人間界とは違うもの
「やっぱり、九十九が作るカレーは最強だね」
「強いのか?」
料理で「最強」というのは褒め言葉になるのだろうか?
「強い。犬や猫ぐらいなら倒せそう」
「それはタマネギ中毒というやつだな」
「やはり、九十九はソレを知っていたか」
人間界のイヌやネコ、ウシはネギ属を摂食すると食中毒を起こすことがある。
ネギ属に含まれている有機チオ硫酸化合物ってやつが、ヘモグロビンを酸化させて溶血性貧血を起こしてしまうらしい。
生だけではなく、加熱しても、加工してもタマネギ中毒になるため、イヌやネコが食べる予定の料理の中には絶対に入れてはいけない。
厄介なことに、当人ならぬ当動物には、それを忌避する本能がないそうだ。
そのため、飼い主や牧場主は、食わないように注意が必要である。
有効な治療方法、解毒剤がないからな。
栞が言っているのはそのことだろう。
「だが、それにはネギ属の植物は入っていない」
「へ? タマネギそっくりな食材が入っていた気がするよ?」
「入っていたのはマイレ属のニャナだ」
確かにタマネギに似た植物だ。
だが、タマネギとは決定的に違う部分がある。
「それって、この世界の植物だから名前が違うだけでは?」
栞が肩を竦めながらそう言うが……。
「魔力含有植物だから、人間界の植物とは名前以外の部分も違う」
「魔力含有植物って……イシューみたいな植物?」
「そう。イシューと稲が似ているように、ニャナもタマネギに見た目が似ているだけで、違う植物だ」
この世界には魔力がある。
そして、その動植物のほとんどには魔力やそれに似たようなモノが存在する。
成分、性質上、人間の魔力に似たモノが大量に内包されている植物を、魔力含有植物と言うのだ。
その部分が、人間界の植物と大きく異なる点だろう。
「それに、魔力含有植物は、長い間、料理に向かないと言われてきたからな。人間界の植物とは本当に違うと思うぞ」
「この世界で料理に向く食材があると思う?」
たまに料理を炭化させる女は恨めしそうな目で言った。
栞はのんびりしているところがある。
だから、少しだけ工程が遅いのだ。
基本的に料理の手順を守るのだが、たまに六分刻待つべきところを、五分刻待ってしまう。
どの食材でも、待ち過ぎは炭化する可能性が格段に上がる。
まあ、早過ぎても駄目だから、料理は時間感覚が必須だが。
弱火で長時間煮込む。
それをできないのが、この世界の料理だ。
まあ、調味料の使い方を失敗して炭化させていることもあるが、基本は工程の速度だと思っている。
「まあ、この世界の食材についていろいろ考えても仕方ないか。今はこのカレー、美味しい。それが全て」
そう言いながら、珍しくお替りをした栞は両手を合わせ、「ごちそうさまでした」と言った。
お替りしても、オレの半分も食ってないのだが。
魔力は強大、魔法力は膨大なのにこの女は少食である。
この世界に来てから三年経つが、食欲は変わらない。
省エネ体質なのだろう。
「午後から何かする予定はあるか?」
「ん? コックさんを描きたい」
「…………」
こんな時、どんな顔をすれば良いのだろう?
栞から自分を描きたいと言われる→嬉しい
栞が描きたいのはオレのコックコート姿→まあ、嬉しい
コックコート姿のオレを見るのが夢だった→複雑
どこまでもモデル!!
いや、極上のモデルと言ってくれるのは嬉しいのだ。
少なくとも、オレに対する好意はあるのだろう。
だが、その黒い瞳に宿る熱は恋情以外の何か……情熱は情熱なんだが、どちらかというとオレが望まない方向に邁進している感が強い。
いや、望んでいる方向に突き進まれても困る。
文字通り、オレが死ぬことになるから。
そして、兄貴に対しても似たような反応をしやがるんだ、この女。
つまり!
やはり!
どこまでも絵のモデル!!
