。彼女は慌てふためき、ど、どうして!?そう叫ぶ。
「どうも事故が学校の管理不行届きだと父さん、校長先生の所に怒鳴り込んだらしくて……それにその、例の掃除当番の件もバレてしまって。どうもそっちは誰かから聞いたらしいんですが」
教師の誰かだろうか?でも普通なら、見つけた時点で担任に連絡しそうなものだが……。
「そのせいで余計怒って、勝手に退学届を出してしまったんです。大学まで家庭教師を付けるから、もうあんな学校へは行かなくていいと」
「そう、なの……」
衝撃的な告白と喪失感に、ショックを隠せない異性を横目で見る僕。
「あの、委員長。植木鉢が落ちてきた時の事なんですけど」
「何?」
「いえ……やっぱり何でもないです」
気になっているのは、例の弟の奇妙な発言だろうか?眉間に皺を寄せ、しばらく考え込む。
「で、でもアス君、凄い箒捌きだったね!武道でも習っているの?」
殊更明るい声で話題を変えてくれた彼女に感謝しつつ、槍術ですよ、と答える。
「僕、休みの日は衛兵のアルバイトをしているので」
「衛兵って、あの船着場の門の所とかに立っている?え、本当に?」
意外な事実に目をぱちぱち。
「はい。中等部に入ってからだから、もう彼是一年近くになります」
「ど、どうして??アス君の家、お金持ちなのに……?」
質問に、大人になりつつある過去の自分は胸を誇らしげに張った。
「―――実は、小さい頃からずっと目標にしている人がいるんです。死んだお爺ちゃんにも、将来は伯父さんみたいな立派な衛兵になると約束していて」
夢を語る藍色の目は、夕日に照らされるまでもなくキラキラ輝いていた。と、何の前触れも無く立ち上がる。
「着替えは海の家に置いてあるし、少しぐらいなら……」
「えっ、ちょっと!?」
僕は両腕を合わせて海面へ向け、吸い込まれるように飛び込んだ。
バシャンッ!「きゃっ!?」「ぷはっ!やっぱり海の中は気持ち良い!!」
水面に顔を出した僕は、とても満足げに笑った。そして水を得た魚のようにはしゃぎ回り、優雅なクロールで浅瀬を泳ぎ始める。一方水飛沫を浴びた委員長は、しかし傷に潮が沁みて陸に上がって来るまで、変わり者の友人から片時も目を離そうとはしなかった。




