識別! 魔獣素材!!
「識別」
久しぶりに見る栞の識別。
そして……。
「ケルネアンの第三の角。生え変わって三週間経った後に根元から切られた。疲労回復、魔法力回復、血流促進、勃起補助効果」
栞の言葉を書きとめようと手にしたメモと筆記具をぶん投げたくなった。
なんだ!?
その効能は!?
好きな女から言われると困る単語を盛り込むな!!
どんなセクハラだ!?
いや、この場合、オレの方がセクハラしたことになるのか?!
そんな効果、知らねえよ!!
あの角が第三の角とか言われても、一番前にあったじゃねえかという言葉よりも先に、効能に思考が持っていかれる。
「悪い。後半の効能は知らなかった」
どう考えても、栞の方が被害者だ。
それは分かっている。
だが、オレも被害者なのだ。
それは分かって欲しい。
「ぬ? 何の効果があったの?」
この様子だと、栞は気付いていないらしい。
それはそれで複雑な気分だ。
何も知らない無垢な女を騙し……いや、穢そうとしている気分になる。
「……お前には必要のない効果だ」
そう答えるのが精いっぱいだった。
ロットベルク家第二子息にも必要ないだろう。
オレも必要ねえけどな!
寧ろ、抑える方法を知りたかった!!
好きな女が口にする性的な単語は、エロい言い方をしなくても十分、オカズになることは分かった。
だが、そんな知識も要らなかった!!
「一つ確認するが、お前は前と同じように、識別結果は頭に残っていないんだよな?」
「うん。今回も残らなかったね」
以前もそうだった。
拡大鏡を通して目にした文字は読んで暫くすると忘れ、口にした言葉も覚えていない。
もっと言えば、栞の識別魔法は知らない名称も効果も口にできるが、その分、制限も多かったのだ。
「栞の頭に残らなくて良かった」
それは確かだ。
あんな言葉を口にしたと栞が意識したら……ああ、うん。
単語としては知っているだろうから、普通に言いそうではある。
栞は時々、恥じらいや慎みという単語を遠くにぶん投げるところがあるからな。
「ふ?」
だが、先ほどの識別結果を覚えていない栞は不思議そうな顔をした。
「高く売れるのは見た目だけじゃなかったのか」
見た目が金だから高いのだと思っていた。
純金ではないが、魔獣というモノから取れる素材だ。
それに疲労回復と魔法力回復効果は知っていた。
魔獣の素材は植物よりも加工しやすいことも知識としてはあった。
だから、高価だと思っていたが、恐らく、栞が口にした最後の効果を知る人間がいたのだろう。
オレはまだ大丈夫だが、年を取ると必要になってくるものらしいからな。
だが、今は本当にどうでもいい!!
「それなら、次に行くぞ」
「らじゃ」
栞は気にした様子もなく、オレが出す素材を識別してくれる。
だが……性的な効果を持つモノが多すぎねえか!? ウォルダンテ大陸固有の魔獣素材!!
そりゃ、魔獣退治屋をやって素材を収集することになるだろう。
必要とする人間が多い素材は儲かるからな!
勃起補助、勃起機能不全治療、局部肥大、精力増強、勃起機能不全改善、感度上昇、性的興奮作用、性衝動増加などなど……そんな効果が多すぎる!!
せめて、疲労回復、ストレス軽減、魔法力回復、ストレス耐性効果、滋養強壮で留めて置け!!
いや、血管拡張、血流促進の効果があれば必然的にそうなるのは分かるんだけど、分かるんだけど、そんな単語を次々と、昼間っから、好きな女の声で聞きたくはねえよ!!
オレが立っていられなくなるだろう?!
良かったよ、コックコートを着ていて。
まだ、誤魔化しがきくからな。
……仕方ねえだろ?
まだ十代なんだぞ?