「駄目?」
「ダメじゃねえけど……」
この女は的確にオレのツボを突いてくるようになった。
友人である法力国家の王女殿下が何か仕込んだとしか思えないほどに。
上目遣い、小首を傾げる、ちょっと眉を下げる。
それを惚れた女にされて、迷わない男がいるか? いるはずがない。
「ちょっと手伝って欲しいことがあるんだが……」
迷いながらもオレがそう口にすると……。
「え? 分かった」
一瞬、戸惑ったようだが、栞はあっさりと了承してくれた。
「良いのか?」
「うん。絵を描くのは、雄也が帰ってからでも描けるしね」
栞は、そう時間はかからないと踏んだようだ。
しかし、兄貴と一緒に描かれるのか。
あれだけ喜んでくれたのだから、兄貴が帰ってくる前に終わらせたいとは思ってしまう。
栞にとって、オレは護衛であり、絵のモデルであり、そして……専属料理人の印象が強いのだろう。
いや、良いのだけど。
珍しく、料理のリクエストもしてくれたし。
人間界と同じ料理ではないが、似たものは作れる。
「それで? わたしは何をすれば良いの?」
栞は嬉しそうに尋ねてくる。
「兄貴から魔法の使用許可が下りた」
「おお、そっか~」
昨日は身体強化までしていた。
しかも魔封石を装着した状態で……だ。
それなら、もう身体が魔法を使えると判断したのだと考える。
「九十九がわざわざわたしに頼むってことは、『識別』かな?」
「話が早くて助かる」
「それぐらいしか、わたしは九十九に勝るものがないからね」
そんなことはない。
栞はオレよりも凄いのに。
「それで? わたしは何を視れば良いの?」
栞はそう言いながら、首に掛けている拡大鏡を取り出す。
大神官から所有物を返還され、また身に着けるようになったらしい。
今の栞は、左手首に御守り、それと通信珠の入った袋を首から下げている。
体内魔気の放出を減らす制御石の方は、城下に出た時だけ身に着けさせたが、今はまた外していた。
まだ体内魔気の流れを自由にさせた方が良いという判断だ。
昨日、魔封石を装着した時は、御守りを外していたようだ。
効果が分からなくなるからな。
それでも、どう判断して良いか迷うような反応が出たのは、兄貴も予想外だったことだろう。
だが、今は判断できないなら無理して考える必要もない。
栞にとって悪い効果は出なかった。
油断は禁物だが、警戒しすぎるのも良くない。
その二点だけ押さえておく。
後は、専門家に明日、確認する。
今日は、大神官の都合がつかなかったらしい。
兄貴も料理人姿だしな。
ホッとしただろう。
明日は、動きやすい恰好だと良いが、ここぞとばかり罰ゲームらしい姿にされるかもしれない。
大神官に話して、それでも分からなかったらお手上げだ。
情報国家の国王陛下に相談することも考えたが、止めた方が良い気がした。
あの方は決して、味方ではない。
いつ、敵に回ってもおかしくない相手なのだ。
だから、栞に関する情報をあまり流すべきではないと思った。
もし、何かあれば、いつものように匂わせ程度の探りを入れられるだろうが、それからでも遅くはないだろう。
「量が多いんだが……大丈夫か?」
兄貴から渡された物もある。
様子を見ながら識別をさせろと言われた。
疲労を含めて状態異常があれば、すぐにでも止めさせろと。
それなら、兄貴よりも栞の体内魔気に敏感なオレの方が妥当だろう。
「大丈夫だよ。以前、やったようなことでしょう?」
確かにやったな。
アレも十分、量が多かった。
「あの時ほど量はない」
「それなら大丈夫だと思う」
栞は笑った。
「ただ……精神的な負担はあるかもしれない」
「精神的な負担?」
そこがオレも兄貴も引っかかる点だった。
だが、栞の識別能力を頼るしかないのだ。
これまで見てきた経験が全く役に立たない。
それはオレだけではなく、兄貴も、オレたち以上にソレらを見てきたはずの水尾さんやロットベルク家第二子息の経験や知識からもズレた存在。
「魔獣の素材を識別して欲しい」
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




