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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ スタンピード編 ~

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拘り

「ふう……」


 久しぶりに識別した。

 それも大量に……だ。


 読んだ文章も多かっただろう。

 でも、わたしにその実感はあまりない。


 なんで、識別結果を覚えていられないのだろう?

 覚えていたら、難しい顔をしている九十九の手伝いもできるかもしれないのに……。


「手伝えること、ある?」


 一応、聞いてみる。


 多分、「ない」と答えられるだろう。

 九十九も一人で考えを纏めたいはず。


 わたしの申し出は迷惑だろうけど……。


「栞、オレの手伝いをしてくれるなら、絵を描いてくれるか?」


 だが、九十九は顔を上げて、そんなことを言った。


「絵?」

「素材の絵。前半と後半で同じ魔獣のはずなのに、形や色が違うだろう? それを絵に残してくれたら嬉しい。描いていて面白くはないと思うが……」

「描く!」


 九十九の助けになる?

 しかも、絵で?


「良いのか? お前、そろそろ自分の描きたい絵の方を……」

「そっちは、今から描く!」

「は?」


 九十九の戸惑った声が聞こえた気がするが、先に、好きな絵を描いてから手伝う!!

 これが一番、やる気が出るだろう。


「ふふっ」


 楽しい。

 一昨日の歌も楽しかったけど、今日の絵も楽しい!!


 九十九の絵だ。

 九十九の料理人の(コックコート)姿だ!!


 それが楽しくないはずがない!!


「ふふふふふ……」

「怖えよ」

「あ、ごめん。漏れてた?」


 思わず口を押える。


「含み笑いなら漏れていたな」

「うわあ、それは恥ずかしい」


 でも、描いていて楽しくてつい!

 前後左右のどこから見ても、ここまでコックさんの姿が似合う殿方なんてそう多くないだろう。


 以前、学ラン姿に白い割烹着という給食当番姿も見たけど、こっちはかっこよさがプラスされているのだ!!


 コックコート姿ってまともに見るのは初めてだけど、間近で見てもかっこいい。


「この胸の部分、どうなってるの? 外れる?」

「外れる」


 その白いボタンは飾りボタンではないらしい。


「こう外して……こっちにもできる」

「ふぎゃっ!?」


 九十九がボタンを外して、左前だった打ち合わせを右前に変える。

 だが……。


「なんで、下に何も着てないの!?」


 なんと、九十九はコックコートの下に何も身に着けていなかったのだ。

 いつもならシャツぐらいは着ているのに。


 まあ、つまり、鍛えられた胸筋とか腹筋とかしっかり見えてしまうわけで……。


 しかも、ボタンを外す仕草とかが妙に色気があって目が釘付けになっていたところにソレですよ!?

 いろいろ噴き出そうになってしまった。


「正式なコックコートは素肌に直接着るそうだ」

「コスプレにそこまで拘らなくても!?」


 誰もそんなことを気にしないと思う。

 寧ろ、素肌に直接着ている事実を知った後の方が気になってしまう。


「初めて見るわけじゃないから、そんなに慌てる必要はないだろう?」


 確かに九十九が何も身に着けていない状態の上半身を見るのは初めてではない。

 その上、頬擦りしたことも、なんなら「発情期」の時は、それ以上のこともしている。


 だが!


「不意打ち()めて!!」


 何の心の準備もない時には刺激が強すぎるだろう。


 特に、今は以前と違って、しっかり自覚した後だ。

 好きな人の半裸チラリズムなんて……勿論、しっかり正視したいに決まっている!!


「そこまで怒ることはないのに」


 そう言いながら、九十九は右前に変えた打ち合わせを元に戻していく。


 うわあ……。

 身体の前にある右手と左手の動きに目を奪われる。


 意外と九十九が近くで、ボタンを留めたり、外したりする仕草って見たことがなかった。


 しかも両手。

 片手で外すのは見たことがある。


 でも……なんというか普通の動きなのに、妙に器用な動作というか……その……艶っぽいと言いますか?


「どうした?」

「はうぎゃ!?」


 あまりにも凝視していたために、九十九が疑問に持ったらしい。


「その……九十九の、手が……いや、指が……? 器用に動くな……と」

「普通じゃねえか?」

「……そう、だよね」


 そうなんだけど!

 ボタンを留めたり外したりする姿が、ちょっとだけえっちぃ動きだなと思っちゃったんだから、仕方ないじゃないか。


「指を描くのって難しいんだよ」

「指? ああ、難しそうなな」


 九十九は自分の指を見ながら、わたしの言葉に納得してくれる。


「男女でも大分、違う。自分の手を見ながら、男の人の手や指って描けないんだよね」


 だから、九十九や雄也さんが見本(モデル)になってくれて本当に助かっているのだ。

 わたしの周りにそんな男性がいなかったから。


 そして、九十九と雄也さんでも違う。

 同じ男性で、血の繋がった兄弟だというのに。


 指だけではなく、全体的な体格……骨格的なもの?