これでも、十五、六歳の頃よりは制御できるようになってるんだ。
そんなどうでもいい主張をしたくなる。
「魔獣についてはやはり勉強不足だってことだな」
これは、アレか。
ローダンセ城下では女の姿をしていた弊害だな。
素材買い取り屋たちも、女には口にしないようにしているのかもしれん。
「いやいやいや、名前が一致しているんだから十分でしょう」
似たような魔獣は知っていたし、魔獣退治に慣れている水尾さんが知っている魔獣がいた。
それに城下でも調べていたのだ。
ここまでは……。
「だが、ここからは名前が一致するかが分からない」
「ほへ?」
問題は、ここからだ。
そして、ある意味、こちらの方が目的でもあった。
「これまで出した魔獣の素材は、ローダンセに来て魔獣退治を始めたばかりの頃、水尾さんと退治した魔獣が中心だった」
水尾さんは素材に興味がないらしく、依頼された物以外は全部、売っていたが、オレはほとんど取っておいたのだ。
魔獣の素材なんて、普通は易々と手に入る物ではない。
それも、鮮度がよく、傷も少なく状態の良い物は店にはまず並ばないものだ。
高貴な方々に商人たちが持参して、直接取引するからな。
それが分かっているのだから、自分で何かに利用した方が良いだろう。
「ここからは違うってことだね?」
「そうなるな」
そして、最初に出したものとは別の紅毛馬魔獣の角を取り出して、栞の前に置く。
「ここからは、ロットベルク家第二子息に同行して出会った魔獣。恐らくは、集団熱狂暴走の影響下にある魔獣から取った素材ばかりとなる」
栞の顔が強張ったのが分かる。
やはり、嫌だよな?
どんな効果が付随しているか分からない代物だ。
栞の識別は拡大鏡を通すために、素材そのものに触れることはない。
そこが幸いである。
本当は識別も、させたくはないのだ。
だが、オレも兄貴も識別魔法なんて契約していないのだから、その詳細までは分からなかった。
現に、栞が識別した結果は、オレも兄貴も知らないセクハラ効果もあった。
……これ、兄貴にも責任はあるな。
なんで、オレだけが羞恥と罪悪感に苛まれなければならんのだ!?
「どんな影響が出るか分からない。それでも、識別してくれるか?」
「うん」
オレの言葉に栞は迷いもなく頷く。
迷っても良かった。
迷った方が良かったのに。
「奇妙な変化があったら、止めさせるからな」
「お願いします」
オレに向かって一礼した後……。
「行きます! 『識別』」
まるで大きな魔法を使うかのような気合。
そして……。
「水属性の魔力から発生したケルネアンの第五の角。発生して一日で根元から切られている。疲労回復(微)、魔法力回復(微)、血流促進(微)、水属性魔力(小)」
告げられる言葉。
それはある意味、これまでの謎の一端に触れるものだった。
「ぬ? どうしたの?」
「いや……やっぱり栞は最高だなと思っただけだ」
「ほげっ!?」
……最高なんだけどな。
その叫びはどうにかならないものか。
照れ隠しなんだろうけど、相変わらず奇妙な声だ。
でも……真っ赤にしたその顔は可愛いから全て許せる。
「次の素材も頼めるか?」
「ほふっ! わ、分かった!」
栞は気合を入れ直す。
そして、次々に識別した魔獣の素材のほとんどは「水属性の魔力から発生した」が付き、発生して一日以内に素材になっていると表示されたらしい。
それ以外にも、「水属性の魔力に侵食された」という言葉が付いた素材もあった。
そして、栞の識別結果によると、「水属性の魔力から発生した」魔獣の素材は、通常の魔獣と比べるとその効能が著しく減るか、効果が無くなったモノもある。
だが、これが「水属性の魔力が侵食した」になると、逆に通常の魔獣よりも効能が上がったり、通常にない効果が追加されたりしていた。
これは、とんでもない話だ。
ある意味、この世界の深淵を知ってしまったのかもしれない。
そして、コレはオレが知って良かったのか?
そんな疑問すら湧いてくる。
いや、良かった。
少なくとも、オレは栞の識別結果を信じている。
どこの誰が考えたかも分からない文章で表示されているこの識別結果を。
そして、今、ここで、オレが知ったことに意味がある。
そう思うしかない。
そう思わなければ、やってられねえよな!?
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