 九十九の方がやや骨太で、見た目にも鍛えているって分かる。


 雄也さんの方は全体的に弟よりも細身に見えるけれど、身体に張り付くと筋肉はしっかりついているって感じるのだ。


 九十九が太いわけでもないし、雄也さんが痩せているわけでもないのに不思議だよね。


「……っと、そんな話は、どうでもいい。魔獣の素材の絵を描けば良かったんだよね?」

「もう少し、好きな絵を描いても良いぞ。オレの方も急ぎじゃねえから」

「好きな絵……」


 九十九を見る。


 強くてかっこいい、わたしの護衛。

 そして……今はコックさん。


「じゃあ! もう少しだけ描かせて!!」


 モデル自らがそう言ってくれるなら、それを逃してはいけない。


 九十九がモデルになってくれるなんて、ローダンセに戻ったら、そんな機会はなくなるのだ。

 そうしたら、わたしは記憶だけで殿方の絵を描かなければいけなくなる。


 そのために、目に焼き付けて、描き散らさなければ!!


「ボタン、外すか?」


 九十九がわたしを揶揄うようにそう言うが……。


「外さなくて……いや、少し外して、途中のボタンを外す手前で一時停止してくれる? 指をちゃんと見たい」


 外さなくて良いと言いかけて、やはり欲望に忠実に生きることにした。


 先ほどの動き……アレを絵に残せたら、わたしの絵の技術が格段に上がる気がするのだ。


 好きな人の前での恥じらい?

 淑女としての慎み?


 そんなもの、時空の彼方にふっ飛ばします!!


「承知しました、我が主人」


 九十九は微かに笑ってそう言った。


 そして、コックコートの前身頃を勢いよくはだけさせる。

 その脱ぎっぷりは潔い!!


 いや、そうじゃなくて……。


「いや、そこまでしなくて良いよ」


 今、わたしが求めているのはそういったモデルではない。


 だが、前身頃から見える大胸筋と腹直筋には思わず拝みたくなる。

 どれだけ筋トレすればそこまでいけますか?


「何、拝んでいるんだ?」

「はぎょうっ!? き、鍛えられた筋肉に?」

「お前はモデル対象を拝むのが好きだよな」


 九十九は気を悪くしたわけでもなく、そう言った。


「自分では作り出せない美に感謝し、崇め奉るのは当然じゃない?」

「自分では作り出せない美……」


 わたしのアホな言葉に九十九は困ったように笑う。


「どんなに頑張っても、その筋肉はわたしには作れない」


 わたしは絵を描き始めた。

 作れないけど、絵は描けるのだ。


「男と女ではもともと骨格、筋肉の付き方、脂肪の量が全く違う。それでも、女がこんな筋肉に育てようというのなら、オレ以上の筋トレをする必要があるな」


 そこでできないと言わないのが彼らしい。


 だが、実質不可能だ。

 ただでさえ日頃から鍛えているこの護衛以上の筋トレ?


 それは、睡眠と食事以外を筋トレに費やせってことですかね?


「無理! 筋トレは嫌いじゃないけど、筋トレしかない生活は嫌だ!!」

「それはオレも嫌だな~」


 九十九も苦笑しながらそう言った。

 鍛えている護衛でも、筋トレだけの生活は嫌らしい。


「栞の凄い所は、そんな話をしていても、絵が描けるところだな」

「そうかな?」


 普通じゃない?


 おっと、絵を覗き込む構図はなかなか新鮮。

 前屈みになると、九十九の腹筋ってあんな形になるんだね。


 そして、コックコートの着崩し加減が少し、えっちな感じがして気恥ずかしい。


 考え過ぎ?

 考え過ぎだね!?


 いや、これは多分、これ以上、絵を描いたら駄目だってことかな?

 思考がおかしな方向へ走っている。


 絵を描く興奮状態が、どこか変な作用を起こしているのかもしれない。


「うん! とりあえず、ここまでにする」

「そうか」


 わたしが宣言すると、九十九はまたボタンを丁寧に留めていく。


 ああ、そうだった。

 この仕草で、わたしの思考が暴走したのだ。


 何気ない日常の仕草で色気があるってズルいと思うのですよ。

 でも、こんな姿を知っている人間は限られていると思うと、頬が緩んでしまう。


 九十九と雄也さんは、誰にでもこんな無防備な姿を見せないと知っているから。

 知っているのは主人であるわたしだけ。


 そこに優越感みたいな感情がないと言えば嘘になるだろう。

 だけど、それももう長くないのだろうけど。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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